世界のがん統計と日本の統計から見えてくるもの
世界がん研究基金(World Cancer Research Fund)のHPに掲載されている世界のがん統計(2012年最新)によると、全部位の新たな罹患率(非黒色腫皮膚がんを除く)の世界ランキングでは、日本は男女合計で48位、男性で49位、女性は50位以下だった(注1)。ところが、部位別では日本が上位にあげられているがんがある。最も高いのが昔からよく知られている胃がんで、世界的には5番目に多いがんだが、日本は男女合わせて世界の3位、1位の韓国が年齢調整罹患率41.8人(人口10万人対)、2位のモンゴルが32.5人、日本が29.9人となっている。男女別でも共に世界3位である(注2)。
次に日本人に多いがんは胆嚢・胆管がんである。世界レベルで20位のがんで、比較的罹患率が低いがんだが、日本人の罹患率は男女合わせて世界5位、男性は4位、女性は13位となっている。解説には胆石が原因の一つで、アメリカでは胆嚢がんの21%が肥満が原因だという。また、胆嚢がんの65%は途上国で起こっていると指摘するように、1位はチリ、2位ボリビア、3位韓国、4位ラオス、5位日本、6位ネパール、7位バングラデシュとなっている(注3)。
次は膵臓がんで、世界レベルでは12位のがんだが、日本人罹患率は世界7位、男性で7位、女性で11位となっている。解説は、症状がほとんど出ないので、見つかった時は進行しており、5年生存率は世界的に10万人に4.1人、ほとんどの場合致命的で、がんの中で7番目の死因とされている。アメリカでは膵臓がんの19%は「健康な体重を維持する」ことで減らせると報告されている(注4)。大腸がんは世界的には3番目に多いがん(肺がん、乳がんに次ぐ)だが、日本人の罹患率は男女合わせて世界第20位、男性では17位、女性は20位までに入っていない(注5)。
一方、日本のがん統計と比べてみると、違いが見えてくる。日本の『がんの統計’15』(注6)に掲載されている2011年の年齢調整罹患率と、世界の統計の比較を以下にまとめてみた。世界の統計の出典はWHOの組織である「国際がん研究機関」(International Agency for Research on Cancer)作成のGLOBOCAN2012である。日本のデータについて、どこから入手したのか、それをどのような方法で計算したのか等も論文になっているので、後に紹介する。
日本の罹患率 | GLOBOCAN2012(年齢調整罹患率世界人口10万人対) | がん登録・統計(年齢調整罹患率2011日本10万人対) |
胃がん(総数) | 29.9 | 52.6 |
胃がん(男性) | 45.7 | 80.4 |
胃がん(女性) | 16.5 | 29.5 |
胆嚢・胆管(総数) | 4.7 | 7.8 |
胆嚢・胆管(男性) | 5.8 | 10 |
胆嚢・胆管(女性) | 3.7 | 6 |
膵臓がん(総数) | 8.5 | 12.4 |
膵臓がん(男性) | 10.6 | 15.3 |
膵臓がん(女性) | 6.7 | 10 |
乳がん | 日本はトップ20に含まれず | 93.6 |
子宮がん | 日本はトップ20に含まれず | 69.3 |
前立腺がん | 日本はトップ20に含まれず | 66.8 |
大腸がん(総数) | 32.2 | 51.6 |
大腸がん(男性) | 42.1 | 67.2 |
大腸がん(女性) | 日本はトップ20に含まれず | 38.3 |
肺がん(総数) | 日本はトップ20に含まれず | 42.9 |
肺がん(男性) | 日本はトップ20に含まれず | 64.6 |
肺がん(女性) | 日本はトップ20に含まれず | 25.9 |
一目で罹患率の数値の違いに気づくが、GLOBOCAN2012は世界の人口をベースにし、国立がん研究センターの罹患率は日本の人口をベースにしていることによる違いなのだろうか。次に気づくのは、日本国内の罹患率だけの比較の場合は、1位:乳がん、2位:男性の胃がん、3位:子宮がん、4位:男性の大腸がん、5位:男性の肺がんの順になっている。世界レベルで見ると、日本国内では罹患率が少ない胆嚢がんが、前述のように世界で4位(男性)、膵臓がんが7位(男性)となっている。日本における膵臓がんの死亡率の急増が核実験と相関関係があると指摘したスターングラス博士のグラフ(4—4「日本の疫学調査が低線量被ばくの影響を証明」)を参照されたい。
GLOBOCAN2012
WHOのHPにGLOBOCAN2012の算出方法についての論文(注7)が掲載されている。がん登録制度が確立していない国なども含めての罹患率・死亡率算出には、複数の方法を検討したという。日本の場合も、なぜこの算出方法にしたかの説明がなされている。「国際がん研究機関のプロジェクト・GLOBOCANは各国の利用可能な最善のデータと幾つかの推計方法を使ってがん部位と性別の推計を提供する」と述べた上で、9種類の方法の妥当性を検証するために、がん登録が法的に義務化され、質の高い登録を続けているノルウェーをモデルとして選んだという。そして、日本に採用された方法について以下のように述べている。
日本やイタリアのように、地域の登録が数多くあるが、必ずしも国全体を代表するデータでない国には、地域登録から死亡率・罹患率の比率を割り出して、国全体の罹患—死亡率の代用とした。(中略)フランスや日本のような高所得国の場合は、人口の多い首都を含まない地域がん登録のデータから全国推計を算出した。(中略)
「[9種類の方法を試した]結果」:この方法(method 3)とmethod 4は女性の皮膚がん以外の主要がん部位に関しては概して過小評価する傾向がある。この二つの方法は胆嚢がんやホジキンリンパ腫のような稀ながんについては、あまりうまくいかない。「考察」:method3と4をノルウェーのデータに応用すると、method1,2よりも正確度に欠け、全体的に罹患数を過小評価した。これらの方法は死亡者数の少ない甲状腺がん(男性)や精巣がんのようながん部位に対しては明らかに信頼度に欠ける。(中略)推計方法を絶えず改善させ評価を続ける一方で、世界的にがん登録を推進することに努力を向けるべきだ。
