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10-3:放射線基準のコスト・ベネフィット理論(3)

放射能放出量削減のコストは電気料金に含まれ、電力会社は一銭たりともコストを払わないこと、ベネフィット(便益)は事業者と株主にあるという批判が市民から出されます。真のコストは健康コストなのに、原子力規制委員会は規制する意思すらないという批判に、規制委員会の担当者が反論します。

課題10:連邦政府・放射線基準のコスト・ベネフィット理論
適切なシステムか? 他のシステムはないか?

モーガン:フロアーから質問を受け付けます。最後にしようと思っていましたが、続けます。コリンズ博士、質問がありますか?

コリンズ:[労働組合代表 5-6参照] [1]:コスト・ベネフィットに関してですが、1974年に84,097人の作業員がモニターされ、その年、88.4%は0.5レム[5mSv]以下の被ばく量でしたから、今ここで検討しているのは、それ以上の被ばくをした11.6%の作業員のために、放射線を下げるコストについてですね。原発・核施設のデータを見てわかったことは、多くの原発・核施設では作業員に対する年間0.5レム[5mSv]の制限値に従っているということです。

 改善が必要なのは、シマロン(Cimarron)のカー・マックギー[Kerr-McGeeカー・マギーとも読む。ウラン燃料製造所 6-9注2参照 [2]]のようなショッキングな[労働]条件の酷い工場です。作業員の放射線被ばくの観点からは、条件の悪い工場がこの他にもいくつかあることが1974年の報告書に記されています。

 最高被ばくレベルを年間0.5レムに技術的に下げることは、実行可能です。疑いの余地がありません。実現可能なのです。1万倍とか10万倍減らせと求めているのではないのです。技術的観点から極めて実行可能なことについて話しているのです。ある人びとにはいくらかコストがかかるかもしれませんが。

 残念ながら我々が認めなければならないのは、ウェストバレィ工場[West Valley 6-12訳注参照 [3]]の状況のようなずさんな作業が続いていることを許していることです。ウェストバレィで行われているのは、臨時作業員(transient worker)が集められ、数時間被ばくさせられてから、仕事から外されることです。そしてご存知のように、数年後にこれらの臨時作業員は被ばくの影響で苦しむのです。

モーガン:もう1人、フロアーから質問を受け付けます。オレンジ色のシャツの男性。

ケプフォード(Kepford):コスト・ベネフィットについて、いくつかコメントしたいと思います。コスト・ベネフィットを議論する時に考えなければいけない重要点は、これを使わなければいけないとしたら、誰に対するコストで、誰に対する便益かということです。この点について、まだ触れられていません。

 放射能減衰処理装置(radiation holdup equipment)を設置するコストを議論する場合、事業者[utility原子力発電所事業者]にかかるコストのことを話しているわけですが、現実には事業者はこのコストをびた一文払いません。これはレートベース[rate base事業資産の価値 注1 [4]]に加算され、事業者はそれをもとに収益を得ているのです。事業者は支払った分を取り戻すだけでなく、そこから収益を得ているのです。事業者が支払うコストはゼロです。コストは電力使用者(rate payer)に転嫁され、使用者がコストを支払うのです。

 誰がベネフィット(便益)を得るのでしょうか? 現実にはみなさんの電気料金がそのコストの一部なのです。みなさんがそれを払うのです。これはベネフィットではありません。ベネフィットは株主に生じます。[電力会社の]株を買うと、支払った額よりずっと多い金額を得ます。彼らがベネフィットを得ているのです。

 私たちが話し合っている本当のコストは健康コスト(health-cost)です。これが重要なコストです。今日いろいろ聞いたNRC(アメリカ原子力規制委員会)の規則と規制に関してですが、実施したいという気持ちがあるというだけで、過去にNRCは実施する気持ちすら全く持っていなかったのです。一つの簡単な例を用いると、「実行可能な限り低いガイドライン」(the as low as practicable guidelines)です。1975年12月9日のコロンビア地区裁判所がNRCに要求した実行可能な限り低いガイドラインを実施することという判決(訳者解説1) [5]です。この理事会に判決のコピーを提供します。

モーガン:ありがとうございます。記録のために提供してください。

マットソン[アメリカ原子力規制委員会安全基準部長]:ちょっと待ってください。最後の質問について述べなければなりません。まず最初に、コスト・ベネフィット批判については我々も重要な考えだと同意します。その点で、原子力規制委員会はこの決定を作成するにあたって、他の方法があるかについて、規則の制定を保留する意思があると公表しました。もし他の方法がなければ、公衆被ばくと[線量]削減において、これらのコスト・ベネフィットのトレードオフ(得失評価)を作成するためには何が適切な価値基準か[検討する]と。これはそのうち出てきますので、みなさんの見解を聞きたいと思います。

