15-1:被ばくの重要証人が次々と逝く:肥田舜太郎先生の訃報

原爆の被爆者を医師として治療し続け、内部被ばくの脅威を日本の国内外に訴えてきた肥田舜太郎先生が2017年3月20日に亡くなった。肥田先生の損失がいかに大きいかは、原爆投下の日の英語圏メディアで肥田先生がインタビューされ続けてきたこと、今後、この重要な生き証人の声が聞かれなくなることからもわかる。

全国のメディアで伝えられた肥田舜太郎先生の訃報

 肥田先生が2017年3月20日に100歳で亡くなったことが日本中の新聞その他のメディアで報道された。『日刊スポーツ』が共同通信の長い記事(注1)を掲載していたのが、肥田先生の知名度の高さと亡くなったことの重大さを物語る。これらのニュース記事を網羅して、主要点をあげてみる。

  • 1945年8月6日の原爆投下当時、軍医として爆心地の北約6キロ地点にいた。直後に市内へ入り、被爆者の救助と治療に当たった(『日刊スポーツ』)。
  • 白血病などの後遺症に苦しむ被爆者たちに寄り添い続け、内部被ばくによって体がだるくなる症状を「ぶらぶら病」と呼んで危険性を指摘した(『日刊スポーツ』)。
  • 被爆者の中に、だるくて動けない人々がいた。ある患者は診察中に頬づえを突き、やがて床に座り、しまいには横になった。尋常でない「だるさ」と知るが治療法もない。寄り添うしかなかった(『中国新聞』注2
  • 医師を引退した2009年までの64年間で6千人を超える被爆者を診療した(『埼玉新聞』注3)。
  • 戦後、レッドパージを受けて国立病院を解雇される。その後、労働者、貧困者のための病院作りに奔走し、全日本民主医療機関連合会(民医連)創立に参加。埼玉民医連会長、埼玉協同病院(川口市)院長、日本被団協原爆被害者中央相談所理事長、県原爆被害者協議会(しらさぎ会)名誉会長などを歴任した(『埼玉新聞』)。
  • 1955年第1回原水爆禁止世界大会に参加し、放射能障害について報告(『埼玉新聞』)。
  • 原爆の真実を伝えるのが被爆者の使命だと、1975年に原爆を投下した米国を初めて訪問し、89年までの15年間で30カ国以上、150都市以上を「草の根の反核語り部」として駆け巡り、原爆の悲惨さを訴えた(『日刊スポーツ』)。
  • 2000年代の原爆症認定訴訟では証人として出廷し、長年の臨床経験と海外の文献研究を基に証言。原爆投下後に広島、長崎に入った「入市被爆者」が、飛散した放射能性物質を呼吸や飲食で体内に摂取し、「内部被ばく」を起こしてガンなどの原因になったと訴えた。国の認定手法の問題点を突き、原告勝訴の判決を引き出す力になった(『毎日新聞』注4)。
  • 福島第一原子力発電所事故以降は、内部被ばく・低線量被ばくの健康被害と危険性にも警鐘を鳴らしてきた(『埼玉新聞』)。

BBCで報道された肥田先生のインタビュー(2015)

 BBCのホームページに今でも2種類の肥田先生のインビュー・プログラム(2015)が掲載されている。1つは「第二次世界大戦:広島の犠牲者を治療した医師」(注5)という題名で、2015年当時の肥田先生が自宅でインタビューを受け、原爆投下時に目撃した原爆のピカと、救助に向かった当時の様子を語っている動画映像である。2つ目はBBC「ラジオ4」の「キノコ雲の下で」(2015年8月と2016年1月に放送された。注6)と題された15分のインタビューである。このラジオ番組の反響が大きかったようで、複数の新聞に記事が紹介され、「2016年ニューヨーク・フェスティバル世界のベスト・ラジオ・プログラム賞」(New York Festivals World’s Best radio Programs 2016 注7)にノミネートされ、歴史部門で「銀のラジオ賞」(Silver Radio Winner注8)を受賞した。

 「キノコ雲の下で」は肥田先生ご自身が英語で話し始め、女性インタビュアーの質問に答える形で、通訳による英語の答えという形になっている。前半は原爆投下直前のエノラ・ゲイ機が上空を飛ぶのを目撃し、その後の出来事を語っている。後半は占領軍のマッカーサーと交渉して被爆者を治療する建物を提供してもらったことなど、占領下での被ばく者治療の困難さと、福島の問題を語っている。

 インタビュアーの質問「あなたは被ばくの影響について話して、何度も逮捕されたそうですね? アメリカは被ばくの影響を知られたくないから」に対し、肥田先生は以下のことを語った。

