30年後のチェルノブイリと5年後の福島
2016年5月25日にオーストラリア国営放送局ABCが東京電力廃炉カンパニーのプレジデント増田尚宏氏に独占インタビューし、1号機から3号機までのメルトダウン燃料デブリが600トンあり、それがどこにあるのかわからないこと、取り出す技術もないと言った報道(注1)が世界を駆け巡り、アメリカの様々なメディアで引用されている。一方、日本では、同じ頃(5月30日)に東電幹部がメルトダウンを隠蔽していたことを認めた(注2)。
ABCの報道では、増田氏の見解に対し、アメリカ原子力規制委員会の前委員長グレゴリー・ヤツコ博士が「溶融燃料を取り出せるというのは疑問だ、永久に取り出せない可能性があるからそのまま棺で覆うしかないかもしれない」と、ワシントンでの記者会見で述べたことを紹介している。粒子物理学者のヤツコ博士は原子力発電所の安全性に疑問を呈し、「世界中の原発でこのような非常に深刻な事故が起こり得ること、膨大な量の放射線が放出され、除染に10年もかかることを認識しなければならない」と述べた。
福島と比較されるチェルノブイリでは、「新シェルター」が建設中で(注3)、イギリスのシェフィールド大学物質科学のクレア・コークヒル博士は、メルトダウン後に残った放射性物質の80%を最初の石棺が原子炉内に閉じ込めたこと、老朽化した石棺が壊れると、コリウムと呼ばれる溶岩状の炉心から放射性ヨウ素131などを含む放射性物質が蒸気や粒子となって風で飛び散る危険性があるため、新たなステンレス・スチール製棺を建設していると説明する(注4)。そして、今後100年間耐久性のある棺なので、将来コリウムから放射線が放出されても環境への拡散を防げる。このシェルターは放射性物質を拡散させないで廃炉作業を行うためであり、この棺によってウクライナ政府は安全な廃炉作業に必要な、強い放射線に耐える技術を開発する時間が稼げると説明する。それは同時に現在も進行中の移住政策で「避難区域」から移住している住民を「避難区域」に安全に戻すためにも必要な棺なのだと解説して、ベラルーシ・ニュースの記事(注5)にリンクが貼られている。事故の30年後でもチェルノブイリでは原発から50kmの「避難区域」から移住させたままである。
一方、福島で行われている廃炉作業は放射性物質が拡散する危険な状態のまま、5年後に住民を20kmの居住制限区域へ戻すために避難指示を解除した(注6)。さらに8000べクレルまでなら放射性廃棄物を一般ゴミとして焼却可能にするばかりか、巨額を投じて除染した汚染土を再利用して放射性物資を日本列島に拡散する方針である(注7)。日本中が更に汚染されれば、健康被害が加速し、地価は下がり、国民の命と財産を守ると繰り返す安倍首相は正反対のことを行うことになる。私たちの血税26兆円を海外でばら撒いたのに(注8)、国民の命と財産を守るために使わないのはなぜだろう。廃炉作業による環境への放射能拡散は汚染水問題もあり、汚染水を止めるための凍土壁が失敗に終わりそうな状況を、安倍政権の広告塔のような産経新聞さえも「税金345億円は何のために」という見出しで報じている(注9)。
福島原発事故は進行中
2016年5月にアメリカの学術誌『臨床研究』(Journal of Clinical Investigation)HP上に掲載された論文「福島核惨事は進行中」(The Fukushima nuclear disaster is ongoing, 注10)を紹介したい。執筆者のアンドリュー・マークス博士はコロンビア大学の医学・生理学・細胞生物生理学の教授で、生理学部の学部長であり、同大学の分子心臓学(molecular cardiology)センターの創設者と記されている。また、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)、米国医学アカデミー(National Academy of Medicine)、アメリカ芸術科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences)の会員で、『臨床研究』誌の編集長を2002〜2007年務めた医学専門家である。
マークス博士は4月に福島を視察し、その最中に熊本地震のニュースにも遭遇した。博士が見た福島の印象から、欧米の専門家の常識と日本政府や原子力推進専門家の常識との違いが浮き彫りになるだろう。まず、「チェルノブイリの教訓が福島地域が健康と環境問題にどう取り組むかの最良の予測材料である」と述べ、最初に強調しているのが、「福島で除染作業をしている人々は放射線に対してほとんど防護されていないように見える」と言っている。以下に重要と思われる要点を抄訳する。
- 私の最近の東北地方訪問は、原子炉3基のメルトダウンの影響に関して、全く予想していなかった事を明らかにした。メルトダウン中の原子炉から18km圏内にレンタカーで行く事ができたのである。電車の中でも、レンタカー会社の中にも、福島の美しい桜を観に来るようにという宣伝が日英語でされていた。2011年3月に放射能プルームに覆われた地域の道はレンタカーでも簡単に行けた。
