8-5-12 チェルノブイリ法に基づく数々の補償・福祉政策(1)

チェルノブイリ事故から20年目のロシア・ウクライナ・ベラルーシ政府報告書には被災者に対する様々な補償・社会福祉項目があげられています。今回はロシアとウクライナの報告書中に記載されている項目を翻訳します。

ロシア政府の対応

ロシア政府報告書の「序」には事故の初期段階での「戦略的誤り」の反省点があげられ、その1つは1988年以降の大規模な移住プログラムの実行だったという(p.8 注1)。ソビエト連邦の崩壊と経済危機は新たに独立したウクライナやベラルーシのチェルノブイリ事故対策を遅らせ、「ロシア連邦の場合は、[汚染地域の]いずれの地域でも移住は行われず、最も汚染の酷い地域でも移住できなかった」(p.18)と述べられている。

ロシア:「大惨事被害の除去」(pp.45-64)

● 初期の対策は移住、医療ケア、農業と森林の除染、放射線モニタリング、市民の社会的心理的リハビリテーションに焦点が当てられた。1992〜2001年[事故の6〜15年後]は子どもの防護、作業員の住居プログラムが実施された。1998〜2001年に経済危機によって、これらのプログラムも影響を受けた。

● 1992〜2001年のプログラムは医療と予防活動で、汚染地域の住民に一次検査、二次検査、治療、リハビリテーションのシステムであった。1992年にサントペテルブルクに「環境放射線医学センター」が設立され、作業員と汚染地域から移住した人々に医療を提供する施設になった。現在[2006年]、主に作業員12,000人が検査・治療・リハビリテーションを受けている。

● 汚染地ブリャンスク・カルガ・トゥーラ・オリョールの住民に対する特別医療援助はオブニンスク医療放射線研究所が引き受け、3,500人が高度な特別検査と治療を受けている。

● 2002〜2005年に「被ばく市民とその子ども第一第二世代の健康防護」プログラムに予算がつけられ、病院、学校などが建設された。子どもの健康防護プログラムとして、総合病院の他、サナトリウム、乳児園、子ども園などが建設された。被ばくに苦しむ子どものモニターのために、地区・地域・国の3レベル検査システムが確立され、97〜98%の子どもが医療支援を受けている。このプログラムのもとで、年間6万人の汚染地域の子どもたちが治療と予防のためにヴィタミン強化食品を摂取している。

● 住居支援:1995〜2001年に法律で定められた作業員と移住者(強制移住者と自主移住者を含む)[訳者による強調、以下同]に住居支援を行い、15,000家族にアパートが提供された。2004年の連邦法No.122によると、住居の提供はロシア連邦の国庫負担である。2005年1月1日現在、家族数は25,500にのぼる。

ウクライナ政府の対応

「チェルノブイリ事故の被害を克服するための社会政策」(pp.51〜56注2):チェルノブイリ事故被害者の保護に関する国家政策は以下の基本原則に基づいている[以下抜粋]。

● チェルノブイリ事故被害者の健康と命、生活を優先し、生活と労働の安全で害のない条件を提供するのが国家の完全な責任である。

● 被害者の社会保護と[財産]喪失の完全な回復

● チェルノブイリ事故被害者とその家族の税制優遇政策によって、生活改善のための経済的方策を用いる。

● 健康保護、社会的、抗放射線保護、労働保護に関して国際協力を求め、課題の解決に世界の経験を用いる。

1990年以前[事故後4年間]はチェルノブイリ事故被害者の地位の社会保護に関する法的立法的分野が存在していなかった。ソビエト連邦共産党中央委員会とソビエト連邦最高会議の決定によって、省と部局が発足し、1991年2月にウクライナ法「チェルノブイリ事故被害者の地位と社会保護」が成立した。この法律はチェルノブイリ事故被害者の命と健康を保護する憲法上の権利に関する基本法である。

1986年のチェルノブイリ事故直後にすべての事故被害者の補償政策がウクライナに導入された。補償は補償金の支払いや様々なサービスの無料提供の形で行われた。ウクライナの独立後、発足し始めたばかりの政治機関がチェルノブイリ惨事によって起こった問題を解決する努力をし、議会は財源の計算をせずに、必要な経費をすべて認めた。したがって、果たすべき義務が十分に果たされず、チェルノブイリ経費は国家予算に重くのしかかった。

