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14 (1):関東地方の甲状腺がん罹患数

チェルノブイリの健康被害を報告した2016年版ロシア政府報告書では、放射性ヨウ素に被ばくしていない最近の子どもたちに甲状腺がんが増加しているので、セシウムの汚染地帯に住み続けることが原因だとされています。そこで、放射性ヨウ素とセシウムの降下量がわかっている関東地方の中で、降下量の多い栃木県について調べてみました。

大人にも、福島県以外でも増えている甲状腺がん

 このところ、福島の大人にも甲状腺がんが増えている(注1) [1]、事故後に復興事業に携わった当時の民主党職員の男性が甲状腺がんを発症した(注2) [1]、栃木県在住の男性が2014年に甲状腺がん全摘手術を受け「福島県内にとどまらず、子どもはもちろん大人も、健康検査やデータ集積が重要」と訴えているという記事(注3) [1]が続々と出ている。確かに、チェルノブイリでは事故後に成人の間でも、作業員の間でも甲状腺がんや甲状腺機能低下を含む内分泌系疾患の急増が見られたという報告がある(ヤブロコフ他『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店、2013)。

 津田敏秀・岡山大教授(疫学)は「県外でも患者の把握をすべき」「がん登録や被ばく手帳の発行で患者を確認するよう」求めているが、国立がん研究センターの津金昌一郎氏は「過剰診断を増やすだけで、行うべきではない」と言う(注4) [1]

放射性ヨウ素131の降下量

 放射性ヨウ素に被ばくすると甲状腺がんを発症すると言われているので、福島県以外で放射性ヨウ素131の降下量が多かった地域を調べてみた。以下のグラフは原子力規制委員会HP掲載の「環境放射能水準調査結果(月間降下物)」(注5) [1]を元に作成し、2011年3月から5月にかけて降った放射性ヨウ素131の総量を示している。

I-131降下量(MBq/㎢) 2011年3月〜5月 [2]

 試料採集地点は以下の通りである。山形県:山形市、茨城県:ひたちなか市、栃木県:宇都宮市、群馬県:前橋市、埼玉県:さいたま市、千葉県:市原市、東京都:新宿区、神奈川県:茅ヶ崎市とされている。宮城県の降下量は計測不能ということでわからないが、甲状腺がんのデータはあるので、事故前と後との比較は可能である。

放射性セシウムも甲状腺がんを発症させる

 2016年にチェルノブイリ原発事故30年を記念して『ロシア政府報告書』が出たこと、それが2011年版と比較して大きく異なることが『世界』9月号で報告されている(注6) [1]。ロシア政府が認めたのは、「収束作業員の『血液循環器系疾患』」「『甲状腺がん』にセシウムの汚染が影響している可能性」「作業員や被災住民の子どもの世代への遺伝的影響」だという。甲状腺がんの原因が放射性ヨウ素だと信じられてきたが、事故の10年後に生まれ、ヨウ素被ばくをしていない子どもたちにも甲状腺がんが増えているので、セシウムも影響していると考えざるを得ないという。『ロシア政府報告書』(2016)では「『未成年としてヨウ素被曝した人々』のうち、『セシウムの汚染度が高い地域に一定期間住んでいる』層に、甲状腺がんが特に多いと指摘」しているそうだ。

 西尾正道氏(北海道がんセンター名誉センター長)も、2014年3月にチェルノブイリを訪れた時、ベラルーシ放射線生物医学研究所のヴィクトル・アヴェリン所長が「セシウムも甲状腺の発がんに10〜15%は関係している」と言ったことを報告している(注7) [1]。すると、13 (1) [3]で示したセシウム月間降下量が今でも続いている事実と、2011年3〜5月までの放射性ヨウ素131の降下量とを併せて考慮して、今後の対応を考えなければいけないのではないか。降下量の多かった福島の各地域に帰還させるのは、さらなる健康被害を生むのではないだろうか。2016年6月のセシウム月間降下量(福島県双葉郡)が3年前より多いという指摘もされている(注8) [1]ので、福島県以外で蓄積降下量の多い地域に住み続けている人々の健康調査も必要ではないか。

