8-3 低レベル放射線被ばくの健康影響に関する研究

放射線の影響についての研究は何が必要かという議論の中で、生殖腺組織に入りこんで変異を起こす点で最も危険なのはプルトニウムだというカルディコット博士の指摘に対して、市民傍聴者から拍手が起こります。放射線の危険性を正しく指摘する専門家に対する信頼感の現れで、「拍手」と議事録に記載する対応も、現在の日本と対照的です。


リッチモンド(オークリッジ国立研究所生体医学環境部副部長):
 健康を守るという一般的観点から、放射線生物学の分野でいくつか改善されるべき点があると思います。

 どの分野も同じだと思いますが、私が心配しているのは、環境で私たちがさらされ、被害を受けるいわゆる生物学的因子をすべて考えるべきです。この中には多くの重金属、殺虫剤や興味深い有機物も含まれます。そのリストは膨大なものです。

 みなさんの中でご関心のある方にお知らせしますが、昨年、下院委員会の公聴会がいくつかありました。放射線を含めた低レベル汚染物質への暴露から起こる健康被害とコストに関する公聴会でした。私が言いたいことは、肺に入って損傷を起こす物質はたくさんあること、また、生殖腺組織に入り込んで変異効果を起こす物質もたくさんあることです。問題は、私たちがグループとして社会として、これらの可能性すべてをどの程度、徹底的に研究することができるのかです。

 もう一つ例を申し上げます。何年も前にウラン鉱の鉱夫が地下深いところで働いて、問題になったことはよくご存知だと思います。鉱夫たちの多くは喫煙し、その他の物質に被ばくして肺がんになりました。しかし、今日忘れられているのは、炭坑夫の炭塵肺(black lung disease)に支払われた税金は年間10億ドルだという事実です。10億ドルですよ。

 ですから、私たち全員が学ばなければならないのは、私たちがすること全てにコストがかかること、生物学的、環境のコストです。ようやく今になって、エネルギーを生み出すための異なる総合サイクルのコストをどう定量化するかを学び始めたところです。これの問題は二面的です。放射線分野で特に必要な研究分野があることは、私も賛成です。

カルディコット:変異効果を起こす物質で最も危険なものの一つはプルトニウムです。プルトニウムが発がん性があるという証拠を聞いたばかりです。実際のところ、実験の犬の肺にがんを起こさない低線量というのはないと述べられています。プルトニウムが生殖腺、精巣と卵巣に移動することも聞いたところです。

 今生まれるすべての子どもの6%は何らかの先天性欠損があります。全病院の小児病棟に入院する子の30%は遺伝性疾患と奇形があります。成人の入院患者の10%は遺伝性疾患に関係する病気にかかっています。プルトニウムがとにかく突然変異を誘発するのですから、生殖腺に沈着したり、環境に存在すれば、精子や卵子に突然変異を起こし、将来世代に現れるのは目に見えています。

 私たちがプルトニウム・エコノミーを進めたら、私たち全員が汚染されるのは明らかです。すでに放射性降下物で汚染されているのですから。私たちは未来の子どもたちを[これ以上]危険にさらすのですか。これがスイッチをひねれば電気がつくという便利さに対するリスクですか。私たちはこのリスクを犯す覚悟があるのですか。

(フロアーから拍手)

モーガン:ここで、ERDA(エネルギー研究開発局)の代表であるビル・バーをお呼びしたいと思います。

バー:この分野におけるERDAの研究プログラムの範囲と規模について簡単に述べたいと思います。現在進行中の研究活動についてもう少し知っていただくのがいいと思うからです。

 マットソン博士が触れられましたが、ERDAは健康影響分野に4000万ドル以上予算を振り当てており、この研究について述べたいと思います。加えて、放射線核種の動きを含めた環境分野の研究にも予算を当てています。器具や手順の向上に関する物理的技術的プログラムも行っています。しかし、ここでは健康影響の研究に焦点を当てたいと思います。

 4000万ドルの予算のうち、約1000万から1100万ドルが人間の健康に関する研究に当てられています。これらのいくつかについては、今朝の議論の中で述べられていますが、もう一度述べたいと思います。疫学分野では、ERDAの最大の委託[事業]は日本の放射線影響研究所、前身がABCC(Atomic Bomb Casualty Commission原爆傷害調査委員会)ですが、ここの原爆被爆生存者の研究を支援することです。私の左に座っているジャブロンさんがこのプロジェクトについてもっとくわしくお話しできると思います。

