13 (6):除草剤に含まれる化学物質と遺伝子組換え作物が発がん性という論文をめぐって

日本でも販売されているモンサント社の除草剤ラウンドアップとその耐性遺伝子組換えトウモロコシがラットの実験で腫瘍を起こすという論文をめぐって2013年に世界的な論争が起きました。2016年には欧米の各国政府が危険性を認め、人体に危険な物質を含む除草剤を禁止する方向ですが、日本は禁止しないようです。

なぜ除草剤ラウンドアップの成分グリホサートをあげないのか?

 13 (5)で紹介したイェール大学研究グループの新たな研究(PHAHs と甲状腺がんのリスク)の研究助成金申請書であげられている「有機塩素系農薬・殺虫剤」も見逃せない発がん性物質なのに、「世界的に増加している甲状腺がん」の研究グループ同様、核心に踏み込もうとしないように見える。なぜなのか探っていくうちに、放射線被ばくと同じような構図が見えてきた。

 2012年11月に『食物と化学毒物学』に査読審査の上で掲載された「ラウンドアップ除草剤とラウンドアップ耐性用遺伝子組み換えトウモロコシの長期毒性」という論文が1年後に撤回された。学術誌の出版元エルゼビア社は2013年11月28日に声明(注1)を出した。以下に抄訳する。

 この論文が出版されてから、多くの手紙が編集部に届き、研究結果の妥当性、実験用動物の適切な使用、不正の指摘までありました。多くは論文の撤回を求めたので、雑誌編集長は論文執筆者に生データの提供を求めました。快く応じてくれたことを高く評価します。編集長は不正の証拠も、データの意図的な虚偽説明も全く見つけることはできませんでした。しかし、実験に使われた動物の数と選ばれた動物の種についての懸念が示されました。査読審査の段階で、実験動物の数が少ないことが問題にされましたが、研究そのものの内容がはるかに勝るという結論に至りました。生データをさらに見ていくと、NK603[除草剤グリホサート耐性の遺伝子組み換えトウモロコシ]または、グリホサートが死亡率や腫瘍症例という点で果たした役割について、このサンプル数が小さく、明確な結論に結びつけることができないと判明しました。したがって、示された結果(不正確ではないものの)は決定的ではなく、『食物と化学毒物学』に掲載するレベルではありません。(中略)撤回はこの論文が決定的ではないというだけの理由からです。

 そして、「撤回」(RETRACTED)という真っ赤な文字が各ページに押された論文(注2)が今でもこのジャーナルのホームページに掲載されているのは、どういう意味かと考えさせられる。まるで斬首した血のしたたる首を晒しものにしているようなイメージを連想させる。あるいは、裏の意味がこめられているのかもしれない。「ラウンドアップ」の製造企業モンサントからの圧力でこのような処置をしたことを訴える意味かと深読みしてしまう。

 編集長の声明が出た1週間後に100人を超える世界中の科学者から抗議声明が出された(注3)。要点は以下である。

  • 編集長が認めるように、何ら不正がなく、適正に査読審査されて出版された論文を撤回するのは「出版倫理委員会」(Committee on Publication Ethics, COPE, 9000以上のジャーナルがメンバーの国際機関)で定められている倫理規定に反しており、科学ジャーナルの出版史上かつてない行為で、科学の誠実性と公明正大性に対する深刻な懸念を起こした。
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  • この懸念は撤回をめぐる一連の出来事によってさらに高まった。1.『食物と化学毒物学』のバイオテクノロジー分野で新たに設けられた副編集長にモンサント社の元職員リチャード・グッドマンを任命したことである。2.遺伝子組み換えが害をもたらすという別の論文を撤回した(この論文はすぐに別のジャーナルに採用された)。3. 同じジャーナルに2004年に出版されたモンサントの科学者たちの論文に重大な間違いがあることが見つかったにもかかわらず、撤回していないこと。
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  • 撤回によって公衆衛生にとって非常に重要な記録が消されてしまう。これは科学研究、知識、理解の検閲であり、科学の根幹と民主主義と公益のための科学に対する侵害である。
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  • 我々はこの最悪の決定を覆し、さらに論文執筆者たちに対する謝罪を公に行うことを要求する。この要求に応えるまで、我々はエルゼビアをボイコットし、エルゼビア製品を購入すること、エルゼビアの編集・書評・論文出版することを辞退する。

