チェルノブイリ事故4年目の住民たちの声
ロシア政府報告書(2006)の中でIAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト」が事故の被害を過小評価した結果、ソ連政府がIAEAの提言を無視したと書かれているが、その理由はIAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカル・レポート」(1991 注1)を読むとよくわかる。この中で信頼できそうな記述は、IAEAなどの「国際諮問委員会」にソビエト政府が提言を依頼した経緯と、「事実把握予備調査期間中に専門家に寄せられた質問と声明」(pp.585-593)である。専門家たちが被災地の自治体と市民たちに聞き取り調査をし、その声が記載されているので、現在の日本に参考になる部分を以下に抄訳する。
「ウクライナのポレスコ(Polesskoe)にて、1990年3月26日」
- 調査団の日本人専門家Dr A. Kuramoto[当時広島大学原爆放射能医学研究所教授の蔵本淳氏か?]に対する質問:チェルノブイリ事故は広島より酷いですか?
- [生涯]350mSvというのは、人道的なレベルですか? この被ばく量で死ぬことはないですか? この線量は国際基準なのですか?
- 子どもたちをここに4年間も住まわせることは必要だと思いますか? 子どもたちは鼻血、気絶、視力障害(強調は訳者による、以下同)などに苦しんでいるんです。
「ウクライナのオーヴルチ(Ovruch)にて、1990年3月27日」
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自治体責任者の懸念
- 毎時15μSvまでのホットスポットを調査してほしい。
- 市民に何が容認できるのか、何が正常か、何が容認できないのか説明してほしい。
- 安全な生活について、はっきりとした定義を示してほしい。
- 免疫システムに対する放射線の影響。
- 市民がここに住み続けた場合の将来の健康についての評価。
- 被ばくによる遺伝子への影響。
- 妊娠への放射線の影響。
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市民から寄せられた質問
- Dr A. Kuramotoへの質問:放射能に関する日本の経験と人々への影響をご存知のあなたに、私たちの地域において事故がどんな影響をもたらすか評価してもらえませんか? 近い将来と遠い未来に私たちは何を予想すべきなのでしょうか?
- 私たちの地域で健康な子どもを生む可能性はあるとお考えですか?
- 事故の影響を除去することをさんざん話し合ってきましたが、本当に除去することは可能なのでしょうか。時間と経費の無駄で、全員避難する方がいいと考える方が真実に近いのじゃないですか?
- 事故前に生まれて、事故後もこの地域に住み続ける子ども達にとって本当の脅威は何ですか? 病気の最初の徴候は何ですか? ここで広まっている状況の中にいる子どもの親として、私たちが子どもたちにできる予防措置は何ですか? ここに住んでいる者が定期的に外に行く[保養を指すのだろう]ことは意味がありますか?
「ベラルーシのブラーギン(Bragin)にて、1990年3月27日」
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市民から提出された質問と声明
- 事故の1日目からブラーギンに住み続けている子どもたちの前途について、科学者はどう予想しているのか。
- ミンスク(Minsk)などに住んでいる子どもたちのヘモグロビンの数値が低いこと、白血球、50%も視力が低下したこと、免疫低下の問題、肝臓病などをどう説明するのか?
- あなた方の意図は何か? 健康の専門家をどこに送るつもりなのか?
- 汚染の許容線量レベルの食べ物をいつまで食べ続けられるのか?
- 厳重管理区域内で住み続けることの安全性に関して、科学者と医師の一致した見解があるのか?
- ここの住民が1日に被ばくする放射線核種の総線量(現在は空気、食べ物、水という意味で)は誰が決めるのか?
- 30km圏内から300メートルしか離れていないここが安全で、30km圏内は安全ではないというのは何故か?
