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12-1:補遺(1)

議会セミナー議事録の最後に補遺として、4人の文書が掲載されています。最初の2人、アーチャー博士とマーテル博士の文書を紹介します。二人とも放射線の危険性を訴えていますが、アーチャー博士が当時アメリカ労働安全衛生研究所の医学部長という立場からか、歯切れが悪い証言です。

補遺1:ヴィクターE.アーチャー博士(3—3参照)の証言の追加:ブルース・マイルズ氏宛書簡(1976年4月1日)より

 人間の進化の歴史の中で、たとえ自然放射線が仮に何らかの役に立ったとしても、現在は人間に害をもたらす可能性があるとみなさなければなりません。その理由は、人間がこの自然力からあまりにも隔離してしまったため、「適者生存」の理論は、他の種に比べて、人間にはそれほど適用しないのです。その結果、わずかの放射線でも悪性疾患と遺伝的影響をもたらすので、人間に有害作用を及ぼす可能性があると考えなければいけません。放射線量ゼロから高線量まで、発がん現象と遺伝子損傷の直線外挿法について、ゼロ反応のポイント(zero response point)がこの問題に対して最も合理的/妥当な定量的アプローチを提供しているように思います。これがほとんどの基準設定機関/委員会が用いているアプローチです。このモデルはX線とガンマ線によるダメージを過大評価するかもしれないという証拠はいくつかあります。しかし、アルファ線や中性子などのような高い線エネルギー付与(linear transfer of energy, LET 訳注 [1])を持つ粒子によるダメージをこのモデルが過大評価するかもしれないという証拠はないのです。むしろ、このような被害を過小評価しているかもしれないという指摘まであります。

 人間にとって「すべての放射線は有害」だと私は確信していますが、これが原子力やその他の放射線の有用な活用の禁止を正当化するかは自信がありません。低レベルでは、被害の量はとても小さく、個人にはあまり重要ではありません。私たちの社会は全体としては、自動車運転や危険なスポーツや喫煙や飲酒や多くのタイプの建物の火事など、よく知られたリスクを受け入れていますから、私の感じでは、私たちの社会は原子力による小さなリスクも受け入れているのだろうと思います。原子力の危険性に社会が危機感を持つ主な理由は、これがまだ新しく、きちんと定義されていない危険性だからだと思います。よくわかっている危険性、私たちが生活の中で身近にいつも経験する危険性よりも、新しい、よくわからない危険性の方がずっと恐ろしく感じるものです。

補遺2:エドワードA.マーテル博士の証言の追加:内部アルファ放射体の未解決の健康被害

 原子力が受容できるかの判断をする前に、それに伴う健康被害について適切な評価がされなければなりません。残念ながらAEC(原子力委員会)もこの国の保健機関も、人間の体内の内部アルファ線放出体がもたらす慢性的健康被害の評価について適切に語っていません。アルファ線放出体が細胞突然変異とがんを引き起こす物質だということは確立した事実です。重要な未解決の問題は、このアルファ線放出体がどの程度、深刻な慢性疾患に寄与しているかです。がん、心臓疾患、脳卒中、遺伝的影響、硬化症(sclerotic disorders)などなどの一般的発生率です。

 不溶解性のアルファ線放出粒子が人間のがん発生率に主要な役割を果たしているかもしれないという可能性については、喫煙者の肺がんがアルファ線によって誘発されているという証拠が次々と出てきていることでも証明されています。喫煙者の気管支腫瘍の部位における放射性鉛-210とポロニウム-210の濃度が計測され、非喫煙者に見られたものの数千倍に達するとわかっています(原注1) [2]

 かかわっているポロニウム-210のアルファ放射能はわずか1ピコキュリー[0.037ベクレル]の何分の1かですが、細胞レベルにおけるその部位のアルファ線の強度は、自然レベルの何千倍から何万倍にもなります。最近の私の論文(原注2) [2]で、アルファ線によって誘発されるがんは多重突然変異のプロセスがかかわり、したがって、中くらいの放射能を持つ不溶解性アルファ線放出粒子(例:「温かい」粒子 “warm” particle)が組織に存続し続け、がんを引き起こすのに効果的な物質だろうという説を出しました。

 アルファ線由来のがんの多重突然変異プロセスはがんの年齢分布でも、間隔をあけたアルファ線被ばくでの1ラド[10ミリグレイ、10mSv]ごとに高くなるがん発生率が認められていることとも一致します(原注2) [2]。憂慮すべきことは、多重突然変異によって起こるがんに関して、低線量にも直線理論を当てはめることが極端に非保守的[極端な過小評価]だということです。この基準だと、非常に小さな臓器への不溶解性アルファ線放出体の負荷が大きな腫瘍リスクと同等だとみなされてしまいます。

