6-4 原子力規制委員会に対する挑戦

日本では、2014年7月開催の「住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」で、事故の4〜5年後に予想される甲状腺がんのアウトブレイク(爆発的集団発生)に備えるべきだという意見が参考人から出ました。それに対し、座長の長瀧重信氏が委員会の結論は「がんは増加しない」という見解だから、そんな予想は困るという趣旨の発言をしました。


カルディコット:小児科医としてお聞きます。もし原子力を推進するなら、ここに座っているほとんどの方達は賛成のようですが、あなたが今おっしゃった基準が100年後、あるいは500年後にアメリカで、世界中で適合していると思いますか。私はアメリカ人じゃないのでお聞きしたい。

マットソン:この基準で認可している原発の運転寿命は30年以上です。あなたが心配なさっているのは放射性廃棄物の管理のことですね。

カルディコット:増殖炉から出る廃棄物管理のことです。

マットソン:現在のところ、増殖炉の認可に関する基準はありません。

カルディコット:増殖炉が建設されたら、公衆の許容線量基準ができるのですか。

マットソン:われわれはまだ増殖炉を認可していないと思います。

カルディコット:認可する予定ですか。

マットソン:ええ、申請中のが1基あります。

カルディコット:増殖炉プログラムを進めるのですか。

マットソン:その話は今朝したと思います。この件に関する原子力規制委員会(NRC)の役割は、出願申請された原子炉の安全性や環境への影響に関して中立的な審査をすることです。増殖炉プログラムを進めるかという質問とは全く異なる問題です。

訳者注:

カルディコット博士の日本での記者会見

 2012年11月19日に来日中のカルディコット博士が会見した映像がアワープラネット・ティービーから視聴できるので、是非ご覧下さい。「ノーベル平和賞を受賞したIPPNW(核戦争防止国際医師会議)の生みの親で、医師のヘレン・カルディコット博士が19日、東京都内で会見し、子どもや妊婦は高線量地域から速やかに避難すべきと訴えた」内容です。
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1467

ブロス:マットソン博士と他の方がおっしゃったことについてですが、低レベルの影響、遺伝的影響について人間のデータはないとおっしゃったことについて申し上げたい。我々には3州調査があり、子どもたちのいろいろな健康被害の結果と情報があります。この点で、環境保護庁(EPA)のコメントについて付け加えたいことがあります。この[子どもたちの]グループの追跡調査をすることが、環境保護庁が求めているような種類の研究に対する直接的な答えになると思います。

 つまり、ここにおいでの規制機関の方々がデータがないと言うなら、これは科学の問題ではなく、事実の問題だということです。データがあるのか、ないのかという。我々のファイルの中に、記録の中に、コンピューター化した使用可能な形で、情報が存在しています。これは事実です。データがあるのか、ないのかという質問に対して、データは存在するのです。ここで言われたことは、規制機関がデータを見ることも、検討することも、使うことも、完全に拒否したということです。

 私はここで原子力規制委員会(NRC)に対し、公に挑戦して、対立的科学公聴会を開催することを申し入れます。私はこの点を主張するために出席します。原子力規制委員会(NRC)は私、あるいは我々の側とは反対の立場の専門家を誰でも出席させればいい。1ラド(10mSv)のレベルの低線量が遺伝的影響を及ぼすという明確な証拠を示せるかどうか、徹底的に議論しましょう。聴衆のみなさんが私たちの言っていることを、[難しい専門家の話としてでなく]よく理解するまで、わたしたちはこのディベートを続けますよ。

 さて、私たちが持っているこのデータを使わないというなら、データを集めるために複雑なシステムを作る意味は全くなくなります。私は25年間、喫煙と肺がんの問題が起こった大昔から、公衆衛生の分野にいました。当時からいつも「もっとデータが必要だ、タバコについては何もできない/しない、データをもっと集めろ」と言われてきました。

 これは問題解決の方法ではありません。コストの問題を持ち出して問題をあいまいにし、事態をめちゃめちゃにすることは何の助けにもなりません。リスクに晒されている人間がいるのです。問題は、この被ばくのせいで、この人たちが病気になるのか、この人たちが死ぬのかということです。これが問題なのです。コストはかかりません。問題は、殺される人が大勢出るのか、もしそうなら、私たちはそれを[原発による放射性物質放出、原発建設、増殖炉開発など]したくないということです。