  • 東京に出てから逮捕されたが、広島にいる間は占領軍に監視され、治療してはいけないと言われ続けた。アメリカは原爆について、放射線がどんな影響をもたらすかについて隠蔽しようとしたので、「患者を見放し、死ぬのを手をこまねいて見ていろと言うのか? 医者として、そんなことはできないし、あなた方には私を止める権利はない」とアメリカ軍に言いました。
  • 現在の最大の心配は福島の子どもたちが広島・長崎の犠牲者と同じ症状になるのではないかということです。
  • 広島と長崎の放射線被害を知っていた専門家たちは皆死んでしまって、生き残っているのは私だけです。
  • 原発が最も安いと言って、金儲けする人々がいるが、核/原子力と人間は共存することはできません。放射能は私たちに被害を与え、私たちを殺します。私自身は来年のお正月で99歳になるので、十分生きたから、人生にさよならしたいと思っています。

肥田先生のインタビュー番組の反響

 このBBC「ラジオ4」が放送されるとすぐに、イギリスの新聞『スペクテーター』と『テレグラフ』にこのインタビュー番組についての記事が出た。『スペクテーター』の記事は「なぜ私たちは広島について、こんなにも沈黙しているのか?」(2015年8月8日 注9)と題する短いコメントなので、以下に抄訳する。

 広島と長崎に原爆が落とされてから70年になるが、この日を記念する動きはないままだ。これは驚くに当たらないのかもしれない。1945年8月6日、世界が核戦争の影響を初めて目撃した日をあえて思い出そうとする人がいるだろうか。記念式典の日程設定がないこと、毎年の忘却が示すことは、私たちが不愉快に感じることや、私たちの評判を落とすことを思い出したくないということのように見える。

 唯一の例外は月曜の朝の「ラジオ4」だった。「キノコ雲の下で」で、広島の生存者である98歳の肥田舜太郎が率直に感傷なしに、1945年8月の日の思い出を語った。インタビューは短く、たった15分だったが、あまりにショッキングで、生々しく、「人間は原子力と共存することはできない」という肥田のメッセージを証明するには、彼の描写以上のものは必要なかった。

 原爆が投下された8:15a.m.に、彼は数マイル離れた村で病気の子どもを治療していた。それが彼の命を救ったのだ。さもなければ、原爆の目標だった爆心地にあった軍の病院で彼は働いていただろう。彼は午前1時頃まで、満州から来ていた軍の高官と酒を飲んでいた。2時に子どもの祖父から呼ばれて、自転車に乗って村に向かった。原爆が落とされた時、彼は患者の治療を終えたところだった。

 広島市から大分離れていたが、彼のいた家は倒壊し、子どもと一緒に瓦礫に埋まってしまった。しかし、すぐに這い出し、自分に何かできることがないかと、広島市に行くことにした。「私が広島市までちょうど半分ぐらいのところまで来た時に、何かきみのわるい、奇妙な黒いものが私の方に向かってくるのを見たのです。頭と肩と足がありましたから、人間だと思いましたが、彼女は全身真っ黒でした。私の眼の前に来ると、私の方に倒れて死んでしまいました」。

 写真など必要ない。彼の声は年老いて弱々しく、かすれ声だが、その恐怖を伝えるには十分で、一つ一つの細かい点まで彼の心には今でもありありと見えるのだ。肥田はその後の人生を原爆被ばく者の治療に捧げ、放射線の後遺症が長く続くことについて話し続けたので、何度も逮捕された。「人々がそれを知るのをアメリカは望まなかったのです」と彼は言う。

このラジオ・インタビューを別のラジオ評論家(Gillian Reynolds)が『テレグラフ』(2015年8月4日 注10)で紹介している。「広島のこの証言を決して忘れることはできない」という題名で、次のように始めている。「『キノコ雲の下で』(ラジオ4、月曜日)は、1945年8月6日に広島に落とされた最初の原爆の生き証人による15分の完璧な番組で、一部は彼自身の言葉で、ある部分は通訳され、また当時の声も入れられている」。下線の強調は原文のままである。この記事の筆者の言葉が中心の部分を以下に抄訳する。

 この日のことを私たちの何人かは今でも覚えている。多くの人は第二次世界大戦に関するテレビ番組で原爆のキノコ雲を見たことがある。アメリカのトルーマン大統領の声で、この爆弾は戦争を終わらせ、アメリカの何千もの若者の命を救うと言っている。その後、爆弾を投下した飛行機の搭乗員の声が続く。自分たちが歴史の節点にいたことを知らずに。そして、私たちは肥田医師の話を聞いた。(中略)

 火に焼かれ、地面に横たわり、助けを求める大勢の人々の中で彼は働いた。11月20日までそこにいて、その後、連れて行けるだけの患者とともに病院に移り、残りの人生を原爆被ばく者の治療と、核兵器反対の運動に、時に危険を覚悟で捧げた。彼は98歳で、広島原爆の最後の生存者である。この素晴らしいプログラムのプロデューサーであり、レポーターであるルス・エヴァンス(Ruth Evans)はこの番組の毎秒を関連づけ、共鳴させた。アナザー・タイム、アナザー・ワールドが一生の間記憶し続けられ、それを聞いた者は忘れることはできない。