 判決についてですが、この判決には微妙な点があります。「補遺I, 軽水炉の設計目的」(Appendix I, the Design Objective for Light Water Reactors 訳者解説2参照 [6])が去年[1975年]5月に発表された時、猶予期間がありました。それは、再分析や運転のための設備購入や、また、設計途中、建設途中で生じる施設の変更などのためです。この猶予期間は今年の夏までです。頭にこびりついている日付は6月4日です。

 原子力委員会と原子力規制委員会は規則作成の最中も、実行を認可する担当でしたが、それぞれのスタッフは暫定的決定を作成しました。彼らがしたことは、非常に保守的なポジションを採用し、結果的に、その後「補遺I」に書かれている決定よりもずっと保守的だったのです。

 この決定が出た時、ある原子力発電所はこの新たな規制が求めている非常に高度な分析をする必要があるか、あるいは、古い保守的な基準、たとえば、悪い理論的解釈を使って運転を続けてもいいかに関して、つまり、彼ら[ある原子力発電所]が稼働を続けることについての疑問がありました。新たな決定はもっとましな防護を提供するので、それで十分ではないですか?

 あなたが言及した裁判所の判決は、規制の適用のタイミングについての非常に複雑な法的手続的議論と結びついているというだけのことです。我々は「補遺I」を実施しました。実際のところ、「補遺I」よりもずっと厳しいものを実施したのです。今でもそうですし、「補遺I」が完全に施行される今年[1976年]6月4日まで、そうするつもりです。

訳者解説1:

「原告・安全な環境のためのヨーク委員会 対 被告・アメリカ放射線防護委員会とアメリカ政府 参加人・フィラデルフィア電力会社 連邦高等裁判所 コロンビア特別区巡回裁判区 1975年12月9日判決」を以下に抄訳する。

原告はアメリカ原子力委員会が、参加人であるフィラデルフィア電力会社が発電のための軽水冷却原子炉(light –water-cooled nuclear reactor)の運転を許可する最終決定の再審査を求めている。認可された原子炉は現在稼働中で、参加人がペンシルベニア州ヨーク郡のピーチ・ボトム原子力発電所に建設したものである。

原告は原子力委員会の手続き、委員会自身の規制の解釈、事実認定について多くの不服を申し立てた。それぞれを考察した結果、委員会の手続きのほとんどについて瑕疵は見つからなかった。しかしながら、以下の点で被告の意見に賛同する。被認可者[電力会社]が非制限地域(注2) [4]に放出する放射性ヨウ素を含む放射性物質のレベルを「実行可能な限り低く」(’as low as practicable’)することを義務づける原子力委員会の管理規制と矛盾する道を委員会が辿ったように見えるという点である。

ここで使われている語「実現可能な限り低く」(’as low as practicable’)の意味は、テクノロジーの現状と、公衆の健康と安全に関する、また、公益のための原子力エネルギーの使用に関する改善のための経済を考慮して、現実的に達成可能な限り低いということである。

原告はアメリカ原子力委員会の規制が「現実的に可能な限り低い」基準を満たすと考えられる数値ガイドラインの設定を認めないと主張する。この基準に関する委員会の定義を分かりやすい言葉で解釈する限りにおいて、本法廷は賛成である。上記に引用したように、委員会の定義は健康と安全、コスト、テクノロジーの現状、公益のための原子力エネルギーの使用について考慮することを求めている。後者2点に関しては、特定期間中に建設された原子炉、あるいは稼働中のどの原子炉も一定かもしれないが、前者2点については、各原子炉の状況によっておそらく異なる。放射性物質の放出を「現実的に可能な限り低い」ことを決定付ける4要素のうち、2要素が一定ではないため、委員会はすべての場合において、放出量のどのレベルも委員会の必要条件を満たすと決定付けることができない。

委員会が「補遺I」において認めているのは、原子炉からの放射性物質放出量を数値ガイドラインより下げるためのコスト・ベネフィットを個別に考慮することを、「現実的に可能な限り低い」基準が要求していることである。この場合、このような個別の分析はなされたことはないようである。つまり、委員会の決定は、更なる放射性物質放出量の削減が、有利なコスト・ベネフィット率をもたらさないという結論に基づいたものではなかった。