 超ウラン元素国家登録(Transuranium Registry)にも主要な役割を果たしています。これについても触れられていましたね。また、アルゴンヌ国立研究所(注1)の「人間放射性生物学センター」(Center for Human Radiobiology)の広範囲の研究が現在もあります。これはラジウム作業員と他の理由でラジウムに被ばくした人たちの追跡調査です。この研究についても言及されましたが、これは、骨親和性放射線の体内放出体[体内に入り、放射線を放出する核種の中で骨に影響を与えるもの]に関する人間のデータに関しては、基準となる研究です。これは将来も重要な研究分野であり続けます。

 健康と死亡率の研究もやっています。ERDAの活動すべてを含むものではないですが、規模としては非常に大きいものです。この研究は数年続いています。作業員の研究で、最初はワシントン州リッチランドのハンフォード[核施設 5—2参照]やオークリッジ(注2)の作業員が対象でしたが、最近は他の研究所にも対象を広げています。

 我々の疫学研究にプルトニウムも加える努力がされています。この分野の研究を強化しなければいけないということについては、みな賛同しています。4000万ドルの予算のうち、3000万ドル程度は我々の実験システムに使っています。その中の1000万ドルは内部放出体分野の研究費です。

 質問されたので申し上げますが、約800万ドルが、アルファ線を放出する核種の代謝(metabolism)とその影響に関する研究に当てられています。その他の研究は臓器、細胞・分子組織に与える放射線による損傷ですが、ここでは詳しく申しません。

 動物実験システムの中で遺伝学研究には400万ドルが当てられています。以上、簡単にまとめて申し述べたことに加えて、説明文書があるので委員会に提供したいと思います。

注1:アルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory)
 2014年時点で、アルゴンヌ国立研究所HPには「人間放射性生物学センター」(Center for Human Radiobiology)は存在していないが、「ラジウム・ダイアル・ペインター——何が起こったのか?」(Radium Dial Painters—What Happened to Them?)というサイトでローランド(Rowland)氏が以下のように述べている。

 ラジウム事件の研究はすべてアルゴンヌ国立研究所の人間放射性生物学センターに集約されたが、この研究は1993年に終了した。3,161人のラジウム・ダイアル・ペインターが確認され、そのうち1,575人について研究された(合計で6,675人がラジウム被曝していることが確認され、そのうちの2,403人が計測された。これらの人々は[時計の]針にラジウムを塗装して被曝した人も、その他の理由から被曝した人も含む)。アルゴンヌの内部放出体プログラム(Internal Emitter Program)は25年間、アメリカのラジウム・ダイアル・ペインターの医学と線量測定の研究の中心だった。アルゴンヌの研究は体内に蓄積された放射性元素が人間にどんな影響を及ぼすかを研究したものとして、最大規模のものだった。

出典:http://www.rerowland.com/dial_painters.htm
このサイトの作成者ローランド氏は5—3でジャブロン氏が言及した(「BEIRレポートではローランド(Rowland)の研究を引用しています」)のローランド氏のようである。

 バー博士が「骨親和性放射線の体内放出体に関する人間のデータに関しては、基準となる研究です。これは将来も重要な研究分野であり続けます」と言ったが、2011年に過去と将来の研究をまとめた論文が発表されている。「放射線生物学メガ研究の過去と未来—アルゴンヌ国立研究所のケース・スタディ―」と題し、アブストラクト(概要)に以下のように記されている。

 1952年から1992年にかけて、欧米と日本の研究所で外部被ばくと内部放出体が動物の寿命と、組織毒性の発達にどう影響するかを決定するために、200以上の大規模な研究が行われた。アルゴンヌ国立研究所では、1969年から1992年にかけて、700頭のビーグル犬と50,000匹のねずみで外部ビームの研究が行われた。これらの研究は中性子とガンマ線被ばくが、様々な線量と被ばくパターンの違いで、寿命・腫瘍化・突然変異誘発にどう影響するかを明らかにするのに役立った。アルゴンヌでこの期間に収集した記録データと組織は慎重に保存され、広く利用されてきた。これらのアーカイブ・データを使って、現在進行中の統計作業は放射線・線量・線量率・組織の性質、また、被ばくした動物の放射線反応に性別による違いがあるかも明らかにするために行われている。保存されている組織に、新たに開発された分子生物学の技術を応用して明らかになったのは、被ばく後の遺伝子の変異率である。(中略)最近のアーカイブ化の努力はこれらの研究で得られたデータと試料のオープン・アクセスを容易にし、したがって、この研究を発展させる貴重な機会があるということである。