- あなたは25万人を検診することはできないとおっしゃった。それはそうだろうが、私たちの協力が必要だとも言った。事故から4年たって、ようやく2年前から医療施設が常設された。事故後最初の2年間にここに来た医師たちは、病気と放射線の関係を一度も言わなかった。それはつまり、データが歪曲されたということだ。あなた方はこれらのデータも考慮するのか? 事故前のデータなら公正[偏見なし]だろうから、事故前のデータを採用するのがベストだろう。
- あなた方の調査は避難の可能性を妨害する。避難グループには、避難したい者、残りたい者、決めかねている者がいる。
- 私たちは、答えられないような質問をするなというメモを受け取った。それなら、これ[IAEAによる聞き取り調査]は時間の無駄ではないか?
- 免疫システムについて:1986年前には免疫システムの調査は誰もしていない。1986年以降、検査がでたらめに行われた。1987〜1989年に子どもたち全員が検査されたわけではない。結論として、比較するデータが存在しない。
- 現状で妊娠した場合、生まれる子どもの精神的知的発達に放射線がどう影響するか、誰か調査してもらえませんか? また、現在、子どもたちの間で頻発している痙攣発作が放射線の影響かどうかも調査してください。
「ベラルーシのヴェプリン(Veprin)にて、1990年3月28日」
- 政府の声明によると、14歳以下の子どもがいる家族と妊婦は1990年4月1日までに避難することとされているが、私たちはいまだにここにいます。私たちは正当に扱われているのでしょうか?
- 頻繁に起こるめまいや鼻血は何が原因ですか?
- ここに住み続けても安全かどうかについて、あなた方が調査結果をまとめる頃にはこの地域には誰も残っていないこともあり得るのではないですか? 結論はいつ出るのですか?
- あなた方の研究プログラムに加えられるべき項目は、ここの森から伐採された材木が家や子ども達の施設の建設材料として使えるのかということです。
- IAEA放射線安全部長のモリス・ローゼン博士に対する質問:私たちは5年間騙され続けてきました。真実を語ってください。あなたはベラルーシの科学者たちを信じていますか? 世界の科学者たちは、私たちを欺いて現状に閉じ込めた人たちの責任を追及する努力をするのですか?
- 汚染濃度が555GBq以上の土地で子どもを産んでも大丈夫ですか?
- A.J.ゴンザレス博士[訳者解説参照]への質問:L.A. イリイン(Il’in)教授は線量が350mSvであれば、住んでも安全だとくりかえし、私たちを説得しようとしています。西欧やアメリカ、日本その他の先進国で受け入れられている基準値とシーベルト・レベルは何ですか? こちらのメディアは70mSv以上ではない[生涯70mSv以上は安全ではないの意味か]と言っていますが、本当ですか?
- チェリコフ地区では、以下の詩(ロシア語)が提出された。
私たちのこめかみをずきずきとたたく、
死のつむじ風が頭上を旋回し、
私たちを奈落の底にいざなう。
私たちはお互いから後ずさりし、
来世に向かって従順に歩みを速める。
神はどこにいるのか? 明らかに、神は存在しない、
そうでなければ、煙を降らせたりはしない!