- 国道114号線を東に走ると、大きな黒いフレコンバッグ[原文はplastic bag]が道路沿いに並んでいた。幅5フィート[1.5m]、高さ5フィート[1.5m]の袋が次から次と、段々大きくなっていく[原文ではlarger and larger and largerと3回繰り返し、強い印象を示している]。
- 帰還困難区域の道路脇の放射線モニターは毎時0.2115μSvから1.115μSvを示していた。これは電離放射線が生物組織に与えるリスクを示す数値である。毎時1μSvというのは、放射線規制委員会によって決められた職業被ばくの年間全身被ばく限度のほぼ2倍である。
- 福島地域で進行中の放射線汚染と除染に伴う健康リスクを理解するには、チェルノブイリと比較するのがベストである。二つの惨事の最も重要な公衆健康問題は甲状腺がんとPTSD(心的外傷後ストレス障害)である。原発事故による影響としての甲状腺がんを評価するのは、膨大な調査が必要で、本当の対照群は入手不可能である。しかし、チェルノブイリ事故後に甲状腺がんの増加があったという報告があり、そこから福島の推測は合理的だが、まだ証明されていない。
- 現在、福島地方全域で顕在している進行中の慢性的低線量放射線のリスクを評価するための対照実験データ(controlled experimental data)は入手不可能[not availableの意味は、あるべきなのに存在しないとも理解できる]である。したがって、疫学データを出来る限り徹底的に集めて、長期的低線量の環境放射線のリスクに関する洞察力を持つことが必須(imperative)である。
- 同じく、原子力発電所から出る放射能の水を通しての拡散(たとえば、この地域を流れる川のサンプルを定期的に検査すること)や、動物を媒介とする拡散(特に鳥類が種やその他の形で日本全国に放射能を拡散する媒介物になっているかを決定づけるために、鳥にバンドを付けてモニターすべき)に関してのデータを集めることも必須である。鳥はフレコンバッグが積み上げられている所も自由に飛んでいるから、放射能に汚染された種や汚染フンを日本中に撒き散らしている。
- 飯舘村の近くで、多数の大型トラックがコンテナを完全開放したまま、茶色の土の山に向かって行った。その土が開放したトラックに載せられ、トラックは南に去って行った。この汚染土を扱う男女は日本の他の地域で見られる工事現場の服装と同じく、ヘルメット、マスク、手袋、仕事着を着ていた。数回目にした光景は作業員が手袋もせずに、放射線汚染土をいじっていたことだ(写真掲載)。
- この地域を半日ドライブして、一度たりとも日本語以外で放射能の危険性を警告するサインを見なかった。ほとんどの汚染地域には警備員も警察も軍隊[自衛隊]もおらず、汚染土が積み上げられている所には監督者はおろか、塀もないので、公道から入りこめるようになっている。
- 仮設住宅のすぐそばには放射能モニターがあり、少なくとも毎時1μSvを示している。
- 滞在中の4月14日に熊本地震が起こった。この近くには日本で唯一稼働している原発があり、福島でその地震を感じることはなかったが、メルトダウン中でリスクが続いている原子炉に、更なる被害が起こることを思い知らされた。
- 福島では高線量の放射性汚染物質の廃棄が続けられており、その事実が示すのは、汚染物質が健康に対する脅威だと日本政府が知っていることだ。
- セキュリティの欠如、放射能汚染の危険性について国際的に受け入れられている警告(黒と黄色の3本のサインは世界中で理解可能)を発しないこと、日本語がわからない人に対する警告サインの欠如(福島へ美しい桜を見に来るように観光客誘致のキャンペーンをしているのに)などは、不安にさせる。
- 個人が膨大な量の放射性汚染土にアクセスできて、それを日本国内の感受性の強い地域[sensitive areaというのは子どもや病人の多い所などと読み取れる]やその他の地域に持って行ける可能性を考えると恐ろしい。
福島では再汚染が起こっている
原子炉の専門家アーニー・ガンダーセン氏も2016年2月に福島を訪れ、「フクシマではいま、再汚染が起きている」と警告を出した(注11)。南相馬市の除染された地域(タウンホール屋上、セブンイレブンのフロアマット、道路脇)から高線量が計測されたという。彼自身、放射線防護マスクを1日6時間装着して(写真掲載)、そのフィルターを帰国後に検査したら、大変な数値になったため、福島の人々は吸い込んで内部被ばくしていることを証明していると言う。彼の計測した数値は科学論文にするため、現時点では公表できないというが、「高放射線量のダストが街を飛び回っていることを示す数字」で、「除染された土地が再汚染されている」と警告を発している。ガンダーセン氏はその理由を、政府が徹底した除染を行っていないこと、山岳地帯に堆積している放射性物質が風雨により市街地に運び戻されていること、山の降雨が河川に入り汚染されていることなどをあげている。
福島第一原発から毎日放出されている放射性物質