ウクライナ法によると、チェルノブイリ事故被害者で最も弱者は子どもと病人、汚染地域の住民である。この人々は国家の特別保護の対象者である。2005年1月1日現在、「チェルノブイリ事故被害者」の地位を持つ者は2,594,071人にのぼる。チェルノブイリ事故により一家の稼ぎ手を亡くした家族が19,109家族存在し、彼らは特典を受ける資格を持つ。ウクライナ法「子どものいる家族への国家支援」と「保護が不十分な家族への国家社会支援」によって、2005年の第一四半期に保護が十分でない41万1.600家族と、子どものいる93万2,800家族が国家社会支援を受けた。この多くはチェルノブイリ事故被害者だった。

ウクライナ法「強制的国民皆退職保険」(universal obligatory national retirement insurance)が2004年に発効し、チェルノブイリ事故被害者には2〜13年早い退職年金が明記された。約19万人がこの特典を受けている。

政府が被害者を汚染地域から避難/移住させる決定をした結果、52,000家族以上(1986〜1990年の避難/移住者90,784人を含めて164,7000人)が避難/移住した。1993〜2005年に、チェルノブイリ事故によって身障者となった7351家族に住居が与えられた。この住居提供は国家予算によってまかなわれた。

チェルノブイリの建設プログラムは被害者の生活や健康レベルを回復し、経済的条件と生活条件を改良することを主旨として、1)移住後の居住地の医療施設、学校、ガス敷設、2)移住後の居住地における雇用創出、3)強制移住区域における緊急対策である。被害者の住居と生活条件の改善は社会開発プログラムによって保証されなければならない。

「人口の医学的保護戦略、人口の健康に関する放射線と疫病の影響を最小限にする対応策」(pp.86〜88)

将来数十年にわたって、被ばくした人々の医療支援プログラムが惨事の医学的影響から回復するために必要で、明確な国家プログラムの開発と承認が必要とされるが、このプロジェクトの申請は現在のところ政府によって承認されていない。チェルノブイリ事故によって苦しめられている人々の医学的衛生的支援システムの改善をウクライナ政府は続けるべきで、特に医学的フォローアップ対象者を優先的にケアすべきである。チェルノブイリ惨事の結果として苦しんでいる人々のウクライナ国家登録は大きな変更が求められている。一方的な受け身のデータ収集方法から検証済み情報のリアルタイム分析のツールに変えなければならない。それは国家・地域・地区レベルそれぞれで、戦術的戦略的管理に関する決定を行うツールにするためである。このような変更の実現には安定した予算が十分に付けられること、登録のハードウェアがアップグレードされること、あらゆるレベルでの人材が確保されること、科学的方法論、線量測定、情報分析に関する支援が存在することが必須である。

医学的人口動態の結果と被害を受けた人々の間の奇妙な生物学的老化をモニターし続けなければならない。考慮すべきは、今後予想されている疾病件数の増加が高い死亡率と障害率の原因となっている点である。

被ばくした人々と作業員の甲状腺がんを防ぐには、前がん病理の早期診断と早期治療に焦点をあてた科学的に効果的なアクションを取ることが必要である。白血病とその他の腫瘍リスクの調査を続ける必要がある。そのためには被害を受けた3国で起こるすべての件数の国際評価を義務づける疫学調査を使う。

子どもの健康調査を強化しなければいけない。特に注意すべきは、作業員の子どもたち、高汚染地域からの子どもたち、胎内被ばくした子どもたちである。作業員と汚染地域の住民の非腫瘍系肉体疾患と被ばく線量との関係をフォローアップする必要がある。特に焦点を当てるべきは、病理学的な前症状や初期症状である。

放射線が引き起こす病気と関連疾病における分子遺伝的研究と免疫学研究を強化する必要がある。上記の障害を評価することは将来、チェルノブイリ事故で被ばくした人々の健康への影響を知るための分子疫学調査と生物学的線量測定を発展させる。事故から長期間経過した時点で長期調査プログラムと基礎研究を国家レベルと国際レベル(ロシア・ウクライナ・ベラルーシ)で強化拡大する必要がある。

