6-14-1 訳者解説:原発の通常運転による放射能放出量と乳児死亡率の相関関係

6—11で、スターングラス博士が言及した公聴会とその背景(通常運転の原発から放出される線量と周辺地域の死亡率の関係)について、現在の私たちに参考になるので紹介します。

新しい原子炉の運転計画

1972年末に原子力委員会が、ペンシルベニア州シッピングポート原発の近くに建設されたビーバー・ヴァリー(Beaver Valley)第一原子炉の運転を認可するための公聴会を開くことになった。原発からの放出量ゼロの安全な原発と謳っていたので、スターングラス博士は公聴会に行く必要はないと思ったが、念のために「安全性分析報告書」を図書館で読んだところ、以下の事実を知り、愕然とする。

  • この原子炉は年間60,000キュリーの核分裂ガスを放出する設計になっている。
  • これは古いシッピングポート原発から最近放出されている線量の何百万倍にもあたる。
  • しかも、発電量はシッピングポート原発の10倍でしかない。
  • それまでの放出量で最高値は1963年の0.35キュリーで、4ミリレム(0.04ミリシーベルト)に相当する。
  • この比較的低い外部線量でも、ビーバー郡周辺では乳児の死亡率が非常に高い。

古い原子炉からの通常放出量

スターングラス博士はピッツバーグ市の原発事業者担当の弁護士に連絡した。市に公聴会に介入してもらい、事業者側が主張している放出量ゼロとこの数字の矛盾を指摘することだった。原発を止めるには遅すぎるとしても、放射性ガスを封じ込め、周辺地域の住民の健康リスクを最小限にとどめられないかと思った。弁護士はすぐに市長に話し、市が新原子炉の公聴会に介入するという発表がされた。すると、新しい原子炉のマネージャーと名乗る男からスターングラス博士に電話があり、住民の健康を守るためにあらゆる努力をしていること、環境モニタリングの詳細な計画書を送るから確かめてほしいとのことだった。

郵送されてきた書類の中に、「ビーバー・ヴァリー原子力発電所における、運転前の環境放射線モニタリング・プログラム」と題したものがあり、1971年と1972年の報告だった。それらの数値を見ていくうちに、1971年初めに異常に高い外部ガンマ線の数値に気づき、マイクロレム/時という数値をもっとわかりやすいミリレム/年に換算してみると、その結果は驚くべきものだった。

  • 1971年3月、シッピングポートの町中は370ミリレム/年(3.7mSv)で、ゴフマン・タンプリン博士ががんと白血病による異常な死亡率になると予想していた線量の2倍以上だった。
  • この地点の通常値は70〜90ミリレム/年(0.7〜0.9mSv)である。
  • 1971年7月まで、300〜350ミリレム/年(3〜3.5mSv)だった。
  • 1972年1月に通常範囲86ミリレム/年(0.86mSv)に戻った。

驚いたスターングラス博士は確認調査をした。原発の10マイル(16km)圏内のミルクに含まれるストロンチウム90の量と、原発の発電量の相関関係だった。

  • 1971年1〜6月:27ピコキュリー/リットル(1Bq)
  • 1971年夏、原発が修理のため停止:7ピコキュリー/リットル(0.26Bq)

この放射線量がシッピングポート原発由来だとわかるのは、以下の理由からだった。

  • 異常に高い線量がシッピングポート原発周辺に限っていること。
  • この間に核実験は世界のどこでも行われなかったし、核実験の放射性降下物だったら、世界中雨と共に降る。
  • ミルクの中からヨウ素131が検出されたこと。

電力会社の隠蔽

したがって、電力会社が州政府と連邦政府に出した公式の報告書に記されている線量(年間0.5ミリレム=5μSv以下)の数千倍も高い放射線を放出していたのである。実際には、線量計で測る外部放射線量と、吸い込むガスやミルク、水、肉、野菜から摂取する内部放射線量をあわせて、年に数百ミリレム(数ミリSv)だったのだ。この線量は、この地域の人々が核実験が最も盛んだった時の被ばく量より多かった。その上、電力会社に雇われてこの線量を計測した科学者たちは、電力会社や州政府と連邦政府の公衆衛生の担当者でありながら、市民に警告を発することもせず、この原発から出た隠された放射性降下物で市民の健康と安全は危険にさらされたのである。

市民は原発開始以来、被ばくし続けた

この恐ろしい発見に直面して、ビーバー郡の環境グループの代表たちは公聴会を開くことにした。1973年1月上旬にショッピング・センターでシッピングポート原発の所長が新しい原発から放出される放射線量は最低量だから市民の健康に心配はないと発言した。その後にピッツバーグの環境団体の代表とスターングラス博士がデータを次から次と示した結果、市民の目にも、それまで電力会社から聞いた話と全く違うことが明らかになった。

原発からの放出量ゼロと公式に発表されていた1971年に、ストロンチウム90、セシウム137、ヨウ素131の高レベルの検出量があったわけだから、それ以前にも高レベルの放射能が放出されていたのではないか、原発は1958年から運転開始しているので、市民は長期間被ばくしているのではないかとスターングラス博士は考えた。そして、大学の学生や市民団体と共に、シッピングポート周辺の人口動態を調べることにした。10年以上経過しているので、白血病やがんが増えているのではないか、核実験とがん増加の関係を発見したのと同じことがみつかるのではないかと思ったのである。調査の結果は驚くべきものだった。シッピングポート原発から1マイル(1.6km)下のミッドランド(Midland)町の人々はオハイオ川の水を飲んでいた。この町のがんによる死亡率の推移は以下の通りである。