 この記事の筆者ジリアン・レイノルズは2015年末の「2015年ラジオのベスト5」に「キノコ雲の下で」を2番目にあげている(注11)。オーストラリア国営放送のABCラジオも肥田先生のインタビューを放送した(2015年8月6日、注12)。「PM」というマーク・コルビン(Mark Colvin)の番組で「広島の核爆発の影響は70年後の今でもまだ続いている」という題名で、レポーターの広島からの報告である。肥田先生をインタビューした後に、レポーターのマイケル・エドワーズ(Michael Edwards)は次のように述べている。

エドワーズ:70年後の今、最初に広島を、そして3日後に長崎を破壊した核爆発で生き残った数千の人々は今でも苦しんでいます。公式に被ばく者と認定された20万近くの人々が生存していますが、その多くはガンなどの放射線に関連する病気を抱えています。(中略)

 赤十字国際委員会は広島と長崎でいくつか病院を運営して、原爆被ばく者を治療しています。昨年だけで、1万人の被ばく者を治療し、その多くは核爆発に被ばくしたことによるガンで亡くなりました。しかし、被害は直接被ばくに限りません。

[赤十字国際委員会へのインタビュー]:被ばくしていない子どもたちの遺伝子損傷による健康被害が現在も続く懸念点です。この第二世代は20万人に含まれており、現在ガンが発生しやすい年代、50から60歳に近づいています。放射線影響の遺伝は長期間の治療が必要になる、また別の長期的課題です。

エドワーズ:原爆を落とした目的は第二次世界大戦の大虐殺を早く終わらせるためだと言われてきました。しかし、今多くの歴史家が核兵器の使用は正当化されるかと疑問視しています。ワシントンDC.にある軍縮管理協会のグレッグ・ティールマン(Greg Thielmann)です。

ティールマン:広島の翌日にソ連が日本に対して宣戦布告しました。この最初の原爆よりもソ連参戦の方が日本の指導者たちにはショックだったと、歴史家たちは言います。もちろん、日本の指導者たちに原爆の性質がわかってくるのは数日経ってからでした。

エドワーズ:広島の70年記念は日本の安倍晋三首相が国連で核兵器廃絶のキャンペーンを始めるきっかけとなりました。

 安倍首相が本気で核兵器廃絶を訴えようとしているのかは、その前後の動きと発言を見れば明らかだろう。この1年後の2016年8月15日の『ワシントン・ポスト』の報道によると、オバマ大統領(当時)が「核兵器を最初に使わない先制不使用宣言を検討していることについて、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えた」(注13)という。その5ヶ月後の2016年12月には、核兵器禁止条約交渉決議が国連総会で採択されたが、日本政府は決議に反対した(注14)。安倍氏が「積極的な核武装論者」だというのは、2002年、2006年の発言からも明らかだという(注15)。そして核武装に必要なプルトニウムを得るために、新たな高速増殖炉計画を2016年11月に決定した(注16)

 原発に関しても同様で、福島第一原発事故がチェルノブイリと同じ過酷レベルというのに、早々と原発再稼働を強行し、その川内原発1号機では2017年3月現在、核燃料を覆う管に穴が開いて、放射性ヨウ素が漏れ、放射線濃度が上昇中だという(注17)。子ども達の被ばくについて、安定ヨウ素剤服用について、何も対策がないようなのも恐ろしい。

 肥田先生は福島第一原発事故の政府対応についても批判を続けてきた。ドイツの国際メディアDeutsche Welle (DW)の2011年7月5日付け記事「日本政府が放射線の影響を軽視していると批判されている」(注18)で、避難区域を縮小し、早期帰還を進めようとする政府の方針を批判する肥田先生の言葉が紹介されている。

 医師で放射線の専門家である肥田舜太郎は政府の「嘘」と「軽視」に警告を発して、人間の健康に及ぼす放射線の影響について政府が透明性に欠けていると批判する。避難区域と放射線の安全許容レベルについて、市民は間違った情報を与えられているという。彼によると、重要なのは放射線のレベルではなくて、「人間の体内に溜まる放射性粒子であって、その量は大した意味はない」という。

