マーシャル諸島の人々に対する賠償を決める経緯を記したアメリカ政府文書(注1)の「電離放射線の健康影響」という節に、1970年代から1990年にかけて、放射線被ばくによる健康被害の考え方に大きな変化が起こったと書かれている。アメリカ科学アカデミーのBEIR(電離放射線の生物影響に関する委員会)報告書V(1990 注2)は、放射線による生涯リスクの新たな推計はBEIR III (1980)の評価に比べ、2倍から3倍のリスク増と結論付けた。白血病以外のがんは約3倍の増加、白血病は4倍の増加と評価した。
一方、ロンゲラップ島民がどの程度外部被ばくしたのかの推計が、独立系専門家たちによって1955年から2000年にかけて行われ、アメリカ政府文書に記載されている。上欄が研究者の名前と発表年、下欄がラドによる推計値である。
ブラボー[1954]のフォールアウトによる全身被ばく量(ラド)
Sondhaus & Bond (1955) | Breslin & Cassidy (1955) | JCAE (1957) | Peterson (1981) | Lessard et al. (1985) | Behling et al. (2000) |
175 [1750mSv] |
180 [1800mSv] |
170 [1700mSv] |
110 [1100mSv] |
190 [1900mSv] |
410 [4100mSv] |
様々な調査者によるランゲラップ島民が受けた平均外部線量は、170〜190ラドの間だった。専門家の意見の主たるものは、外部線量の平均推計値はBehlingの出した値の半分だというものだった。
バーテル博士による健康調査結果
これを福島原発事故後の日本に当てはめれば、年間20mSvを被ばくし続け、人生70年と仮定すると、20mSv×70ys=1,400mSvとなり、ランゲラップと大きな違いはない。この生涯線量でどんな健康被害が出たのか、バーテル博士が発表した「作業員と一般市民を電離放射線から守るICRP勧告の限界」(1998年2月5日、注3)から、マーシャル諸島の島民の健康調査に関するデータを抄訳する。
腫瘍とのう胞
カテゴリー | 被ばく者 | コントロール | それ以外 |
1954年に生存していた者 | 25.0% | 5.0% | 7.4% |
第一世代の子ども | 15.4% | 4.2% | 7.8% |
第二世代の子ども | 2.5% | 1.2% |
心臓疾患
カテゴリー | 被ばく者 | コントロール | それ以外 |
1954年に生存していた者 | 22.2% | 15.0% | 7.4% |
第一世代の子ども | 7.7% | 6.3% | 3.9% |
第二世代の子ども | 5.1% | 13.6% | 3.6% |
精神・神経異常
カテゴリー | 被ばく者 | コントロール | それ以外 |
1954年に生存していた者 | 2.8% | 3.7% | |
第一世代の子ども | 7.7% | 6.3% | 2.0% |
第二世代の子ども | 1.7% | 1.2% |
これらの数値が示しているのは、1957年に被ばくしたグループとコントロールグループが汚染された環礁に戻ってきた後に生まれた第一世代が催奇性影響を受けた可能性である。
女性が経験した生殖問題
カテゴリー | 被ばく者 | コントロール | それ以外 |
1954年に生存していた者 | 66.7% | 60.0% | 46.2% |
第一世代の子ども | 25.0% | 36.4% | 22.7% |
成人発症糖尿病
カテゴリー | 被ばく者 | コントロール | それ以外 |
35歳以上 | 11.5% | 7.9% | 5.2% |
アメリカ政府が被ばくの影響と認めて賠償した病気
バーテル博士によるランゲラップ島民の健康調査結果はここまでだが、アメリカ政府文書にアメリカ政府が被ばくの影響と認め、賠償金を支払った病名が記載されている。ただし、アメリカ司法省とエネルギー省の賠償の対象者は、アメリカ国内の核実験で被ばくした人々やウラン鉱の作業員などで、マーシャル諸島の被害者に対する補償はマーシャル諸島共和国が設立した「核被害補償請求裁判所」が認めたものとなっている。以下の表の病名と賠償額の違いを理解するために、アメリカ政府文書から抄訳する。
米国司法省(放射線被ばく補償法):核実験の作業者、ウラン鉱従業員が放射線被ばくし、がんやその他深刻な病気になった場合に補償する「放射線被ばく補償法」をアメリカ議会が1990年10月に可決した。2000年に補償対象の疾病を追加した修正法案を制定した。
- ウラン鉱作業員:肺がんや非悪性呼吸器系疾患に対し、一人$100,000補償する。
- ウラン工場作業員:肺がん、非悪性呼吸器系疾患、腎がん、その他腎炎、腎尿細管組織損傷を含む慢性腎臓疾患に対し、$100,000補償する。
- ウラン輸送作業員:ウラン鉱からウラン工場まで輸送する者が被ばくによって上記の病気にかかった場合、$100,000補償する。
- 風下住民:ネヴァダ州の核実験場の風下に居住していた住民で、大気圏内核実験に被ばくし、後に以下のがんを発病した者に、%50,000補償する。白血病(慢性リンパ性白血病以外)、肺がん、多発性骨髄腫、リンパ腫(ホジキン病を除く)、甲状腺がん、乳がん(男女とも)、食道がん、胃がん、咽頭がん、小腸がん、膵臓がん、胆管がん、胆嚢がん、唾液腺がん、ぼうこうがん、脳腫瘍、結腸がん、卵巣がん、肝臓がん(肝硬変かB型肝炎の兆候がある場合を除く)。