したがって、本法廷は、このような分析を行わせるために、この件を委員会に差し戻す。その分析に従って、委員会は適切な手続きのもとに、ピーチ・ボトム原子炉の認可を修正して、放出量コントロール機器の追加を要求すべきか決定できるようにする。現行の放出量レベルは低いので、差し戻し手続きの未決中に運転認可を一時停止することを公益は要求しない。

出典:York Committee for a Safe Environment et al., Petitioners, v. United States Nuclear Regulatory Commission and United States of America, Respondents, Philadelphia Electric Company, Intervenor. United States Court of Appeals, District of Columbia Circuit. Decided Dec.9, 1975
https://law.resource.org/pub/us/case/reporter/F2/527/527.F2d.812.74–1923.html [7]

訳者解説2:

 「補遺I—軽水冷却原子炉の放出物中の放射性物質が『実行可能な限り低い』基準を満たすための設計目的と稼働の限定条件のための数値ガイド」(1975年5月5日)は現在アメリカ原子力規制委員会ホームページに掲載されている(注3) [4]。プリントアウトして5ページ半の内容のうち、マットソン博士が言及した規制委員会のスタッフが作成した決定事項と思われるものが、後半の1ページ半を占めている。この部分は「規制委員会スタッフのポジション声明」と題されている。マットソン博士が強調するように、委員会の決定内容と比べて、スタッフによる決定の方が「保守的」なのかを比較してみる。文章が非常にわかりにくいが、原文を意訳せずに翻訳し、訳者コメントで補いたい。

アメリカ原子力規制委員会:軽水冷却原子炉の設計・建設・運転認可申請に際して、申請者は以下の要件を満たさなければならない。

A. 各軽水冷却原子炉が非制限地域に液体放出物として放出する、バックグラウンド(注4) [4]以上の放射性物質の年間総量計算値(the calculated annual total quality of all radioactive material above background)は、非制限地域内のどの個人に対しても、すべての経路による被ばく年間線量推定値または線量預託が全身に3ミリレム[0.03mSv]、またはどの臓器に対しても10ミリレム[0.1mSv]以上をもたらさない。

規制委員会スタッフのポジション声明

A.非制限地域で液体放出物として放出される、バックグラウンド以上の放射性物質:

  1. 一つの原子力発電所敷地内のすべての軽水冷却原子炉から放出されるすべての放射性物質の年間総量計算値は以下の結果をもたらすべきではない:非制限地域において全ての経路による個人の全身または臓器に対する年間被ばく量または線量預託が5ミリレム[0.05mSv]以上をもたらすべきではない。
  2. 各軽水冷却原子炉内のトリチウムと油溶性ガスを除く放射性物質の年間全量計算値は、5キュリー[1850億ベクレル]を超えてはならない。

アメリカ原子力規制委員会

B.1. 各軽水冷却原子炉が大気中にガス状放出物として放出する、バックグラウンド以上の全放射性物質の年間総量計算値は、非制限地域に人が居住しているどの場所でも地上付近レベルの年間線量推定値のうち、ガンマ線が10ミリラド[0.1mSv]、または、ベータ線が20ミリラド[0.2mSv]以上をもたらすべきではない。

 ただし、上記の目標を使用した場合、非制限地域におけるどの個人も全身に受ける年間外部被ばく量が5ミリレム[0.05mSv]を超えると予想される場合、委員会は放射性物質量のより低い方のレベルを特定してもよい。

 B.1に明記されている放射性物質量のレベルより高い量を放出する設計目標は、申請者のより高い放出量の案が、非制限地域のどの個人に対してもガス状放出の放射性物質によって年間の全身外部被ばく量が5ミリレム[0.05mSv]、皮膚への被ばく量が15ミリレム[0.15mSv]を超えないという合理的な保障ができるなら、合理的に達成可能な限り低い(as low as is reasonably achievable)レベルに保つという要件を満たすとみなされる。

規制委員会スタッフのポジション声明

B.1.原子力発電所敷地の境界外または境界のどの場所でも、人がいる地上付近レベルのガンマ線年間空間線量計算値が10ミリラド[0.1mSv]を超えるべきではない。

B.2. 原子力発電所敷地の境界外または境界のどの場所でも、人がいる地上付近レベルのベータ線年間空間線量計算値が20ミリラド[0.2mSv]を超えるべきではない。

