- ただちに危険はありません - https://noimmediatedanger.net -

7—1 第7章 ICRPの許容線量は「基準」ではない

「市民と放射線業務従事者への放射線防護基準はだれが設定するのか、この基準はどんなデータによって設定されたのか?」について議論し、モーガン博士が「ICRPの基準」と呼ばれるものは「基準」ではなく「勧告」にすぎないと主張します。

課題6:市民と放射線業務従事者への放射線防護基準はだれが設定するのか、この基準はどんなデータによって設定されたのか?

モーガン:まず最初に申し上げたいことは、何十年もの間、アメリカ放射線防護委員会(NCRP)と国際放射線防護委員会(ICRP)が数えきれないほどの出版物を通して、電離放射線防護の基準と呼ばれるものを決めてきました。しかし、この会議でも示されたように、これは勧告です。強調しますが、「勧告」ですよ。

 これは法律でも公的な規程でも、服務規定でもないのに、多くの場合、規程や服務規定のような機能を果たしています。たとえば、多くの場合、存在している規程や服務規定はこれらの勧告をもとにしています。

 私が知る限り、アメリカ連邦政府レベルの最初の公的ガイドは連邦放射線審議会(FRC)によって制定されました。この審議会の機能は現在、環境保護庁(EPA)に引き継がれています。現在では多くの政府機関が放射線ガイド、基準、服務規定、規程などを決めています。そのいくつかをあげると、前原子力委員会、現在の原子力規制委員会(NRC)ですね、環境保護庁、放射線医学局、公衆衛生局、保健教育福祉省(HEW: Department of Health, Education, and Welfare)、食品医薬品局(FDA: Food and Drug Administration)、運輸省(DOT: Department of Transportation)などなどです。そして、もちろん軍の各部署でも、それぞれ規程を作っていますし、州政府や地方政府は放射線防護を徹底する規程や、基準を制定しています。

 課題の2番目については、市民の不必要な被ばくや過度な被ばくの主要原因は、私の考えでは、なんといっても医療用と歯科用X線です。きちんと教育と訓練をし、動機付けと認可証明書を持ち、そして最新の機械を使えば、被ばくは現在のレベルの10%以下に減らせると思います。医療被ばくを2%減らすだけでも、今世紀末までに原子力産業を廃止するよりも多く、全市民の被ばくを減らすことができます。現在の放射線防護基準は過剰被ばくの原因と結果という人間の経験が基になっています。そのほとんどは過剰な医療被ばくです。

 しかし、多くの場合、重要なデータがないのです。その場合は、動物実験に頼らざるを得ません。現在の放射線防護基準の一部が依拠している人間のデータの最重要のものは、私たちが今日討論した人間の被ばくの歴史から得たものです。たとえば、ラジム被ばく、放射線技師やその他の医療関係者のX線被ばく、広島・長崎原爆の生存者の研究、放射線治療を受けた患者たちの研究、そしてアリス・スチュアートの研究です。その他、多くの研究が示しているのは、妊婦に診断用X線を使用した結果、白血病、中枢神経系腫瘍などが激増したことです。この点について、どなたかコメントしていただけませんか。

エレット:環境保護庁基準局、放射線プログラム部
  私はこの課題をもっと狭く捉えています。ご指摘のように、アメリカ放射線防護委員会(NCRP)は1958年に放射線基準を勧告しました。1960年には連邦放射線審議会(FRC 訳者注:1970年に環境保護庁に併合)が基本的にはNCRPの勧告を確認するガイドを出しました。それは1959年に国際放射線防護委員会(ICRP)に追認されました。

 どのデータがもとになっているかを言わなければならないとしたら、今日現在、入手可能なデータではなく、1959年にどのデータが入手可能だったかを見る必要があります。基準ではなく、勧告はその時以来見直され続けています。現在の状況は、多分、1959年の状況とは違うと思います。

 ラジウムの職業被ばく基準は確かにラジウム作業員の経験がもとになっています。その頃は多数のデータがありましたから。IRCP(ママ:訳者注 ICRPの記載ミスか?)のレポートにも書かれていますが、1959年には、年5レム(50mSv)がラジウムの許容線量かどうかなんて誰も知りませんでした。そのようなデータはBEIRレポートが出版されるまで、なかったと思います。確かに、1959年に白血病が増えているとうすうす気づいてはいたのですが、広島・長崎のデータから推測できたのですが、それは全く明確ではありませんでした。