- 現場参加者:核実験の現場参加者で、後に上記の病気を発症した者に、$75,000補償する。
放射線賠償プログラム
DOJ
(司法省)DOE
(エネルギー省)NCT
(核被害補償請求裁判所)唾液腺腫瘍(悪性) $50,000 $150,000 $50,000 咽頭がん $50,000 $150,000 $100,000 食道がん $50,000 $150,000 $125,000 胃がん $50,000 $150,000 $125,000 小腸がん $50,000 $150,000 $125,000 結腸がん $50,000 $150,000 $75,000 盲腸がん $50,000 $150,000 $75,000 直腸がん $50,000 $150,000 $75,000 肝臓がん(肝硬変かB型肝炎の兆候がある場合を除く) $50,000 $150,000 $125,000 胆管がん $50,000 $150,000 $125,000 胆嚢がん $50,000 $150,000 $125,000 膵臓がん $50,000 $150,000 $125,000 気管支がん(肺がんと肺系統がんを含む) $100,000 $150,000 $37,500 骨がん $150,000 $125,000 ベータ線やけどと診断された者の非黒色腫皮膚がん $37,500 乳がん(再発でない、腫瘍摘出手術を必要とするもの) $50,000 $150,000 $75,000 乳がん(再発または乳房切除が必要) $50,000 $150,000 $100,000 卵巣がん $50,000 $150,000 $125,000 尿路がん $50,000 $150,000 $75,000 腎臓がん $50,000 $150,000 $75,000 シュワン細胞腫を含む脳腫瘍(他の良性神経索腫瘍を除く) $50,000 $150,000 $125,000 中枢神経がん $125,000 甲状腺がん(再発) $50,000 $150,000 $75,000 甲状腺がん(非再発) $50,000 $150,000 $50,000 副甲状腺腫瘍(悪性) $50,000 リンパ腫(ホジキン病を除く) $50,000 $150,000 $100,000 多発性骨髄腫 $50,000 $150,000 $125,000 白血病(慢性リンパ性白血病以外) $50,000 $150,000 $125,000 唾液腺腫瘍(良性で手術を要するもの) $37,500 唾液腺腫瘍(良性で手術を要しない) $12,500 非悪性甲状腺結節の病気(ただし、潜在結節甲状腺全摘手術に限られる) $50,000 非悪性甲状腺結節の病気(ただし、潜在結節の部分的甲状腺摘出手術に限る) $37,500 非悪性甲状腺結節の病気(ただし、潜在結節摘出手術を必要としないもの) $12,500 副甲状腺腺腫 髄膜種 $100,000 非悪性脳腫瘍、中枢神経腫瘍 1946年6月30日〜1958年8月18日に診断された放射線障害 $12,500 1946年6月30日〜1958年8月18日に診断されたベータ線やけど $12,500 原因不明の副甲状腺機能亢進症 $12,500 原因不明の甲状腺機能低下症(甲状腺炎の兆候がない場合) $37,500 甲状腺障害による深刻な発育不全 $100,000 深刻な知能発育不全(1954年5月から9月の間に生まれ、母親が1954年3月にロンゲラップ環礁かウチリック環礁にいた者) $100,000 原因不明の骨髄不全 $125,000 慢性腎臓疾患 $100,000 慢性呼吸器疾患 $100,000
注1:US Department of State, “Report evaluating the Request of the Government of the Republic of the Marshall Islands Presented to the Congress of the United States of America”, November 2004
https://2001-2009.state.gov/p/eap/rls/rpt/40422.htm注2:The National Academies Pressの以下のページから「ゲスト」のカテゴリーでメールアドレスを記入すれば、BEIR V (1990)が無料でダウンロードできる。
https://www.nap.edu/catalog/1224/health-effects-of-exposure-to-low-levels-of-ionizing-radiation注3:Rosalie Bertell “Limitations of the ICRP Recommendations for Worker and Public Protection from Ionizing Radiation”, For Presentation at the STOA Workshop, European Parliament, Brussels, 5 February 1998.
http://www.ccnr.org/radiation_standards.html