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7-4-1 訳者解説:最新の研究成果を取り入れて、放射線の基準設定をすべき

山本太郎参議院議員が国会で内部被ばくに関する日本の最新研究を紹介し、食品の放射能汚染基準がゆるすぎると指摘しました。海外の専門家も日本のシンポジウムで内部被ばくの最新の研究を紹介して危険性を訴えました。

最新の研究成果を取り入れて、放射線の基準設定をすべき

 7—3でスターングラス博士が要求していること(最近の研究成果を取り入れて、放射線の基準設定をすべき)と同じ主旨のことを、2014年10月16日に山本太郎参議院議員が参議院内閣委員会の質疑で述べた(注1) [1]

 放射線に関して、食品基準がゆるすぎること、そのため、外国では日本からの輸入食品を規制していることなどを指摘した上で、内部被ばくの危険性を示す最新の研究を紹介した。この研究は4—9と6—1「訳者コメント」で紹介した琉球大学大瀧研究室チームの蝶に関する最新論文である。論文そのものは琉球大学大瀧研究室「フクシマプロジェクト」ホームページからアクセスできる(注2) [1]

 「ヤマトシジミにおける二世代にわたる放射能汚染食物の摂取」と題した論文で、この蝶が内部被曝により親世代、子ども世代でどのような影響を受けたかの実験結果を詳しく述べている。ヤマトシジミが食べるクローバーに似たカタバミを各地から採取して、そのセシウム汚染度を調べた。

* 福島県本宮市:161Bq/kg
* 郡山市:117Bq/kg
* 千葉県柏市:47.6Bq/kg
* 東京都武蔵野市:6.4Bq/kg
* 熱海市:2.5Bq/kg
* 沖縄:0.2Bq/kg

 郡山市の食草を与えた第一世代の死亡率は53%で、異常率の線量反応関係は死亡率と同じだった。関東と東海地域の食草を与えたグループの生存率は80%を超えた。第二世代の場合、東北地域の食草を与えたグループの生存率は20%を下回ったが、沖縄の食草を与えたグループは70%を超える生存率だった。つまり、親が汚染食品を食べていても、子ども世代がクリーンな食品を食べていれば、生存率が高まるという結果が出たという。

原発災害と人権

 山本太郎議員の国会質問の前日、2014年10月14, 15日に早稲田大学で、国際シンポジウム「原発災害と人権——法学と医学の恊働」が開催された。主催3団体のうちのフランス「リモージュ大学環境法・土地利用・都市開発学際研究センター」のミシェル・プリエール(Michel Prieur)教授が、原発災害において、避難・移住の権利は健康への権利と生存への権利につながる重要な市民の権利であるにもかかわらず、人権の視点は原発災害において無視されていることを指摘した。

 医学分野では、スイスIPPNW(核戦争防止国際医師会議)の会長クローディオ・クナスリ(Claudio Knüsli, 腫瘍学)医師とIPPNW元会長のマーティン・ウォルター(Martin Walter)医師がチェルノブイリ原発事故による健康被害をもとに、福島第一原発事故による被害に対して警鐘をならす報告をし、琉球大学の蝶の研究も貴重な研究として取り上げ、放射線の遺伝子への影響を強調した。

安全派によるトリックの数々

 一方、同じパネルで報告した坪倉正治医師(東京医科学研究所医師・南相馬市立総合病院非常勤医師)は、自然放射線量の世界比較を見せて、ヨーロッパの高い線量に比べ、日本は世界一低いのだから、福島原発事故の被ばくを避けるために「ヨーロッパに避難しますか?」と、ヨーロッパの研究者たちに挑戦した。また、100mSv以下では遺伝的影響はない、避難生活の方が健康に悪い等という主旨の報告をして、ヨーロッパの研究者たちのひんしゅくを買っていた。

 坪倉医師のプレゼンの内容は、2014年8月発行の『坪倉正治先生のよくわかる放射線教室』(早野龍五監修 注3 [1])が基になっているようだ。

 このブックレットも、国際シンポジウムでのプレゼンも、巧みな操作が施されている。12頁の見出しは「南相馬市、相馬市の市街地の空間線量は西日本と変わりありません」で、その下に大きな地図(日本地質学会HP『日本の自然放射線量』より)が掲載されている。福島を始めとして、関東地域は西日本に比べて非常に低い線量になっている。事故後の全国の空間線量地図だと思わされるような並べ方である。この頁の左下に薄い字で「2004年の放射線量の全国地図です」と書かれてはいるが、プレゼンで見せられただけでは、事故による放射線量上昇はないのだと思わされても不思議ではない。

 この地図の出典元の日本地質学会HPに掲載されている地図には何年の放射線量か明記されていなかったので、学会に問い合わせたところ、地図の提出は2011年4月としかわからないとのことだった。そこで、地図に何年の線量か明記してほしいと要望したところ、「図1.日本の自然放射線量」の下に[1999〜2003年試料採取、2004年発表]と、2014年10月20日に追記された(注4) [1]。すぐに応じたことは評価するが、事故直後に事故前の自然放射線量地図を、「事故前の線量」と明記せずに公表した意図は何だったのかと疑問が残った。