 放射線によって起こる健康被害は非常に深刻だと強く警告する放射線専門家としては、肥田舜太郎は日本でも数少ない1人である。専門家として、特に広島に投下された原爆の被ばく者として、肥田はその影響を知っている。福島原発事故後に似たような病気が起こるのではないかと肥田舜太郎は予想し、第二次世界大戦後に放射線被ばくと対決しなかった日本政府と同じ過ちを原発事故後の日本政府が犯していると心配する。「第二次世界大戦後は原爆によって起こされた被害について日本人が話す事をアメリカが禁止しました。しかし、20年、30年、40年後に多くの人ががんを発症し始めました。そして多くの人が知らなかった事は、放射線被ばくががんを起こすだけでなく、放射線が人々の生きるエネルギーを奪う形で人間を殺す事です。この症状について医学的説明はありませんが、放射線は多くの人から生きる意志を奪ったと確信しています」と言う。

 肥田舜太郎によると、日本語で「ヒバクシャ」と呼ばれる放射線障害の患者は日本の中で差別を経験してきたという。「これが広島原爆後にヒバクシャたちが経験しなければならなかったもののうち最悪のものでした。3世代後の現在も差別があります」と彼は述べる。彼は今でも度々電話相談を受け、結婚式がキャンセルされたこと、その理由が花嫁か花婿の祖父母が1945年に日本を襲った核攻撃による放射能犠牲者だったことが知られたからだという。福島原発のメルトダウンの結果放出された放射能の犠牲者が似たような形の差別を受け始めるのではないかと、肥田は心配している。

注1:「肥田舜太郎氏が死去 被爆者治療続けた元被爆者医師」(共同)『日刊スポーツ』2017年3月20日 http://www.nikkansports.com/general/news/1795313.html

注2:「被爆者の治療続けた医師・肥田舜太郎さん死去 広島で自身も被爆」『埼玉新聞』2017年3月20日
http://www.saitama-np.co.jp/news/2017/03/21/02_.html

注3:「肥田さんの遺言」『中国新聞αアルファ』2017/3/22
https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=328324&comment_sub_id=0&category_id=143

注4:「訃報 肥田舜太郎さん100歳=広島原爆で被爆の医師」『毎日新聞』2017年3月20日
http://mainichi.jp/articles/20170321/k00/00m/040/062000c

注5:”WW2: The doctor who treated Hiroshima victims”, BBC, 4 August 2015
http://www.bbc.com/news/magazine-33675622

注6:“Under the Mushroom Cloud”, BBC Radio 4, August 4, 2015 (last on 19 Jan 2016)
http://www.bbc.co.uk/programmes/b063zt9r

注7:”Nominees out for the New York Radio Awards”, RadioToday, May 2016
https://radiotoday.co.uk/2016/05/nominees-out-for-the-new-york-radio-awards/

注8:”New York Festivals World’s Best Radio Programs 2016, Silver Radio Winner”
http://www.newyorkfestivals.com/worldsbestradio/2016/index.php?keywordSearch=BBC+radio+4&nyf-submit=

注9:Kate Chisholm “Why are we so silent over Hiroshima?”, The Spectator, 8 August 2015
https://www.spectator.co.uk/2015/08/why-are-we-so-silent-over-hiroshima/

注10:”Gillian Reynolds: I will never forget this account of Hiroshima”, The Telegraph, 4 August 2015
http://www.telegraph.co.uk/radio/what-to-listen-to/gillian-reynolds-the-week-in-radio-i-will-never-forget-this-account-of-hiroshima/

注11:Gillian Reynolds, “The 5 best radio moments of 2015”, The Telegraph, 15 December 2015
http://www.telegraph.co.uk/radio/what-to-listen-to/the-5-best-radio-moments-of-2015/

注12:Michael Edwards, “Effects of Hiroshima nuclear blast still felt 70 years later”, ABC (Australia) Radio PM, Mark Colvin presents, August 6, 2015
http://www.abc.net.au/pm/content/2015/s4288405.htm

注13:「安倍首相、米の核先制不使用検討に反対伝達」『日本経済新聞』2016/8/16
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM16H3T_W6A810C1MM0000/

注14:大隈崇「『核なき世界』進むのか 米で核兵器禁止条約交渉へ」『朝日新聞DIGITAL』2017年3月22日 http://digital.asahi.com/articles/ASK3F6HSHK3FPITB018.html

注15:「安倍首相のワシントンポスト報道否定こそ大嘘だ! 過去にも核武装発言を『発言していない』と虚偽の弁明」『リテラ』2016.08.21
http://lite-ra.com/2016/08/post-2513_3.html

注16:「もんじゅ廃炉は目くらまし、安倍政権が新たな高速増殖炉計画! 背後に櫻井よしこら右派の核武装圧力が」『リテラ』2016.11.30
http://lite-ra.com/2016/11/post-2734.html

注17:「1次冷却水のヨウ素上昇 川内原発1号機」『佐賀新聞』2017年3月24日
http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/416302

注18:Peter Kujath “Japanese government criticized for downplaying the effects of radiation”, DM, 05.07.2011
http://www.dw.com/en/japanese-government-criticized-for-downplaying-the-effects-of-radiation/a-6564574

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