  • 原発が運転開始した1958年:10万人につき149.6人
  • 1970年には426.3人に増加。わずか12年で184%の増加率だ。

ビーバー郡全体では、10年間で147.7人から204.7人に、40%の増加率だ。その間、原発はクリーンで健康と環境にいいと宣伝されてきたのである。同じ期間、ペンシルベニア州全体では10%、アメリカ全体のがん死亡率はわずか8%の増加だった。第二次大戦後に軟炭を燃やすことが廃止され、空気と水の公害は徐々によくなっていた時期である。

一方、オハイオ川の水を飲料水として使用していないオハイオ州コロンバス市(Columbus)では、同じ期間にがん死亡率が10%減少していた。がんの原因とされる自動車の排気ガス、喫煙、[現在でも原発推進派が使う常套句]、食品添加物、毛髪染料、人工甘味料などの被害にあっていたにもかかわらず、がん死亡率は減少したのである。被ばくの線源はミルクだけではないと思い、オハイオ川の上流から下流までの汚染度を測定した結果、1970年と1971年に線量のピークが見られた。これは土壌、ミルク、河川の堆積物、魚の線量がピークを示した時期と一致した。

  • 原発から1.6km下にあるミッドランド市では、ベータ線が3ピコキュリー/リットル(0.111Bq)から18ピコキュリー(0.666Bq)に上がっていた(注)
  • 30マイル上流では5ピコキュリー(0.185Bq)以下だった。
  • この事実も核実験による放射性降下物ではないことを示している。核実験の放射性降下物の場合は、上流も下流も等しく汚染する。
  • 原発からのガス状の放出は、土壌に降下し、それが雨と雪解けでオハイオ川に流れる。現に、1971年と1972年初めにシッピングポート原発周辺の土壌からストロンチウム90が急激に消えたことは、土壌に降下した放射性物質が雨で近くの川に流されたことで説明できる。

乳児の死亡率だけでなく、あらゆる年齢層の死亡率が増加した理由

スターングラス博士が疑問に感じたもう1点は、なぜ乳児だけでなく、あらゆる年齢層の死亡率がこれほどまでに影響されているのかという点だった。

答えは、ガス状の放射性物質が大気に放出されて、飲料水として使われる川に流れ出たことで、半減期の短いベータ線を発する化学物質が人間の主要臓器にいち早く入り、その上、ミルク、野菜、果物、魚、肉などのその他の経路から半減期の長いストロンチウム90とセシウム137が体内に取込まれたことだ。そして、成人は胎児よりも生物学的損傷に強いが、成人の場合は、胎児と違って数ヶ月ではなく、長年少しずつ水や肉などによって、被ばくする放射線が体内に蓄積されてきたからだ。最初は核実験による放射性降下物、そして、平和な原発から秘密裏に放出されたガス状の放射性物質が川を汚染したからである。

出典:スターングラス博士の著書『隠されたフォールアウト——広島からスリーマイル・アイランドまでの低レベル放射線——』(Secret Fallout: Low-Level Radiation from Hiroshima to Three Mile Island, 1981)の15章「シッピングポートの放射性降下物」抄訳。

この本は日本語訳されているが、絶版。反原発科学者連合(訳)『赤ん坊をおそう放射能—ヒロシマからスリーマイルまで』新泉社、1982。原著も絶版だが、スターングラス博士が広く知ってもらいたいということで、サイトに掲載している。
http://www.ratical.org/radiation/SecretFallout/

注:アメリカにおける飲料水中のストロンチウム90などのベータ放射線の基準は1976年以降、8ピコキュリー/リットル(0.296Bq)。
出典1:アメリカ環境保護局ホームページ「ストロンチウム」
http://www.epa.gov/radiation/radionuclides/strontium.html

日本では福島第一原発事故後に飲料水の基準値を200Bq/kg(セシウムとストロンチウムを含む)にあげ、1年後の2012(平成24)年4月から10Bq(セシウム・ストロンチウム・プルトニウムを含む)に下げた。ただし、牛乳は50Bq/kgとされていて、スターングラス博士の調査で、牛乳から「1Bq/リットル」も出たことで衝撃を受けたアメリカの人々に、日本政府が過酷事故を起こした後に、セシウムを含めた基準値としても、その50倍も乳幼児に許容している事実はどう受け止められるだろうか。
出典:厚生労働省ホームページ「食品中の放射性物質への対応」
http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/shokuhin.html

しかも、福島第一原発の観測井戸からは、1リットルあたり500万ベクレルのストロンチウム90が検出され、その公表が5ヶ月遅れたという報道が2014年2月にあった。
出典:「高濃度ストロンチウム90測定値、東電の公表は5ヶ月遅れ」『ロイター』2014年2月13日
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA1C05X20140213

さらに、2014年9月には、原発港湾内のストロンチウム90の総流出量(2013年8月から2014年5月)が1兆4600億ベクレル、セシウムとあわせると2兆ベクレルという。
出典:「海流出、さらに2兆ベクレル=ストロンチウムとセシウム」『時事ドットコム』2014年9月8日
http://noimmediatedanger.net/archive/20140908.JPG

この1ヶ月後の2014年10月8日の東京電力のプレスリリースによると、福島第一原発の地下水観測孔のベータ値は14,000Bq/Lで、5日前の10月3日採取値670Bq/Lから21倍上昇した。その前の最大値が2014年2月28日採取の8,300Bq/Lだから、時を経るに従って増加していることになる。
東京電力「福島第一原子力発電所構内H4エリアタンク周り地下水の放射能上昇について」
平成26年10月8日:
http://www.tepco.co.jp/cc/press/2014/1242708_5851.html

時事通信「地下水放射能濃度が急上昇=汚染水漏れタンク近く——福島第一」
2014年10月9日:
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201410%2F2014100900007

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