 1958年、59年頃の勧告では、一般市民の年間許容量は0レムに下げられたのですが、主たる懸念は遺伝的影響でした。遺伝的影響に関しては、しきい値線量などないのだと、市民は本気で信じ始めたのです。ICRP/NRCP(ママ:訳者注 NCRPの記載ミスか?)のレポートには、がんについてはほとんど言及されていません。むしろ、大勢の人びとを被ばくさせたら、線量に関係なく、遺伝的影響が起こり、それがずっとついてまわると書かれています。

 一般市民のがんの危険性ですが、この勧告にはその危険性についての心配は表現されていないと思います。私が見つけた限りでは、職業被ばくを受けていない一般人の被ばく量は、放射線業務従事者の10分の1だという考え方が基本にあります。ICRPが指摘しているように、職業被ばく基準では、放射線業務従事者を他の職業リスクの下に位置づけられると我々は仮定しています。言うなれば、リスク対リスクの間でバランスをとって、放射線業務従事者の被ばく量がNRCP/ICRP(ママ)の勧告以下であれば、彼らに見られる健康被害が特別なものではないということです。

 一般市民となると、職業リスク状況とバランスをとってという対応がフェアかどうかわかりません。なぜなら、一般市民は放射線を受ける職業で利益を得ている人びとではないからです。NRCP(ママ)とFRCがこの問題をどう扱っているかというと、一般市民のリスクは職業被ばくより10倍以下にするべきだと言っています。私はわかりませんが、10ではなく20をもとにした数字システムがあるとしたら、10倍ではなく、20倍低くなるということです。一般市民にどの程度の線量を認めるかという本当の理論的根拠を私は見たことがありません。

モーガン:今おっしゃった点のいくつかに異議を申し立てたいと思います。

 私はNRCP(ママ)とIRCP(ママ)の委員をずっと務めてきました。あなたが言及なさった内部被ばくに関するレポートを作成した委員会の委員長も最初から務めました。われわれは広島・長崎の生存者のレポートのいくつかにはアクセスしています。胎児への被ばく影響の初期のデータのいくつかもアクセスしました。私たちが特に危機感を持ったのは、人間のラジウム被ばくの歴史です。ですから、基準は体内のラジウムは0.1マイクロキュリー(3700Bq/kg)、年30レム(300mSv)に相当します。

 私たちは放射線技師の被ばくの歴史も非常に注意深く検討しました。これが現在の年15レム(150mSv)のもとになっています。ほとんどの臓器の被曝許容量です。イギリスでは初期の放射線技師の平均的被ばく量はこのレベルだと感じました。そして、ここから2種類の参照基準を導きだしたのです。ラジウム226による被ばくは年30レム(300mSv)、その前の十年は放射線技師の平均被ばく量は年15レム(150mSv)でした。ですから、われわれが評価するにあたっては、非常に多くのデータがあったのです。この放射線被ばくの勧告を作成する準備過程で、遺伝学者のマラー博士と身近で仕事をしたことを覚えています。被ばくレベルの境界条件を決めるのは遺伝的リスクか体細胞リスクかと、私たちはたびたび議論しました。ですから、ICRPのレポートが出る前の少なくとも10年間、これらの議論は続いていたのです。

訳者解説:ハーマン J. マラー(Hermann J. Muller: 1890-1967)

ショウジョウバエの実験で、放射線の被曝量によって突然変異が起こることを発見した。1926年の最初の発見と、その後の20年間の研究成果に対して, 1946年にノーベル医学生理学賞が授与された。
出典:http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1946/muller-bio.html [1]

日本における医療被ばく

 日本ではCTスキャンなどの多用による医療被ばく量が「OECD加盟国中で突出しており,他国の中央値と比して二倍以上と指摘され」、「想定された被曝による癌発生率も欧米の3倍と算定されて」いるという。その原因は、欧米諸国に比べて稼働台数が多いこと、検査が安価であるために、医師が「気軽にオーダーを出しやすい」こと、「医療従事者や患者の被曝に対する意識が必ずしも高くない」こともあると指摘されている。

出典:山田惠「米国発、医用画像の過剰使用問題は我が国へも波及するのか?」
『京府医大誌』120(12), 2011, 943〜951:
http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-12/yamada12.pdf [2]

 上記論文の中で紹介引用されているのが、評判になった医学ジャーナル『ランセット』の論文「医用X線によるがんのリスク——イギリスその他14カ国の推定数」である。
Berrington de González A, Darby S, Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries, Lancet 2004; 363: 345-351.