 署名者は北米、南米、ヨーロッパ、アジア(インド、中国、フィリピン)、アフリカ、オセアニアなど世界中の科学者の名前と所属が記されているが、管見したところ、日本の科学者は一人もいない。驚いたことに、内閣府食品安全委員会はこの論文が出版されるやいなや、見解を発表し、「トウモロコシNK603の食品としての安全性については、厚生労働省薬事・食品衛生審議会において審議が行われ、その結果、ヒトの健康を損なうおそれがあると認められないと判断されており、これまでその判断に影響を与える新たな知見は得られていません」(2012年11月12日、注4)と全面否定している。

 発がん性があるという除草剤ラウンンドアップは日本で市販され続けているが、アメリカではラウンドアップの使用で非ホジキンリンパ腫になった人々がモンサントを相手に訴訟を起こしており、アメリカ環境保護局(EPA)はラウンドアップの安全性に関する見解を検討中だという。「モンサントのラウンドアップの危険性に関する新たな証拠」(2016年5月18日, 注5)という記事を紹介する。

  • 最近まで除草剤ラウンドアップの主要成分グリホサートの危険性に焦点が当てられていたが、2016年2月に出版された論文を含む多くの研究が、危険なのはグリホサートだけでなく、ラウンドアップやその他のグリホサートを中心にした除草剤の中の「不活性成分」とされている化学物質も危険だということを示している。これらの成分が長い間、科学者や規制当局の検証を免れてきた理由は、企業側が「企業秘密」として成分を公表してこなかったからだ。
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  • グリホサートのみの検証とラウンドアップのその他の成分と合わせた検証の研究結果をもとに、2015年3月にWHOの国際がん研究機関(IARC)はグリホサートは人間にとって発がん物質だろうと宣言し、非ホジキンリンパ腫とグリホサートの関連を明記した。
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  • 2015年11月に欧州食品安全機関(EFSA)はラウンドアップの活性成分[グリホサート]が「人間にとって発がん性の危険をもたらすことはないだろう」という結論を出した。この2機関の対応の違いは、EFSAがグリホサートだけの影響を論じる研究に頼っていたからだろう。もう一つの違いはIARCは独立系科学者の研究のみを考慮し、EFSAは未発表の企業のデータも考慮していた[訳者による強調]からだ。
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  • 2016年4月29日金曜日にアメリカ環境保護局(EPA)はグリホサートの再認可に関する報告書を発表し、「人間にとって発がん性はないだろう」と結論付けた。ところが、この報告書と13の関連の文書を間違いとして、[3日後の]月曜日にウェブサイトから削除した。アメリカ下院の「科学・宇宙・テクノロジー委員会」はEPAがグリホサート報告書の扱いを間違ったことについて調査しているが、EPAは今年末までに再認可の文書を発表すると言っている。
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  • モンサントのラウンドアップ・クラシックスとラウンドアップ・オリジナルやその他の除草剤に使われている不活性成分(polyethoxylated tallowamine, POEA)は植物のワックス状表面に浸透する成分で、ヨーロッパではすでに禁止している国がある。ドイツでは森林作業員がこの除草剤に暴露して肺の中毒炎を起こしたために、2014年にPOEAを含むすべての除草剤を禁止した。2016年4月にフランスはグリホサートとPOEAを含む製品を禁止した。同じく4月にヨーロッパ議会はPOEA禁止の決議を可決した上、加盟国に対して、禁止すべき除草剤のその他の成分リストも作成するよう要求した。
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  • 独立系科学者たちは1991年からグリホサートを含む除草剤の他の成分はグリホサートだけよりも更に危険だと報告し続けてきた。2002年と2004年に発表された論文では、ラウンドアップとグリホサートを含む他の除草剤成分は、グリホサートだけの場合よりも細胞周期調節異常、つまり、がんを起こすことを証明した。2005年の研究では、ラウンドアップはラットの実験で、活性成分だけの時よりも肝臓に害を与えること、2009年の研究では、ラウンドアップの4種類の成分が、グリホサートだけの場合よりも、人間の臍帯(さいたい)細胞、胚細胞、胎盤細胞に対して有毒であることを証明した。
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  • 企業が除草剤の成分について公表しないため、研究者たちは成分を分析して特定するのに苦労したが、2013年に努力が実って、不活性成分9種のうち6種まで特定でき、しかも、不活性成分の方がもっと有毒であることを突き止めた。これらの化学物質は除草剤のラベルには表記されていない。生物機能に及ぼす影響は市場に流通している除草剤の濃度よりも、ずっと低い濃度で有害だということが判明した。POEAはグリホサートよりも1,200倍から2,000倍も有害だとわかった。
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  • 政府や規制当局はラウンドアップの安全レベルをグリホサートでしか示していない。ボトルの中のPOEAやその他の化学物質について、規制当局は全く考慮してこなかった。アメリカ食品医薬品局は2016年2月に、食品中のグリホサート残留量をモニターする計画を発表したが、食品中のPOEAやその他の物質のテストは計画していない。
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  • 環境保護局はPOEAが活性成分ではないから、POEAを考慮してこなかったが、実はPOEAの毒性については昔から知っていたのだ。1998年に提出された報告によると、POEAを含む化学物質が水路に流れ出し、1,000匹の魚が死んだ。2013年の化学企業BASFの報告によると、実験でPOEAを吸い込んだラットが死んだ。曝露レベルの最低レベルでも10匹のうち4匹が死んだと報告された。環境保護局はPOEAの環境への長期間の影響も検査していた。2008年にPOEAを含むラウンドアップの成分とPOEAそのものの影響を魚と両生類で実験し、POEAを15%含むラウンドアップ・オリジナルがアメリカ・アカガエルに有毒で、POEA自体はニジマスに対して猛毒ということを環境保護局は調査していた。
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  • ラウンドアップを長年使ってきて、非ホジキンリンパ腫に苦しんでいる2人が原告になってモンサントを訴えている。最近の研究結果はモンサントが意図的に危険な成分を表示せずにきたことを証明する。この訴訟についてモンサントに尋ねたところ、以下の声明が届いた。「環境保護局も世界中の規制機関も、グリホサートがたとえ最高濃度レベルでもがんを起こすという証拠はないと同意している。POEAのような界面活性剤は日常生活の中で多く使われている。練り歯磨き、デオドラント、シャンプー、洗剤その他の洗浄剤など。きちんと使用方法を守れば、人間の健康に何の危険もない」。

