低線量の健康への影響とは何か、その影響はいつ現れるのか?

低線量被ばくの影響について最初に発言する二人、ロザリー・バーテル博士とアーウィン・モーガン博士の経歴を紹介します。

訳者解説:最初に発言するのは低線量被ばくが危険だと主張する二人の科学者です。

ロザリー・バーテル博士(Rosalie Bertell: 1929-2012)

 1976年当時、国立がん研究センター、ロスウェル・パーク記念研究所研究助手。大学で数学を専攻した後(1951)、修道院の静かな生活を望んだが、高額の持参金が必要だとわかり、その資金を得るためにベル・エアクラフトに就職して、ミサイル製作の基礎研究に携わる。そして修道院に入り、5年後に聖職に就く。「反核シスター」と呼ばれるゆえんである。

 1959年に数学で修士号取得、1963年に国立保健研究所の奨学金を得て、数学の博士号を1966年に取得。その後、ニューヨーク州のポスドク(postdoctoral)グラントを得て、ニューヨーク州バッファローの国立がん研究センターのロスウェル・パーク記念研究所に勤務。そこで大規模な白血病調査を数学を使って分析する仕事に取りかかった。「白血病3州調査」(Tri-State Leukemia Survey)と呼ばれ、ニューヨーク州・メリーランド州・ミネソタ州の1600万人を1959年から62年の3年間調査するプロジェクトだった。これらの州にはがん登録制度があり、白血病患者の報告が義務づけられていたため、この研究のために患者をインタビューすることができた。

 この調査が始まった理由は、この頃、白血病の増加があったからである。4年間の調査の結果わかったことは、白血病の増加の原因が診断用のレントゲンだったことである。長年、低線量被ばくは害がないと信じ込まされてきたが、胸部X線や歯科用X線が老化のプロセスを早めていることがわかった。白血病がその一つで、白血病は年取るまでなるものではないし、なる前に死ぬのが普通だった。X線によって、白血病などの老化現象が早まることがわかった。白血病は年齢の若い者と老人に多く、幼い子どもは免疫力が発達していないため、老人は免疫力が衰えて、放射線の影響を受けやすい。当時の医学研究分野では、早期老化について誰も言及していなかった。

 バーテル博士は自分の発見に驚いた。腹部X線は骨盤弓の造血器官を直撃し、1回1ラド(10mSv相当)につき1年早く老化することになる。背骨のX線1回分は1ラドで、自然老化1年分に相当し、白血病の率を増す。胸部X線や大腿上方部の1ラドは0.6年に相当する。これは骨髄を直撃しないからだと考えられる。同じく歯科用X線や手足のX線も骨髄への被ばくが少ないためか、1ラドは0.25年の老化に相当する。

 他のこともわかってきた。心臓病や糖尿病のような早期老化現象が起こること、または環境に適応できずに起きるぜん息やアレルギーなどを抱える人は放射線被ばくの影響がより強くなることである。白血病で亡くなる青少年の70〜80%は、白血病と診断される5,6年前に環境に適応できないために起こる慢性疾患を抱えている。彼らの死はX線による被ばくで早められる。数学を使った、この理論的研究「X線被ばくと早期老化」(X-ray Exposure and Premature Aging)は1977年に『腫瘍外科ジャーナル』(Journal of Surgical Oncology)に掲載された。

出典:Leslie J. Freeman, Nuclear Witnesses: Insiders Speak Out, W・W・Norton & Company, New York, 1981, pp.22-49. 日本語訳:レスリー・フリーマン、中川保雄・中川慶子(訳)『核の目撃者たち——内部からの原子力批判——』筑摩書房、1983.

アーウィン・ブロス博士(Irwin Bross: 1921-2004)

 医学ジャーナル『ランセット』によると、科学的定説に挑戦する科学者として知られている。特にアメリカ国立がんセンターが促進していた乳がん検診のマンモグラフィーについて、1977年にアメリカ議会の小委員会で「検診用X線に被ばくすることは、乳がんの歴史の中で最悪の医原的(診断から生じる)がんの流行をもたらすだろう」と主張した。このため、がんセンターは「飼い主を噛んだ」と、ブロス博士に対する研究費すべてをカットした(注1)

 1976年時点、ブロス博士はニューヨーク州バッファロー国立がん研究センターのロスウェル・パーク記念研究所の生物統計学部長だった。バーテル博士の上司にあたる。バーテル博士によると、この2年前にナイアガラ郡に原発が建設される予定で、低線量被ばくについて市民説明会で話してほしいと研究所に連絡があり、バーテル博士に依頼がきた。電力会社側が質問を用意していて、バーテル博士の話を阻止する意図が明確だった。電力会社が準備していた専門家たちは「低線量被ばくは健康に影響ない」としか言わず、バーテル博士が事実を伝えると、市民は納得したという。市議会は選挙があるため、市民の声を聞かざるを得ず、ナイアガラ郡議会はアメリカ初の原発建設停止決議をした。

 しかし、バーテル博士に対してメディアを含めて、原子力ロビーからの圧力が強まり、研究所の副所長から呼び出しが来た。その時、上司だったブロス博士に証人になってもらい、ブロス博士も初めて研究所が研究員を脅そうとしたことを知ったという。バーテル博士はこの時、研究助手だったが、副所長から市民説明会で問題を起こしたと追及されて、「市民の税金で研究をしている時に、市民説明会や集会に行って、研究結果を市民に伝えてはいけないということか」と反論すると、副所長は怒り狂って部屋を出て行き、その後、所長から文書で「市民に話す時は、研究所を代表していると思われない話し方をするように」という注意が届いた(注2)

注1:Terrell Tannen, “Irwin D J Bross”, The Lancet, vol.367, Issue 9441, 2004年10月, p.1212: http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(04)17168-7/fulltext
注2:Leslie J. Freeman, 前掲書, pp.33-37.

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