 言わせていただければ、よりよいデータを集めるプログラムを強く支持しますし、この件は低線量被害のところで、議論にあがったと思います。データが被害の対処に使われるという目的がある限り支持します。単に訴訟を遅らせるための方法として使われるのではないということです。今何をしなければならないか、私たちはわかっています。

(拍手かっさい)

モーガン:マットソン博士、挑戦状を突きつけられたわけですが、ピストルにしますか、それとも剣でしょうか。返答なさいますか。

マットソン:まず第一に、人間のデータはないなどと言った覚えはありません。データから導き出した結論は、低レベル放射線と人間の健康影響とを直接結びつける動かぬ証拠ではないと思います。今日一日中、両サイドの人たちがこの問題を議論するのを聞いてきました。ブロス博士にはっきり申し上げますが、規制委員会に話を聞いてもらうために、挑戦状を投げつける必要はない。

モーガン:ブロス博士が提案したのは公聴会ですが、それも検討してはどうですか。

マットソン:原子力規制委員会(NRC)が正式なヒヤリングをするための手続きがあります。もちろん、ご存知だと思いますが。法規設定の請願書とヒヤリング依頼書(Petitions for Rule-Making and Request for a Hearing)と言います。私が個人として、規制委員会に代わってそのような依頼を聞く権限は持っていません。
 くり返しますが、私の電話は通じますし、私のオフィスのドアも開いています。この問題を話し合いたいなら、データを持ってきてください。我々は聞く耳を持って、待っています。

訳者解説:

3.11後の日本のデータ

 40年後の日本で、しかも「過酷事故」の後に明らかになりつつあるデータを前にして、日本政府・行政・福島県による委員会では、福島原発事故後の子どもたちの甲状腺がんの増加について「事故との関連はない」と主張し続けている。刻々と増え続ける甲状腺がんを報道する大手メディアの見出しから、各メディアの姿勢が見えるので、素人市民としては、報道を読み解く能力(メディア・リテラシー)が必要になる。

・ 2012年9月:「『子ども1人甲状腺がん』の波紋 事故影響の否定は早計」(注1)
・ 2012年11月:「甲状腺一次検査、子供1人がんの疑い 福島 直ちに2次検査へ」(注2)
・ 2013年6月:「『福島の子ども、12人甲状腺がん』の謎——がん発見率は定説の85〜170倍、なのに原発事故と無関係?」(注3)
・ 2013年8月:「福島の子どもの甲状腺がん、疑い含め44人に 16人増」(累計で18人が甲状腺がん)(注4)
・ 2014年2月:「福島甲状腺がん 7人増33人に」(注5)
・ 2014年5月:「甲状腺がん、疑い90人『被曝影響考えにくい』福島」(注6)
・ 2014年5月:「放射線影響考えにくい 甲状腺がん50人確定で県民健康調査検討委」(注7)

 福島県ホームページに「県民健康調査」検討委員会および「甲状腺検査評価部会」の資料や議事録が掲載されているので、「甲状腺検査評価部会」の第1回(2013年11月27日)から参照できる(https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045b/kenkocyosa-kentoiinkai.html)。

 事故から3年半近くたって、ようやく被ばく影響を訴える科学者を参考人として招聘する会議が行われた。2014年7月16日環境省主催の「第8回住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」である。福島原発事故の被ばくによる影響が深刻だと警鐘を鳴らす木村真三獨協大学准教授、菅谷昭松本市長、岡山大学の津田敏秀教授が参考人として見解を述べた。津田教授は詳細な統計学データをもとに、チェルノブイリの甲状腺がんの流行曲線と福島の3年間の発症率(疑いを含め89人)を比較し、日本では現在進行中で被ばくしていることもあり、事故後4〜5年に予想される甲状腺がんのアウトブレイク(爆発的集団発生)に備えるべきだと提言した。

 すると、座長の長瀧重信・長崎大学名誉教授が「がんが増えているというのが、この委員会の結論になると大変だから、委員の先生方、どしどし質問してください」と驚くべき発言をした(注8)。長瀧座長の発言は、いみじくも、専門家委員会は結論ありきで構成された委員会で、結論は「福島第一原子力発電所事故による放射線被害はない」と最初から決まっていると告白したに等しい。「委員の先生方」と訴えたのは、専任委員に対して、その結論に反対意見を述べる参考人を批判してくださいという意味だろう。