子どもの健康の改善と保護のための優先課題は以下の項目でなければならない。

● 専門性の高い資格を有する者による医療ケアの提供
● 疾病率、障害率、死亡率を下げるための予防医学的医療とリハビリテーション

汚染地域の住民の生活の質を向上させるために以下の項目が必要である。

● 強制避難区域と強制移住区域から避難した人々の医療サービス、社会的心理的リハビリテーションのレベルを上げること
● 放射線核種に汚染された全ての地域の住民の外部・内部被ばく線量を下げるための最適な統一的対応策の実現
● 子どもと青少年の慢性疾患、特に内分泌系疾患への対応策と線量蓄積を下げるための対応策を目指して、社会支援と意識改革プログラムを準備すること;生殖に関する健康を改善するための科学的組織的教育システムを構築すること。

器質性脳障害、慢性疲労症候群、統合失調症の全障害、自殺、自殺未遂を含めた神経精神障害の研究が必要である。これらは臨床的社会的意義があり、将来の原発事故の被害者のメンタル・ヘルスに関する勧告を発展させる意味でも意義がある。

訳者解説:ウクライナ法に定められた補償・福祉の詳細は「衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等議員調査団報告書」のウクライナ法翻訳を参照されたい(注3

ウクライナ政府は住民の健康優先、日本政府は住民の健康被害無視

チェルノブイリ法に基づいて様々な補償を続けているウクライナ政府の取り組みをNHK ETV特集「原発事故 国家はどう補償したのか〜チェルノブイリ法 23年の軌跡〜」(2014年8月23日 注4)が詳しく報じている。以下はインタビューされたウクライナ政府の責任者たちの言葉である。

● ウラジーミル・ヤボリフスキー氏(当時のチェルノブイリ委員会議長):「原発事故で被災した人は補償を受ける権利がある/金がかかるからといって、被災者を置き去りにして何事もなかったというわけにはいきません/[この法律が]ウクライナの社会に安心をもたらしたのは確かです」。

● ビクトル・バリヤフテル博士(当時 チェルノブイリ委員会委員):「このような法律を作るには人々と誠実に向き合い、人の一生を保障する覚悟で作るべき/実際に被災した第一世代のためだけでなく、第二第三世代も考慮して作るべきです」。

● ユーリ・シチェルバク氏(元ウクライナ環境大臣):ナレーション「シチェルバクさんはウクライナでの経験を福島でも生かしてほしいと考えています」。シチェルバク「一にも二にも重要なのは被災地の住民を保護することです。法律を作る際には、はっきりどこが被災地かという範囲と、どこまでが被災者の権利かということを明記しなくてはいけません。それに付け加えて重要なのは、他の予算とは別に被災者の予算を確保するということです。私たちが苦しみの末に得たこの経験を日本の皆さんにも生かしてもらいたいと心から願っています」。

日本政府の対応はウクライナ政府と正反対で、住民を非汚染地域に避難させない、危険を避けて自主避難した人々を高汚染地に戻し、補償を打ち切る非人道的措置ばかりだ。2015年5月13日に自民党が避難指示解除の提案を政府に出し(注5)、自民党の稲田朋美政調会長は「帰ってきてもらわないと復興は進まない」と述べて、「除染を加速させる必要性を強調した」と報道されている(注6)。そして、安倍政権はこの提言を6月12日に閣議決定した(注7)。

チェルノブイリ事故後5年目の対応とあまりにも対照的な対応を安倍政権が行っているが、早期帰還・「汚染地に」定住案は早くから出ていた。次々と出される非人道的な政策の源の一つは、内閣府原子力被災者生活支援チームと経済産業省の報告書「チェルノブイリ出張報告〜原子力発電所事故における被災者への対応について〜」(2012年8月 注8)のようである。

そこには、「チェルノブイリでは小児甲状腺がん以外の健康被害はない」「福島第一原発事故では、避難、食品規制等の被ばく防護措置を迅速かつ厳格に実施」「福島の甲状腺検査において、現時点で直ちに追加の検査が必要となるような結果は出ていない」他、避難/移住の否定と補償の否定を促すコメントだけを掲載している。この調査団の菅原郁郎(経済産業省経済産業政策局長)団長は「チェルノブイリ法や支援法と異なる理念を広める」ために、原発推進派の人々や団体に配布し、公表はしなかったという(注9)。