チェルノブイリからのメッセージ:甲状腺がんの早期発見・早期治療が重要

 甲状腺がんの早期発見・早期治療という点で、チェルノブイリの人々の経験は貴重だ。『DAYS JAPAN』(2016年9月号 注9 [1])にチェルノブイリ事故で小児甲状腺がんに苦しんだ8人から福島の人々へのメッセージが掲載されている。彼らは、甲状腺がんは「チェルノブイリ事故のせいだとはっきり分かっています。だって、同じような年の子どもたちが、なんの理由もないのに、同じ病気や同じ問題を抱え始めるなんて、ありえないでしょう。日本の専門家たちは、その真実を受け入れるべきです」と述べている。8人のうち、1人は事故時に生後1か月で、学校に行くようになってから学校で様々な専門医師の検査があったという。内分泌科の医師が精密検査を受けるよう母親に伝えなさいと言ったのに、彼女は伝え忘れ、母親自身が甲状腺に異常を感じて受診した時に、偶然医師がその子も診てくれ、すぐに手術となったという。事故の12年後、彼女が12歳の時だった。すでに肺に転移していたが、その後結婚し健康な子どもにも恵まれた彼女は「福島では、原発事故と子どもの甲状腺がんには直接的な関係があるのに、専門家はそれを認めようとしないことを、とても憤慨しています」と述べている。

 もう1人は発見が遅れ、亡くなってしまったので、母親が日本へのメッセージを書いている。チェルノブイリ事故時1歳で、チェルノブイリから240キロ南の村に住んでいた。村の検査でリンパ節にしこりがみつかったので、母親が精密検査を望んだが、医師に心配することはないと言われたという。1992年、事故から6年後に小学校の検診で精密検査に回されたが、既にがんはリンパ節と気管に転移していた。その後、結婚、出産を経験したが、気管が深刻な状態になり、2009年に24歳で亡くなった。その経緯を母親が綴り、「日本の子どもたちが政府から支援を受けられますように、腕のいいお医者さんたちが、すばらしい助けをしてくれるように祈っています」と締めくくっている。

健康被害の検証に欠かせない検診の継続

 『ロシア政府報告書』(2016)の重要点をまとめて報告している尾松亮氏は、ロシア政府が「汚染地域に住民が居住することによる次世代の健康への影響」という項目を設けて、「放射線の影響による遺伝的疾患があると認めた」という。健康被害の評価について、2011年のロシア政府報告書から変化した理由を、検査の継続によって健康調査の蓄積があり、分析・評価が可能になったからだと指摘する。ロシアの場合はチェルノブイリから800km離れた州も含め、検診を30年間続けてきたという。その対象者は被災二世も含まれる。「このような健康診断を可能にしたのが、チェルノブイリ法の『全被災者対象の生涯続く健診』という規定だ」という(注6) [1]

 一方、日本では汚染度が最も高い福島県ですら、健診の縮小を計画中だという。甲状腺検査を縮小するよう県に要望書を出したのが福島県小児科医会というのは驚きを通り越して、恐怖を覚える。小児科医団体の言い分は、甲状腺がんが多数発見されたため、県民に不安が生じているから、検査規模を縮小せよ(2016年8月25日 注10 [1])という、論理が逆転しているものである。多数発見されたから検査体制を拡充せよというのが常識的な対応であるはずなのに、しかも、発見された子どもたちの転移率が非常に高いのを知っていて、チェルノブイリの教訓も踏まえた上で、検査をするなという医師団体は健康と命を守らないと言っているに等しい。

市民にアクセス可能なデータ

 日本の政府・自治体・専門家が市民・子どもの健康と命を切り捨てる恐ろしい状況下では、市民が調べるしかないという思いで、入手可能なデータはないか探した。以下の3種類のデータを比べることで、甲状腺がんが増加しているかどうかの傾向が見えないかと考えた。

(1)国立がん研究センター「全国がん罹患モニタリング集計」(注11) [1]

注意点:記載されている都道府県のデータのうち、年によっては「罹患データの精度が一定水準に達していないので他地域や全国の数値との比較に注意を要する」と記載されている県もある。その上、東北・関東地方に限っても、欠落している地域が多い。東京都と埼玉県は最新版の2012年報告に初めて記載され、宮城県は2012年版に2010年データが記載されているだけだ。

(2)国立がん研究センター「院内がん登録」(「がん診療連携拠点病院等院内がん」登録全国集計 注12 [1]