アメリカ原子力規制委員会

C. 各軽水冷却原子炉が大気中に放出する、バックグラウンド以上のすべての放射性ヨウ素と粒子形放射性物質の年間放出量計算値は、非制限地域内のいかなる個人も、すべての経路により受ける年間被ばく線量推定値または線量預託が、どの臓器に対しても15ミリレム[0.5mSv]以上をもたらさない

規制委員会スタッフのポジション声明

C. 1.原子力発電所敷地内のすべての軽水冷却原子炉が放出する、すべての放射性ヨウ素と粒子形放射性物質は、非制限地域内の個人のどの臓器に対しても、すべての経路により受ける年間被ばく線量または線量預託が15ミリレム[0.5mSv]以上をもたらすべきではない。食べ物経由による放射性物質の摂取の線量または線量預託を決定する場合、食べ物経路が実際に存在する場所で測定されること。

2.ヨウ素131のガス状放出の年間総量は一つの原子力発電所サイトの各軽水冷却原子炉につき、1キュリー[370億ベクレル]を超えてはならない。

注1:「レートベース」について、東京電力の「総原価算定の考え方」にある「事業資産(レートベース)の内訳」の翻訳を採用しましたが、1976年時のアメリカのレートベースと同じかはわかりません。
http://www.tepco.co.jp/cc/kanren/images/120528a.pdf [8]

注2:アメリカ原子力規制委員会による非制限地域(unrestricted area)の定義:原子力施設の所有地(普通、原発サイトの境界)外の地域。外部被ばくによって1時間に2ミリレム[20μSv, 0.02mSv]を超える放射線レベルに人が被ばくすることのない地域。
http://www.nrc.gov/reading-rm/basic-ref/glossary/unrestricted-area.html [9]

注3:Appendix I to Part 50—Numerical Guides for Design Objectives and Limiting Conditions for Operation to Meet the Criterion “As Low as is Reasonably Achievable” for Radioactive Materials in Light-Water-Cooled Nuclear Power Reactor Effluents”, U.S. NRC
http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/cfr/part050/part050-appi.html [10]

注4:「バックグラウンド」の意味は、一つの原子力発電所の軽水冷却原子炉から放出される放射性物質量で、その原子炉から生じたものでないもの。

訳者コメント

 アメリカ規制委員会とスタッフ声明の違いの一つは、委員会が「各原子炉」と表記し、スタッフ声明が「一つの原子力発電所サイトのすべての原子炉」と表記している点である。原発に一つの原子炉しかない場合は、両者とも被ばく量計算値は同じだが、原発に3基ある場合は、Aを例にとると、規制委員会は3ミリレム[0.03mSv]×3だし、スタッフ声明は3基全部で3ミリレム[0.03mSv]としていると読める。

 留意しなければいけないのは、これが事業者向けの原発建設の際の設計ガイドラインということである。1960年代後半から70年代前半に稼働していた11原発(注5) [11]全体の原子炉数はわからないが、各原発に2基として、22基の原子炉からの放出量と仮定すると、スタッフ声明の計算では全部で0.33mSv、規制委員会のガイドラインでは0.66mSvとしているように読める。この仮定からでも、マットソン博士が「それで十分ではないですか?」と捨て台詞のように言ったことがわかる。

 原文の注4は非常にわかりにくいが、環境中の放射性物質について一般的に言われる際の「バックグラウンド」と理解していいのだろう。ただし、1976年時点では自然放射線以外に核実験による残留放射線量が考慮されなければならないだろうし、それが相当の量だと考えられる。

 この後、1977年1月13日施行の「原子力発電所の環境放射線防護基準(40 CFR Part 190 注6 [11])が連邦政府の基準として公表された。「この規定は公衆のいかなる人に対しても、全身への年間被ばく量限度を25ミリレム[0.25mSv]、甲状腺への被ばく限度を75ミリレム[0.75mSv]、その他の臓器への被ばく限度を25ミリレム[0.25mSv]と定める」と書かれている。

注5:J.S. Walker and T.R. Wellock, A Short History of Nuclear Regulation, 1940-2009, US Nuclear Regulatory Commission, Oct. 2010
http://www.nrc.gov/docs/ML1029/ML102980443.pdf [12]

注6:EPA, Radiation Protection, Environmental Radiation Protection Standards for Nuclear Power Operations (40 CFR Part 190)
https://www.epa.gov/radiation/environmental-radiation-protection-standards-nuclear-power-operations-40-cfr-part-190 [13]