荒れ果てた森は冷たくなり、
道は陰鬱にけぶり、
私たちは忘れられ、のろわれた動物のように
全員足かせにつながれている。
私たち皆、有罪判決を受けた人間だ! それぐらい、とっくにわかっている。
私たちは実験動物になったのだ。
人は自分が失ったものに注意を払ったりしない、
ただ、外国の成功をあてにするだけ。
ごらんよ、ヘリコプターが飛んでいる。
国連、IAEA、その他のヘリコプター
傷ついた住民は彼らに挨拶し、
自分たちの悲しみを狂人のように語って彼らを楽しませるのだ…。
でも、これはただの詩だ。
この世に私たちに対する哀れみはない。
それはある地点まで突進し、
私たちはその暗闇に消えることにされている。
ああ、あなた方は人類の運命の支配者だ、
今日、あなた方は私たちの客人で、
明日は?…
ヴェプリンの町はあなた方を忘れるだろう、
この町は死骨の累々たる山の上に立ち続け、取り残される。
「ベラルーシのコルマ(Korma)にて、1990年3月28日」
- あなた方はどうして地区の病院の公衆衛生にそんなに関心があるのですか? この国の科学研究所は何をしているのですか? ゴメリ(Gomel)の血液学センターはどうして1987年に日本からの訪問者に公開されなかったのですか?(この質問は『オゴネック(Ogonek)』誌1990年3月号から)
- 私たちゴロドク(Gorodok)の住民はこの地区の放射線状況の調査をお願いする。そして真実を教えてほしい。
- L.A.イリイン(Il’in)の75年350mSv案をどう思いますか? また、ベラルーシの科学者たちのアプローチをどう思いますか?(ゴメリ医師会からの質問)
- 現在の広島と長崎の汚染されなかった地区の自然環境中の放射線レベルはどのくらいですか(もちろん、汚染されなかった場所があると仮定してですが)?
- 放射線レベルが高くないと言うなら、子どもたちが明らかに弱ってきていることと、大人まで弱っていることをどう説明しますか?
- コルマでは汚染濃度が最高666kBq/㎡ですが、この情報だけで、ここに住み続けるのは安全だと、はっきりと言えますか?
- あらゆる動物は子どもたちのことを心配するものです。私たちは事故の結果、将来世代、私たちの子どもの子どもたちとその孫たちにもたらされる影響について非常に心配しています。
- 科学者たちが4年間もいろいろな概念について言い争って、決定に至っていないというのは当然のことだと思いますか? むしろ、数百万の人たちに対する犯罪ではないですか? 私たちは望まずに実験用うさぎにされてしまったのですよ。
- 全国民がチェルノブイリ地域で栽培された産物だけを食べたとしても、年間たった0.07mSv被ばくするだけです。これは年間許容量のわずか10%にしか過ぎません。これは危険なんかでは絶対にない!」というのが、ブルダコフ(L.A. Buldakov 訳者解説を参照)教授の言葉です。あなたの考えでは、この言葉にどの程度の真実があると思いますか?
- ごく最近、病院では診断をオープンにしなくなっています(診断はコード化される)。これは患者から診断を隠蔽するためだと推測します。
- 185〜555kBq/㎡以上の地域の放射線状況について詳しい知識がないために、ブダコシェリョヴォ(Buda-Koshelevo)地域の住民は雪崩のような規模で移住しています。今、しなければいけない重要なことは、急いで移住しようとしている人々に包括的な情報を与えることです。特に彼らの住居のある所に関する情報です。これが遅れれば、情報が届いた頃には意味のない情報になってしまうということです。
- 厳重管理区域の住民が正常で生存可能な子どもを育てるチャンスはどのぐらいですか? 実際にはこの4年間に子どもたちは様々な病気にかかっています。甲状腺問題、鉄分不足、貧血、あらゆるタイプの呼吸器疾患、低血圧(hypotony)などに苦しんでいるのです。
- 実際のところ、安全に暮らせるセシウム濃度は何なのですか? チェチェルスク(Cherchersk)地区には185〜555kBq/㎡の所、555〜1480kBq/㎡の所や更に高い所があります。私たちが知りたいのは、この地域のどこが安全に暮らせる所かです。
「ベラルーシのゴメリ市にて、1990年3月29日」
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ゴメリ地区の自治体担当者とベラルーシのソ連最高会議のメンバーとの会議での要望
- 汚染地域でどうやって住み続けるかについて、もっと詳しい勧告がほしい。
- 医療検査の間に、現在使用されている被ばく計算の方法論とアプローチの分析がほしい。
- 我々が正しかったのか間違っていたのかについて結論がほしい。
- 長期の協力関係と現状を研究する契約を確立したい。
「ロシア連邦のノヴォズィブコフ(Novozybkov)にて、1990年3月29日」
- 子どもたちの体操教育についてのアドバイスを下さい。屋内だけですべきなのか、特別なエクササイズができるのか?