 もう1点、アメリカ議会セミナーと比較して興味深かったのが、津田教授の意見表明に対して傍聴席から拍手が起こった時の長瀧氏の反応だ。アメリカ議会セミナー議事録には「(applause)」と明記されていて、主催者側が阻止した形跡はないし、議事録として公表する段階で削除されることもなかったわけだが、日本の場合は、拍手直後に長瀧氏が「今の拍手はどうなんですか? お願いしたんでしょうか?」と異議を唱えた(注9)

 拍手をするような傍聴者を入れたのか、傍聴者に拍手などさせておくのかという事務局に対する叱責だったのか、被ばくの危険性を訴える意見に拍手するなど信じられないから、サクラを誰か頼んだのかという意味なのか不明だが、異様な反応だった。いずれにしろ、座長のコメントで、この専門家会議の目的も性質も明確にされた。

会議全体の映像はアワープラネット・ティービーから視聴できる。
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1806
第8回 原発事故に伴う住民の健康管理検討会議

参考人の資料は環境省ホームページからアクセス可:
http://www.env.go.jp/chemi/rhm/conf/conf01-08.html

 市民として監視しておかなければいけないのは、この専門家会議が1月前、6月10日に開催された「甲状腺検査評価部会」の内容を踏まえていることである。6月10日の会議は、子どもたちの深刻な状況が明らかにされた内容だっただけに、1月後の「専門家会議」の座長の対応は耳を疑うものだった。「甲状腺検査評価部会」では、甲状腺がんの多発は「過剰診断/診療」のせいではないかという意見が渋谷健司教授(東京大学大学院国際保健政策)から出された。それに対し、甲状腺検査と治療の責任者である鈴木眞一教授(福島県立医科大学)が、リンパ節転移や肺転移が多くあったという非常に心配な事実を明らかにして、「過剰診断/診療」ではないと主張した(注10, 11)。

注1:中山洋子「『子供1人甲状腺がん』の波紋 事故影響の否定は早計 福島の保護者『一国も早く避難を』」『北陸中日新聞』2012年9月22日『中日メディカルサイト』掲載
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20120924133959263

注2: 「甲状腺一次検査、子供1人がんの疑い 福島 直ちに2次検査へ」『日本経済新聞』2012年11月17日
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG17025_X11C12A1CR8000/

注3: 岡田広行「『福島の子ども、12人甲状腺がん』の謎——がん発見率は定説の85〜170倍、なのに原発事故と無関係?」『東洋経済』オンライン2013年6月9日
http://toyokeizai.net/articles/-/14243

注4:大沼ゆり、野瀬輝彦「福島の子どもの甲状腺がん、疑い含め44人に 16人増」『朝日新聞』デジタル2013年8月20日
http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY201308200364.html

注5:「福島甲状腺がん 7人増33人に」『東京新聞』2014年2月8日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014020802100003.html

注6:大沼ゆり「甲状腺がん、疑い90人『被曝影響考えにくい』福島」『朝日新聞』デジタル2014年5月19日
http://www.asahi.com/articles/ASG5M5SRLG5MULBJ00Z.html

注7:「放射線影響考えにくい 甲状腺がん50人確定で県民健康調査検討委」『福島民報』2014年5月20日
http://www.minpo.jp/news/detail/2014052015784

注8:上記アワープラネット・ティービー(http:www.ourplanet-tv.org/)の「参考人『健康調査や線量評価の抜本見直しを』環境省会議」(2014年7月16日投稿)の映像のうち、「ノーカット版」の1時間41分30秒から津田教授のコメント、それに対する座長のコメントが1時間43分目にされている。

注9:同上映像の1時間6分目。

注10:木野龍逸「福島県のこどもたちの甲状腺検査 最新結果報告——今年2月の結果発表時と比べて、『甲状腺がん』と認定された子は17人増えて50人に」『通販生活』2014年6月24日
http://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/genpatsu/140624/?sid=top_main

注11:「リンパ節転移が多数〜福島県の甲状腺がん」アワープラネット・ティービー、投稿日2014年6月10日
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1793
上記リンクから委員会の議論が視聴可。

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