 このブックレットのトリックは、事故前の自然放射線量を前面に出して、福島は低いと印象づけるところにある。惑わせるような出し方をして、批判されれば、放射線量の測定年をきちんと書いているとかわす準備も怠っていない。そして、自然放射線と原発事故による人為的放射線量を混在させて、今なお放出され続けている放射線から眼をそらさせる効果を狙っている。

日本は世界一 年間被ばく線量が低い国

 同じトリックは3頁の「世界の自然放射線による年間被ばく量」のグラフである。同じグラフが早大の国際シンポジウムで披露され、フランスが年間5mSvという坪倉氏の指摘に、フランスの専門家、イヴ・ルノアール氏(Yves Lenoir, 注5)が激しく抗議した。フランスでは毎時0.1μSv以下で、0.1μSvになったら、異常事態とされているから、5mSvなどあり得ないと。この反論に対して坪倉氏は、この線量はラドンの線量だと明かした。この他にもブックレットの内容には素人市民をだまそうとする意図が見え隠れするものが多い。

 Q&Aの質問「子どもを産むことはできますか?」(p.16)に「全く問題ありません。約40週までの妊娠期間に100ミリシーベルト以上浴びると影響がないとは言えないとされていますが、南相馬市での普通の暮らしで、このようなレベルの被ばくをすることはありません」と書かれている。つまり、100mSv以下は安全だと言っているのだ。1976年アメリカ議会セミナーの人々が聞いたら腰を抜かすだろう。このブックレットの評価ついては、「院長の独り言」ブログが参考になる(注6) [1]。ブックレットで評価できる点は、日本は医療被ばくが高いことを指摘している点である。

医師は社会を動かす俳優?

 上昌広氏(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門特任教授)が「医師の活動が社会から認知されるために必要なこと」と題する記事(2014年9月30日)の中で、このブックレットを推薦している。そして、「南相馬で活動する若手医師は(中略)どうすれば社会が動くかを実体験する」と述べ、医師は社会を動かす俳優だという(注7) [1]。「病院でも社会でも医師は目立つ。芸能界で言えば『俳優』だ。『俳優』が働けるには、多くの『裏方』の支援が欠かせない。医師も全く同じだ。果たして、若者たちは、どれくらい理解しているだろうか。それを伝えるのが、私たちの仕事である」と締めくくる上氏の文章に本音が表れている。

 字義通りに理解すれば、俳優は虚構を真実らしく見せる演技者で、舞台や映画を作るプロデューサーと監督の指示の元で、台本通りに演じる存在だ。この場合、プロデューサーや監督の意図が活きるためには、俳優の演技と共に「裏方の支援」、つまり、俳優のファンの支援が不可欠ということだろう。どの方向に「社会を動かす」のかは、ブックレットの内容に示されている。上氏は2012年4月に「南相馬はアブナイですよ」と医療ジャーナリストの伊藤隼也氏に述べていたこと、2011年4月には「福島市も郡山市も、とてもじゃないが避難させられん。将来奴ら(福島県民のこと)は、集団訴訟とかするんやろうな」と医学博士の木村知氏に言ったという(注8) [1]

 上氏が専門家としてアブナイと認識しているのに、「住民避難を訴えずに活動している」、そして上氏の文章「浜通りの被曝データは世界が喉から手が出るほど貴重なものとなる、これらを蓄積して世界に発信する、この地域を廃墟にするもやり方次第」と書いていることを、木村氏は批判する。

注1:2014年10月16日内閣委員会「特定秘密保護法、内部被曝問題(ヤマトシジミの研究)」
参議院議員山本太郎オフィシャルサイト:
http://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/3797 [2]

注2:http://w3.u-ryukyu.ac.jp/bcphunit/fukushimaproj.html [3]

注3:福島県南相馬発-坪倉正治先生のよくわかる放射線教室-発行-ベテランママの会 監修-早野龍五東大教授(PDF 20P) [4]

注4:「日本の自然放射線量」日本地質学会
http://www.geosociety.jp/hazard/content0058.html [5]

注5:ルノアール氏の論考「国際原子力ムラ——その成立の歴史と放射線防護の実態」が出版されているので参照されたい。日本科学者会議(編)(2014)『国際原子力ムラ——その形成の歴史と実態』合同出版。

注6:2014年08月19日「『よくわかる放射線教室』を正しく理解する」「院長の独り言」
http://onodekita.sblo.jp/article/102551958.html [6]

注7:上昌広(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門特認教授)
「医師の活動が社会から認知されるために必要なこと」、HuffPost Society, 2014年9月30日
 http://www.huffingtonpost.jp/masahiro-kami/doctor-social_b_5904088.html [7]

注8:『原発事故被害地おける[ママ]、医師らによる「被曝調査活動」の本質』2013年1月30日、T&Jメディカル・ソリューションズ
http://blog.livedoor.jp/medicalsolutions/archives/51966467.html [8]