- 私たちは職業被ばくや医療被ばくについてさんざん聞いてきました。でも、この人たちは家に帰れば、被ばく状況にはないわけです。私たちはここを離れることができません。この状態で住み続けられるのでしょうか。
- 私の心配は一つだけです。私は年とっていますが、孫がいるので、孫たちが心配です。ここの研究所は土壌の表面を取り除けば十分で、ここで野菜を栽培して食べても安全だと言い続けています。南(黒海)に移住するのと同じくらい健康に安全だと彼らは言います。昨日の新聞記事に「大惨事」と題して、92人の医師の署名記事で、ここに住み続けても安全だという声明が掲載されました。更に、この医師たちはベラルーシの医師は信用できない、役立たずだと言うのです。「役立たず」のレッテルを貼られた医師たちはここに住むのは安全ではないと言い、それはフランスの医師たちも同意しています。
- あなた方は私たちが自然放射線に被ばくしているとさんざん言い続けていますが、それに加えて私たちはチェルノブイリのプルトニウム、ストロンチウム、セシウムに被ばくし続けているのです。私たちが聞きたいのは、この[事故による]被ばくがどんな影響をもたらすかということです。
- この汚染地域の住民が経験している疲れやすさ、頭痛、関節痛などは放射線の影響ですか?
- この町の住民は夏休みをとって、クリミアとか、南の地方で過ごすことは可能ですか?
- ここノヴォズィブコフでは、女性の婦人科系疾患が非常に増えていますが、放射線の影響ですか? 1カ月の間に42人が子宮外妊娠をし、流産が増えています。
- あなた方が言うように、すべて問題ないのなら、なぜこの地域の人々が密かに出て行っているのですか?
- 汚染地域に住み続ける人たちに追加補償があったのですか? あったのなら、どんな補償だったのですか?
「ロシア連邦ブリャンスク州ズルィンカ(Zlynka)にて、1990年3月30日」
- P.V. ラムゼフ(Ramzaev)教授がプレゼンで示した情報を私たちは信用していません。委員会がそのデータをチェックして、その回答を私たちに下さることを求めます(ズルィンカの若い母親の会 Young Mothers’ Groupから)。
訳者解説:
IAEAの聞き取り調査中に市民から批判されているL.A.イリイン(Il’in)とブルダコフ(L.A. Buldakov)は、ロシア政府報告書(2006)の執筆者である。8—6—1で見たように、この報告書の中で生涯350mSv案が批判の対象になり、その提唱者(イリイン)とソビエト科学者に対する信頼の失墜が明記されている。
もう一つ注目点は、IAEAの専門家としてゴンザレス氏の名前が出ていることだ。ゴンザレス氏はチェルノブイリ被害はないと主張し、福島原発事故でも同様の主張をして、日本政府に重用されている。長瀧重信氏の「ゴンザレス先生からのメッセージ」が翻訳され、首相官邸ホームページに掲載されている(注2)。「国際的専門家たちは、(中略)一般の方々が受けた放射線被ばく量は非常に低く、健康影響は現れないだろうと結論づけています」(強調はゴンザレス・長瀧氏による)と、チェルノブイリで述べたことと同じことを根拠無く主張している。
注1: IAEA (1991), The International Chernobyl Project Technical Report: Assessment of Radiological Consequences and Evaluation of Protective Measures, Report by an International Advisory Committee (『国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカル・レポート——放射能の影響と防護策の評価——国際諮問委員会報告』):
http://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/Pub885e_web.pdf注2:「福島原子力災害に際しての福島県の皆さんおよび日本の皆さんへのメッセージ(仮訳:長瀧重信)」首相官邸「東日本大震災への対応〜首相官邸災害対策ページ〜
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g45.html