 不溶解性アルファ線粒子の煙が喫煙者にがんを起こす物質だと証明されたら、フォールアウトのプルトニウムなど、その他の不溶解性アルファ線放出物も、非喫煙者の間で上昇しているがん罹患率に大きく寄与している物質である可能性は高いのです。

 人間の自然突然変異と遺伝的影響に対する内部アルファ線放出体の寄与度がどのぐらい大きいかに関する点も軽視されてきた深刻な問題です。「全米科学アカデミー電離放射線の生物学的影響に関する諮問委員会の遺伝的影響に関する分科委員会」(the Subcommittee on Genetic Effects of the National Academy of Sciences Advisory committee on the Biological Effects of Ionizing radiation)が結論付けた(原注3) [2]のは、核汚染物質から人間が受ける遺伝子的に大きな被ばくは現在では自然バックグラウンドの放射線からの被ばくに比べて非常に小さいので、非放射性の突然変異誘発源に比べるとたいして重要とは考えられないというものでした。この評価はネズミに対するX線の影響、および、人間の遺伝的影響のうち、X線とガンマ線が構成するものだけに適用される結論に基づいています。

 最近の研究が示しているのは、人間の軟部組織器官/臓器よりも、生殖腺とリンパ節の方がプルトニウムの濃度が高いことです。出版された論文による証拠では、精巣の中のプルトニウムとポロニウム-210の分布の仕方が、精巣全体よりも精子の方がずっと高い線量になるということです。したがって、現在の人間の自然突然変異率の主要な寄与物質は、未確認の非放射性突然変異源ではなく、内部アルファ線放出体であると指摘する根拠があるのです。

 これら内部アルファ線放出体による遺伝的影響とがんリスクに関する憂慮すべき問題が解決されるまで、原子力の受け入れは疑わしいままです。精巣と重要な腫瘍部位におけるアルファ線放出体のミクロ分布は現在応用可能な実験用技術で決定付けることができます。高い被ばくリスクのグループにおける腫瘍部位のアルファ線放射能負荷と分布の研究も、多重突然変異仮説とその深刻な影響について合理的な検査をもたらしてくれるでしょう。原子力/核エネルギーをさらに拡散する決定をする前に、このような研究が実施されるべきです。そうしないのは、無謀で無責任で、未来の世代の健康で安心な生活にとって深刻な脅威となります。

 現状改善のために、以下の行動を提言します。

1. 以下のことを検討するために、NAS-BEIR(全米科学アカデミーBEIR)委員会を再招集すること。
(a) アルファ線の「温かいパーティクル」(warm particle)が引き起こすがんの仮説
(b) がん誘発の多重突然変異プロセスとその影響の証拠
(c) 生殖腺におけるアルファ線放出体とその他の放射性同位体のミクロ分布とその遺伝的影響

2. 保健教育福祉省の主導で、放射線由来のがん研究プログラムを設立すること。

3. 人間の生殖腺における放射性同位体の分布と負荷を決定付けることと、産業・環境汚染源から放出された放射性同位体粒子の吸入サイズの濃度を評価するために、高いがんリスクグループの腫瘍部位における内部アルファ線放出体のミクロ分布を調べる優先度の高い研究を組織すること。

4. 放射線、特に内部アルファ線放出体が引き起こす慢性的健康被害が十分に認められるまで、原子力/核エネルギーの拡散を延期すること。

文献

原注1. Radford, E.P. and E. A. Martell, “Polonium-210: lead-210 ratios as an index of residence times of insoluble particles times from cigarette smoke in bronchial epithelium”. Proceedings of the Fourth International Symposium on Inhaled Particles and Vapours, Edinburgh, 22-26 September 1975, Fergason Press Ltd.

原注2. Martell, E.A., “Tabacco radioactivity and cancer in smokers”, American Scientist, 63, 404-412, July-August 1975.

原注3. National Academy of Science Advisory Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiations, “The effects on populations of exposure to low levels of ionizing radiation”, (BEIR Report), NAS-NRC, November 1972, Washington, D.C. 20006

訳者注:マーテル博士の追加文書の下に「Sponsored by the National Science Foundation」と脚注があるので、マーテル博士の研究がアメリカ科学財団に支援によるという意味のようです。

「線エネルギー付与(linear transfer of energy, LET)についての解説は以下のサイトを参照。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-02-11 [3]