チェルノブイリと違って日本では「避難、食品規制等の被ばく防護措置を迅速かつ厳格に実施」されたから、健康被害は出ないという含みの菅原氏の文言が虚偽報告であることは、8—5—3で紹介したメディア報道と『科学』に掲載されたstudy2007氏の「見捨てられた初期被曝」などで明らかである。ちなみに、「見捨てられた初期被曝」は一般市民にわかりやすい形で書籍化され、福島県だけでなく、関東地方他の汚染地の市民も、どの程度の被ばくをしたのか知る上で参考になる(注10)。

注1:『チェルノブイリ事故の20年—ロシアにおける事故の影響除去の結果と課題—1986—2006ロシア政府報告書』S.K. Shoigu & L.A. Bolshov (eds), S.K. Shoigu and L.A. Bolshov (eds), TWENTY YEARS OF THE CHERNOBYL ACCIDENT: Results and Problems in Eliminating Consequences in Russia 1986-2006 Russian National Report, Ministry of the Russian Federation for Civil Defense, Emergencies, and Elimination of Consequences of Natural Disasters, Ministry of Health and Social Development of the Russian Federation: Federal Inspectorate for Consumer Protection and Human Welfare, 2006
http://chernobyl.undp.org/english/docs/rus_natrep_2006_eng.pdf

注2:『ウクライナ政府報告書—チェルノブイリから20年—未来への展望』(2006)Baloga V. I. (EditorinChief), 20 Year After the Chornobyl Catastrophe: FUTURE OUTLOOK National Report of Ukraine, Ministry of Ukraine of Emergencies and Affairs of population protection from the consequences of Chornobyl Catastrophe, AllUkrainian Research Institute of Population and Territories Civil Defense from Technogenic and Natural Emergencies, 2006
http://www.mns.gov.ua/chornobyl/20_year/03/n_report_ENG.pdf

注3:「チェルノブイリ原発事故被災者の状況とその社会的保護に関するウクライナ国法(概要)」『衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等議員団報告書』
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno16.pdf/$File/cherno16.pdf

注4:NHK ETV特集「原発事故 国家はどう補償したのか〜チェルノブイリ法 23年の軌跡〜」(2014年8月23日放映) 
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2014/0823.html

 このドキュメンタリーはネットで視聴できる。
 http://www.dailymotion.com/video/x24e6j8_原発事故-国家はどう補償したのか-チェルノブイリ法-23年の軌跡_news

注5:「自民復興5次提言 原発慰謝料18年3月終了 避難指示は17年に解除」『東京新聞』2015年5月22日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2015052202100004.html

「福島原発事故:17年3月までに解除・・・自民提言案」『毎日新聞』2015年5月13日
(元記事は削除されているので、内容のみ画像)
http://mainichi.jp/select/news/20150514k0000m010117000c.html

注6:「避難指示解除へ除染加速を 稲田氏が福島原発視察」『産経ニュース』2015年5月27日 
http://www.sankei.com/politics/news/150527/plt1505270025-n1.html

注7:「避難解除 17年春までに 生活・健康…不安消えぬまま」『東京新聞』2015年6月12日 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2015061202100012.html

注8:内閣府原子力被災者生活支援チームと経済産業省の報告書「チェルノブイリ出張報告〜原子力発電所事故における被災者への対応について〜」(2012年8月
http://www.ourplanet-tv.org/files/sienteam201206.pdf

 この非公開文書はOurPlanet-TV「ウクライナ取材報告『低線量汚染地域における健康管理と保養』」に掲載されている。
 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1699

注9:日野行介「復興を問う:東日本大震災 内閣府チェルノブイリ視察 支援法理念、報告書で否定 原発推進派に配布」『毎日新聞』2013年12月1日 元記事はネット上で削除されてしまったようだが、ウェブ魚拓で読むことができる。
http://megalodon.jp/2013-1201-2347-31/mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm001040215000c.html

日野行介・袴田貴行「復興を問う:東日本大震災 第2部・消えた法の理念/1 法案作成と重なるチェルノブイリ視察」『毎日新聞』2013年12月1日
http://megalodon.jp/2013-1201-2343-14/mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm041040060000c.html

注10:study 2007 (2015)『見捨てられた初期被曝』岩波科学ライブラリー239、岩波書店

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