注意点:対象となる「診療連携拠点病院」が少ない。2007年に全国で288, 2014年に409施設に増えたそうだが、東京都内で診療数がダントツに多い甲状腺専門病院である伊藤病院などを含めていないので、東京都の甲状腺がんデータとしては役に立たない。

(3) 厚生労働省の「中央社会保険医療協議会(DPC評価分科会)」の会議資料のデータ(注13) [1]

DPCは(Diagnosis Procedure Combination 診断群分類)「急性期入院医療を対象とした診療報酬の包括的評価制度」で、対象病院1,391病院(2010年7月1日現在)から1,667病院(2016年5月資料)に増えている。この制度は保健診療費や診療内容の全国均質化を図るために、2011年からは登録病院から毎年4月〜翌年3月までの退院患者の報告を受け、疾病毎の手術件数や治療内容をリストアップしている。

 このデータの問題点の1つは、対象となる期間が年によって異なる点だ。厚労省のホームページ掲載のデータの説明からは分かりにくいので、厚労省に問い合わせたところ、2006〜2009年のデータは6か月分、2010年は9か月分、2011年から1年分のデータになっているという。したがって、この3種類のデータを単純に比較することはできないが、2007年からDPCデータは参加病院の名前と件数が公開されているので、地域の特定ができるという意味で、2007年からの3種類のデータを並べてみる。最新データはDPCでは2014年、院内がん登録は2013年、全国がん罹患モニタリング集計は2012年である。

栃木県:全国がん罹患モニタリング集計・院内がん登録・DPCデータの比較

 
 放射性物質降下量のデータがない宮城県を除いて、放射性ヨウ素131の降下量が福島県に次いで多い栃木県の甲状腺がんの罹患数をグラフにまとめた。3 種類のデータとも、成人・子どもを含む数値である。注意点は、DPCの場合、手術件数と手術なしの「甲状腺悪性腫瘍」と別々に件数が記載されているので、手術件数だけの集計と、両方あわせた集計をグラフ化した。「院内がん登録」もDPCも、件数が10以下の病院のデータは掲載していないということで、それらを総計すると、記載されている件数より多いのかもしれない。

栃木県人口:2,007,683人(平成22年国勢調査)

20160909002 [4]

20160909003 [5]

20160909004 [6]

20160909005 [7]

事故前の院内がん登録とDPCの比較から見えてくること

 上のグラフのうち、事故後の2011年からはどれも1年間の件数なので、各データの違いが比較しやすい。2011年の国立がん研究センターのデータに、DPCの実際の手術件数が約60件含まれていないのは何を意味するのだろう。理由を探るために、事故前2008年の「院内がん登録」とDPCを比較してみた。DPCデータはどの病院がどの病名で何件と明記されているが、「院内がん登録」でそれが見られるのは2008年分だけだからである。

2008年「院内がん登録」の「甲状腺がん」とDPC診断数(甲状腺の悪性腫瘍)の比較

院内がん登録 DPC手術件数 DPC手術なし
栃木県立がんセンター 46 22 13
自治医科大学附属病院 42 13
済生会宇都宮病院 35 19
獨協医科大学病院 29 17
大田原赤十字病院
佐野厚生総合病院
合計 計算上152だが、データ上は156 71 13

 2008年に関しては、1年分の「院内がん登録」件数が6か月分のDPC手術件数の2.2倍、手術有無両方で1.9倍となっている。「院内がん登録」の登録病院とDPCの病院は重なっており、妥当な総数に見える。

事故後の院内がん登録とDPCの比較

 「院内がん登録」では2009年からは登録病院名が記載されているだけで、各病院の甲状腺がん罹患数は記載されていない。それでも、DPCの記載病院と比較することで、2011年データの違いの理由が探れないかと、2011年の両データを以下に表にしてみた。

2011年「院内がん登録」の「甲状腺がん」とDPC診断数(甲状腺の悪性腫瘍)の比較

院内がん登録 DPC甲状腺の悪性腫瘍手術件数 DPC手術なし
栃木県立がんセンター 登録病院 26 29
自治医科大学附属病院 登録病院 62
済生会宇都宮病院 登録病院 33
獨協医科大学病院 登録病院 56
佐野厚生総合病院 登録病院
上都賀総合病院 登録病院
足利赤十字病院 非登録 28
国際医療福祉大学病院 非登録 11
黒須病院 非登録 10
那須赤十字病院 非登録 11
芳賀赤十字病院 非登録 13
合計 190 250 29

