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8-6-3 ロシア政府のIAEA批判(2)

チェルノブイリ事故調査をソ連政府から依頼されたIAEAの専門家たちは、1990年に汚染地域の住民や自治体の聞き取り調査をします。住民たちは政府に対する不満だけでなく、IAEAなどの国際機関に対する不信感もあらわに述べています。

チェルノブイリ事故4年目の住民たちの声

 ロシア政府報告書(2006)の中でIAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト」が事故の被害を過小評価した結果、ソ連政府がIAEAの提言を無視したと書かれているが、その理由はIAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカル・レポート」(1991 注1 [1])を読むとよくわかる。この中で信頼できそうな記述は、IAEAなどの「国際諮問委員会」にソビエト政府が提言を依頼した経緯と、「事実把握予備調査期間中に専門家に寄せられた質問と声明」(pp.585-593)である。専門家たちが被災地の自治体と市民たちに聞き取り調査をし、その声が記載されているので、現在の日本に参考になる部分を以下に抄訳する。

「ウクライナのポレスコ(Polesskoe)にて、1990年3月26日」

「ウクライナのオーヴルチ(Ovruch)にて、1990年3月27日」

「ベラルーシのブラーギン(Bragin)にて、1990年3月27日」

「ベラルーシのヴェプリン(Veprin)にて、1990年3月28日」

チェルノブイリの傷は大きな口を開け
私たちのこめかみをずきずきとたたく、
死のつむじ風が頭上を旋回し、
私たちを奈落の底にいざなう。

私たちはお互いから後ずさりし、
来世に向かって従順に歩みを速める。
神はどこにいるのか? 明らかに、神は存在しない、
そうでなければ、煙を降らせたりはしない!

荒れ果てた森は冷たくなり、
道は陰鬱にけぶり、
私たちは忘れられ、のろわれた動物のように
全員足かせにつながれている。

私たち皆、有罪判決を受けた人間だ! それぐらい、とっくにわかっている。
私たちは実験動物になったのだ。
人は自分が失ったものに注意を払ったりしない、
ただ、外国の成功をあてにするだけ。

ごらんよ、ヘリコプターが飛んでいる。
国連、IAEA、その他のヘリコプター
傷ついた住民は彼らに挨拶し、
自分たちの悲しみを狂人のように語って彼らを楽しませるのだ…。

でも、これはただの詩だ。
この世に私たちに対する哀れみはない。
それはある地点まで突進し、
私たちはその暗闇に消えることにされている。

ああ、あなた方は人類の運命の支配者だ、
今日、あなた方は私たちの客人で、
明日は?…
ヴェプリンの町はあなた方を忘れるだろう、
この町は死骨の累々たる山の上に立ち続け、取り残される。

「ベラルーシのコルマ(Korma)にて、1990年3月28日」

「ベラルーシのゴメリ市にて、1990年3月29日」

「ロシア連邦のノヴォズィブコフ(Novozybkov)にて、1990年3月29日」

「ロシア連邦ブリャンスク州ズルィンカ(Zlynka)にて、1990年3月30日」

訳者解説:

 IAEAの聞き取り調査中に市民から批判されているL.A.イリイン(Il’in)とブルダコフ(L.A. Buldakov)は、ロシア政府報告書(2006)の執筆者である。8—6—1で見たように、この報告書の中で生涯350mSv案が批判の対象になり、その提唱者(イリイン)とソビエト科学者に対する信頼の失墜が明記されている。

 もう一つ注目点は、IAEAの専門家としてゴンザレス氏の名前が出ていることだ。ゴンザレス氏はチェルノブイリ被害はないと主張し、福島原発事故でも同様の主張をして、日本政府に重用されている。長瀧重信氏の「ゴンザレス先生からのメッセージ」が翻訳され、首相官邸ホームページに掲載されている(注2) [1]。「国際的専門家たちは、(中略)一般の方々が受けた放射線被ばく量は非常に低く、健康影響は現れないだろうと結論づけています」(強調はゴンザレス・長瀧氏による)と、チェルノブイリで述べたことと同じことを根拠無く主張している。

注1: IAEA (1991), The International Chernobyl Project Technical Report: Assessment of Radiological Consequences and Evaluation of Protective Measures, Report by an International Advisory Committee (『国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカル・レポート——放射能の影響と防護策の評価——国際諮問委員会報告』):
http://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/Pub885e_web.pdf [2]

注2:「福島原子力災害に際しての福島県の皆さんおよび日本の皆さんへのメッセージ(仮訳:長瀧重信)」首相官邸「東日本大震災への対応〜首相官邸災害対策ページ〜
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g45.html [3]