上記2人が指摘している放射能汚染進行中というのは、過去5年間、そして今後も廃炉作業中の福島第一原発から毎日、高線量の放射性物質が放出され続けていることでも明らかだ。おしどりマコさんの追求で東電がようやく認めたの(8—6—6参照)は、2014年の「平常時の放出量は毎時1000万ベクレル」、それ以前、2011年3月以降は毎時10億ベクレルだった。
それがどのくらいの量で、降下量の推移はどうなのか、原子力規制委員会HPに掲載されている月毎の降下量(注12)をグラフにしてみた。まずは東京の月毎の変化と、5年間の蓄積降下量をご覧いただきたい。2011年3月を起点として、翌年2月までを1年間とした。1メガベクレルは100万べクレルであることを肝に銘じて数値を見ていただきたい。左軸がMBq/㎢の数値である。
2015年3月〜2016年2月 セシウム134+137, 1年合計:13.377(MBq/㎢)
2014年3月〜2015年2月 セシウム134+137, 1年合計:73.94(MBq/㎢)
2013年3月〜2014年2月 セシウム134+137, 1年合計:130.32(MBq/㎢)
2012年3月〜2013年2月 セシウム134+137, 1年合計:155(MBq/㎢)
2011年3月〜2012年2月 セシウム134+137, 1年合計:17,487(MBq/㎢)
東京(新宿区)の降下量は2011年3月から2016年2月までで、17,839MBq/㎢、つまり、17,839,000,000べクレルである。
東北・関東地方の降下物量の推移
東京の降下量の推移を見た上で、東北・関東地方の降下物量を比較してみる。福島県は比較にできないほど桁違いに多いので、最後に詳細を見る。試料採集地点は以下の通りである。岩手県:盛岡市、宮城県:仙台市、山形県:山形市、茨城県:ひたちなか市、栃木県:宇都宮市、群馬県:前橋市、埼玉県:比企郡、千葉県:市原市、神奈川県:茅ヶ崎市とされている。
最初の2年間、宮城県は計測不能ということで、数値はない。便宜上、2011年、2012年等としたが、正確には2011年3月から2012年2月までの上記のまとめ方と同じである。左軸はMBq/㎢なので、最初の年は福島県以外で最高値の茨城県では40,000MBq/㎢以上、つまり、40,000,000,000ベクレル以上である。
各地の5年間の放射性降下物総量(セシウム134+137)は宮城県以外、以下の通りである。岩手県:3,092MBq/㎢、山形県:22,857 MBq/㎢、茨城県:42,189 MBq/㎢、栃木県:15,190 MBq/㎢、群馬県:17,156 MBq/㎢、埼玉県:13,121 MBq/㎢、千葉県:10,452 MBq/㎢、神奈川県:7,993 MBq/㎢。これをグラフ化したのが以下である。半減期の短いセシウム134を合計するのはナンセンスだという人がいるかもしれないが、2年間はフルに影響するわけだし、絶えず新たに降り続けているのだから、合計値が危険度を示す参考値になると考えた。
福島県の降下量
福島県の計測地は双葉郡だが、風の向き、降雪・降雨量などによって、線源に近いだけでなく、離れた地域まで飛んでいくことはよく知られているので、目安として参考になるだろう。
2015年3月〜2016年2月 セシウム134+137, 1年合計:12,577(MBq/㎢)
2014年3月〜2015年2月 セシウム134+137, 1年合計:19,420(MBq/㎢)
2013年3月〜2014年2月 セシウム134+137, 1年合計:24,597(MBq/㎢)
2012年3月〜2013年2月 セシウム134+137, 1年合計:107,092(MBq/㎢)
2011年3月〜2012年2月 セシウム134+137, 1年合計:3,332,000(MBq/㎢)
最後のグラフ(2011年3月〜2012年2月)を見ると、事故直後からはほとんど降っていないように見えるが、5年間のセシウム134+137合計量は7,107,003(MBq/㎢)となることを考えれば、最初の爆発などでいかに大量が放出されたのか、それに比べれば、その後の放出量が低く見えるだけのことである。
こんな高線量のところに住み続けることで、子どもを被ばくさせてしまうと心配する親が自主避難するのも、移住するのも当然すぎることなのに、2016年6月3日に安倍首相は「比較的線量が高い『居住制限区域』」を「来年3月には解除」するよう指示したと強調したという(注13)。この人が国会で繰り返す「国民の生命と財産を守る」という言葉は嘘だということがわかるし、オリンピック招致委員会で世界に向けて発した言葉も大嘘だというのが、規制委員会HP上の「環境放射能水準調査結果(月間降下物) 」を見れば、よくわかる。彼の発言は首相官邸HPに掲げられている。「福島[原子力発電所事故の影響]について心配している人がいるかもしれませんが、私が確約します。状況はコントロールされており、東京には今までも、これからも全く被害はありません」(官邸HPの2013年9月7日発表スピーチ原文:Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo.注14)。