 2011年の比較から見えてくるのは、「院内がん登録」のデータは、登録病院の少なさから、県内の実際の手術件数をかなり下回る数字になっていることである。「全国がん罹患モニタリング集計」も「院内がん登録」データをもとにしていると書かれている県もあるので、同じ理由だろう。小児甲状腺がんが増加しているかについては、「院内がん登録」には部位別県別20歳未満の登録数も掲載されているが、甲状腺がんは含まれていない。「全国がん罹患モニタリング集計」では、年齢階級別罹患率が掲載されているので、オリジナル・データを参照されたい。

注1:明石昇二郎「福島第一原発事故のあと大人の甲状腺がんが増えていた」『週刊金曜日』2016年7月22日(1097号)、pp.12〜13.

注2:「民進党職員は甲状腺がん 原発事故『被曝健康被害』が次々」『日刊ゲンダイ』2016年8月9日 
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/187405 [8]

注3:まさのあつこ「甲状腺がん『地域ごとの詳細なデータ分析が必要』と全摘の男性」2016年8月23日 http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20160823-00061397/ [9]

注4:高木昭午他「福島・甲状腺検査 子のがん『多発』見解二分 過剰診断説VS被ばく影響説」『毎日新聞』2016年3月7日
http://mainichi.jp/articles/20160307/ddm/010/040/073000c [10]

注5:「環境放射能水準調査結果(月間降下物)平成23年3月分」
http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/3000/2411/24/1060_03_gekkan_2.pdf [11]
4月分 http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/3000/2412/24/1060_04_gekkan.pdf [12]
5月分 http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/6000/5731/24/194_1_H2305data_0713.pdf [13]

注6:尾松亮「事故30年チェルノブイリからの問い第5回 ロシアはどこまで健康被害を認めたか」『世界』No.886, 2016年9月号、pp.217-228.

注7:西尾正道『原発事故による甲状腺がんの問題についての考察(2)』「市民のためのがん治療の会」シリーズ「がん医療のいま」No.258, 2016年2月2日
http://www.com-info.org/ima/ima_20160202_nishio.html [14]

注8:まさのあつこ「東電事故由来の『月間降下物』続く」『Yahoo!ニュース』2016年8月28日 http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20160828-00061594/ [15]

注9:「甲状腺検査縮小も検討を 福島県小児科医会が要望」『共同通信47NEWS』2016年8月25日 
http://this.kiji.is/141480622388215816 [16]

注10:広川隆一「小児甲状腺がんを追う❷ 母になった被災者たちの証言」『DAYS JAPAN』Vol13, No.9, 2016年9月号、pp.52〜61.

注11:「全国がん罹患モニタリング集計」がん情報サービス(2016年8月8日更新)
http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/brochure/monitoring.html [17]

注12:「がん診療連携拠点病院等院内がん登録全国集計」がん情報サービス
http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/brochure/hosp_c_registry.html [18]

注13:DPCの甲状腺悪性腫瘍に関するデータは以下からアクセス可。
厚生労働省「診療報酬調査専門組織・DPC評価分科会」平成19(2007)年度分
「平成20年度第1回診療報酬調査専門組織・DPC評価分科会」平成20年5月9日
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/05/s0509-3.html [19]
上記ホームページ掲載の「参考資料2(8)疾患別手術有無別処置2有無別集計 施設別 10」が甲状腺悪性腫瘍のデータ。
平成20(2008)年度分http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/s0514-6.html [20] 同じ番号データ。
平成21(2009)年度分 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/06/s0630-7.html [21] 同じ番号データ。
平成22(2010)年度分 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001u23a.html [22] 「疾患別・手術有無別・処置2有無別集計 MDC10」
平成23(2011)年度分 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002hs9l.html [23] 同上番号
平成24(2012)年度 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000023522.html [24] 「参考資料2(10)疾患別・手術有無別・処置2有無別集計 MDC10」
平成25(2013)年度分 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000056344.html [25] 同上番号データ。
平成26(2014)年度分 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000104146.html [26] 同上番号。