出典:B. Haley et al. “Past and Future Work on Radiobiology Mega Studies: A Case Study at Argonne National Laboratory”, Health Phys. 2011 June; 100 (6): 613-621.オープンアクセス
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3784403/

注2:オークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Laboratory)
 HPに掲載されている「オークリッジ研究所の歴史」から要約する。

 1942年にテネシー州オークリッジにアメリカ陸軍工兵司令部が原爆開発のための施設として146,000ヘクタールの土地を住民から接収し、1943年から開発が進められた。戦後は原子力を飛行機、船、潜水艦、電車、自動車、農業用トラクターに使えないかという研究が始まり、それが原子炉の開発に結びついた。

 1947 年に化学企業のユニオンカーバイド(Union Carbide Corporation)が運営を請負うことになり、研究所の職員はユニオンカーバイドから給料を得ることになった。このサービスに対して、企業側は原子力委員会(AEC)から研究所の年間予算の2%を固定料金(fixed fee)として得た。やがて、オークリッジは世界初の固形燃料・軽水炉を運転することになる。様々な原子炉開発の他に、1949年からほ乳類への放射線影響の研究が始まり、1万匹のねずみが研究用に飼育された。ねずみが実験材料に選ばれたのは、病気が少ない、飼育が経済的、繁殖が速い、人間と原則的に同じ臓器を持つことからだった。1950年代の調査で、ネズミの放射線への感受性を調べるために妊娠期間を調べた結果、胚発生期間のうちの危険期間について貴重な情報を得ることができた。放射線による細胞変化は妊娠期間中に多く起こるとわかった。この発見の結果、妊娠中のレントゲンについて注意するよう妊婦に告げることになった。オークリッジの原子炉技術部門の生物学部は1950年代に国際的な評価を受けた。

 30年間、原子炉の設計と技術分野で発展を遂げてきたが、1970年代に市民の間で高まってきた放射性廃棄物問題、放射線の環境と健康への影響、原発事故の可能性などへの心配は、原子力委員会と原子力エネルギーそのものに対する信頼の失墜に結びついた。これは原子力産業界に衝撃を与えた。その結果、原子力委員会は1974年にERDA(エネルギー開発研究局)とNRC(原子力規制委員会)に分割され、それまで原子力委員会の活動を決定していた原子力エネルギー合同委員会(Joint Committee on Atomic Energy)は廃止された。商業用原子炉製造は続いたが、原子力産業会は3つの課題に悩まされ続けた:原子炉の安全性、原子炉周辺の環境への影響、放射性廃棄物の安全な廃棄で、この課題はオークリッジ研究所への挑戦でもあった。

 1970年代に原子炉の安全性と環境保護を強調した研究所とワインバーグ(Alvin Weinberg)所長は原子力推進派や原子力委員会職員から不興を買い、長年、原子力の応用と発展に尽力してきた研究所の科学者たちには不思議な事の成り行きだった。次のワインバーグの声明は原子力反対派から好意的に受け取られた。「核人間(nuclear people)は社会とファウストの契約[魂を売る悪魔の契約]を結んできた。われわれは奇跡的な無尽蔵のエネルギー源を通して、技術豊富な世界に何十億年にもわたるユニークと言っていい可能性を提供している。しかし、このエネルギー源は同時に副作用の可能性に汚染されている。つまり、もし制御不能になったら惨事を招くということだ」。[訳者注:この時点ではウランは無尽蔵と信じられていたのかもしれないが、6—7の訳者解説で紹介した専門家によれば、ウランの埋蔵量は無尽蔵ではなく、IAEAが100年というのに対し、10年という見積もりを出している]

 研究所はエネルギーの移行を実施し、1970年代後半に「環境プログラム」を設立、数年後に「環境保護と再生可能エネルギー・プログラム」になり、1993年には研究所全体で最大のエネルギー活動に発展した。

出典:”Sixty Years of Great Science: Chapter 6 Responding to Social Needs”, ORNL Review Vol.25, Nos. 3 and 4, 2002
http://web.ornl.gov/info/ornlreview/rev25-34/chapter6.shtml

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