注1:Mark Willacy “Fukushima clean-up chief still hunting for 600 tones of melted radioactive fuel”(福島廃炉チーフ600トンの溶融放射性燃料をいまだに探し続ける), ABC News, 25 May, 2016,
http://www.abc.net.au/news/2016-05-24/fukushima-operator-reveals-600-tonnes-melted-during-the-disaster/7396362注2:「『隠蔽だと思う』メルトダウン公表遅れに東電幹部」『テレ朝ニュース』2016年5月30日
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000075910.html注3:松尾一郎・小坪遊「危険物質、石棺ごと封印 チェルノブイリ事故30年」『朝日DIGITAL』2016年4月25日 http://digital.asahi.com/articles/ASJ4Q3TYJJ4QULBJ00L.html
注4:Claire Corkhill, “New tomb will make Chernobyl site safe for 100 years”(新しい墓はチェルノブイリ・サイトを100年間安全にする)April 22, 2016
http://phys.org/news/2016-04-tomb-chernobyl-site-safe-years.html注5:”Over 20,000 people were resettled from Khoiniki District after Chernobyl accident”, Berarus News, 2016年4月18日
http://eng.belta.by/photonews/view/over-20000-people-were-resettled-from-khoiniki-district-after-chernobyl-accident-741/注6:「福島・葛尾村 居住制限区域で初の避難解除 帰還なお不透明」『東京新聞Web』2016年6月12日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201606/CK2016061202000122.html注7:FoEJapanが危険性を解説している。「8,000Bq/kg以下の除染土を公共事業で再利用」方針の矛盾と危険性」2016年5月2日
https://foejapan.wordpress.com/2016/05/02/8000bq_problem-3/注8:「どれほどの成果が? 安倍首相がバラマキ外交で払った26兆円」『日刊ゲンダイDIGITAL』2015年5月25日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/160133/1注9:「【福島第1原発】凍らない凍土壁に原子力規制委がイライラを爆発『壁じゃなくて「すだれ」じゃないか!』税金345億円は何のために」『産経ニュース』2016年6月12日
http://www.sankei.com/affairs/news/160612/afr1606120002-n1.html注10:Andrew R. Marks, “The Fukushima nuclear disaster is ongoing”, May 23, 2016
https://www.jci.org/articles/view/88434注11:飯塚真紀子「『フクシマではいま、再汚染が起きている可能性がある』米国原子力研究家の警告」『現代ビジネス』2016年6月3日 http://gendai.ismedia.jp/articles/48323
注12:「環境放射能水準調査結果(月間降下物) 」 原子力規制委員会HP上に2011年3月からの毎月の全国降下量が掲載されている。
http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/195/list-1.html注13:「首相『3月には避難指示解除』 福島の帰還困難区域外」『朝日新聞DIGITAL』2016年6月3日 http://digital.asahi.com/articles/ASJ635FT1J63UTFK00H.html
注14:”Presentation by Prime Minister Shinzo Abe at the 125th Session of the International Olympic Committee (IOC), Sept.7,2013, 首相官邸HP
http://japan.kantei.go.jp/96_abe/statement/201309/07ioc_presentation_e.html