 これら欧米の動きに対し、日本は「産官学」政策が成功し、国民市民の健康と命を切り捨てて、短期的利益優先の企業と政府・行政・研究機関・専門家らによって、疾病率・死亡率増加を加速させている。放射線被ばく問題と同じ構図だ。遺伝子組換え食品表示に関してさえ、韓国・台湾・中国に遅れていると指摘されている(注6)

注1:”Elsevier Announces Article Retraction from Journal Food and Chemical Toxicology”, Nov. 28, 2013
https://www.elsevier.com/about/press-releases/research-and-journals/elsevier-announces-article-retraction-from-journal-food-and-chemical-toxicology

注2:RETRACTED: Gilles-Eric Séralini et al., “Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize”, Food and Chemical Toxicology, 19 Sept. 2012 
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278691512005637

注3:“Scientists pledge to boycott Elsevier”, The Ecologist, 5 December 2013
http://www.theecologist.org/blogs_and_comments/commentators/2187010/scientists_pledge_to_boycott_elsevier.html

注4:食品安全委員会「除草剤グリホサート耐性トウモロコシNK603系統の毒性発現に関する論文に対する見解」平成24年11月12日、このPDFは「国民生活センター」からアクセスできる。
http://www.kokusen.go.jp/g_link/data/g-20121126_35.html

注5:Sharon Lerner “New Evidence about the Dangers of Monsanto’s Roundup”, The Intercept, May 18 2016
https://theintercept.com/2016/05/17/new-evidence-about-the-dangers-of-monsantos-roundup/

注6:「GM食品表示強化へ動く韓台中 立ち後れる日本」有機農業ニュースクリップ、2015/3/29
http://organic-newsclip.info/log/2015/15030655-1.html

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