GLOBOCAN2012に掲載されている日本のデータの出典は宮城県・福井県・新潟県・愛知県・大阪府・広島県・長崎県・佐賀県のがん登録である。
非喫煙者の肺がん増加
2014年2月にWHOが世界的にがんの増加が止まらないという警告を発したニュースを報道するアメリカ・メディアの記事に、「喫煙率が高いにもかかわらず、中国の肺がん率はヨーロッパ諸国より少ない」(注8)とあって、「喫煙=肺がん」という認識に対する疑問を投げかけている。すると、その1年半後の2015年9月の「世界肺がん学会」で、非喫煙者の間に肺がんが増加しているという研究報告があった(注9)。以下にこの記事を抄訳する。
2015年9月にデンバーで行われた「世界肺がん学会」でイギリスの研究者たちが「生涯一度も喫煙したことのない肺がん患者数が2008年から2014年の間に2倍に増えた」と発表した。2008年には非小細胞肺がん(NSCLC)の患者の13%が非喫煙者だったが、現在28%になっている。女性が3分の2を占め、症状が出ないことが特徴だと、ローヤル・ブロンプトン病院のエリック・リム医師はいう。記者会見で彼は「肺がんは喫煙によると考えられていますが、1980年代以降、反喫煙運動が導入されて、喫煙による肺がんは減り、その代わりに「喫煙に関係しない肺がんが増えています。非喫煙者の患者が2倍以上になっています」と述べた。
3箇所以上のメディカル・センターが行ったアメリカの研究でも、同じ結果が出ている。研究者が注目したのは、小細胞肺がんに同じ増加がみられなかったことである。診断時にすでにステージ4(末期ガン)の患者が増えていること、非喫煙者の肺がん率が増えていることが示しているのは、初期段階で偶然見つかった結果ではないということだ。
この会議の共同議長であるエヴェレット・ヴォークス教授(シカゴ大学医学部長)は、非喫煙者の間に非小細胞肺がんが増加している原因は不明だとし、次のように言った。「現段階で何が原因かは推測にすぎない。受動喫煙かもしれないし、ラドンのせいかもしれないが、ラドン被ばくは絶えずあり、家の中のラドンは減っているのだから原因にならないかもしれない。また、私たちが十分に理解していない空気中の微粒子や発がん性物質も要因かもしれない」。
注1:”Data for cancer frequency by country”, World Cancer Research Fund,
http://www.wcrf.org/int/cancer-facts-figures/data-cancer-frequency-country注2:”Stomach cancer statistics”,
http://www.wcrf.org/int/cancer-facts-figures/data-specific-cancers/stomach-cancer-statistics注3:”Gallbladder cancer statistics”,
http://www.wcrf.org/int/cancer-facts-figures/data-specific-cancers/gallbladder-cancer-statistics注4:”Pancreatic cancer statistics”,
http://www.wcrf.org/int/cancer-facts-figures/data-specific-cancers/pancreatic-cancer-statistics注5:”Colorectal cancer statsitics”,
http://www.wcrf.org/int/cancer-facts-figures/data-specific-cancers/colorectal-cancer-statistics注6:がんの統計編集委員会(編)『がんの統計’15』(2015年版)、がん研究振興財団、2016年
http://ganjoho.jp/data/reg_stat/statistics/brochure/2015/cancer_statistics_2015.pdf注7:Sebastien Antoni et al., “An assessment of GLOBOCAN methods for deriving national
estimates of cancer incidence”, Bulletin of the World Health Organization 2016; 94:174-184, 28 Jan. 2016 http://www.who.int/bulletin/volumes/94/3/15-164384/en/注8:Jason Beaubien, “Cancer Cases Rising at an Alarming Rate Worldwide”, NPR, Feb. 4, 2014
http://www.npr.org/sections/health-shots/2014/02/04/271519414/global-cancer-cases-rising-at-an-alarming-rate-worldwide注9:Caroline Helwick, “Lung Cancer Rates Doubling Among Nonsmokers”, October 10, 2015, ASCO Post
http://www.ascopost.com/issues/october-10-2015/lung-cancer-rates-doubling-among-nonsmokers/