10-1:放射線基準のコスト・ベネフィット理論(1)

福島第一原子力発電所事故による放射能被害のディスカッションの中で、原子力産業推進派が強調している、被ばくに関わるコストとベネフィット(便益)論の原点のような議論が1976年アメリカ議会セミナーで行われました。ここではアメリカ原子力委員会がどんなコスト・ベネフィット論を採用しているか説明されています。

課題10:連邦政府・放射線基準のコスト・ベネフィット理論
適切なシステムか? 他のシステムはないか?

モーガン:この課題の議論を結論につなげて、課題11を議論したいと思います。この課題は「連邦政府の放射線基準のもとになっているコスト・ベネフィット理論を説明せよ、これは適切なシステムとして使えるか? 他にもっといいものがないか?」です。マットソン博士にコスト・ベネフィット分析について説明していただきます。

マットソン(アメリカ原子力規制委員会安全基準部長):まず、放射線基準というのが何か、どう理解するのかについて始めるべきだと思います。NCRP(放射線防護委員会)、ICRP(国際放射線防護委員会)、連邦放射線審議会(Federal Radiation Council)の勧告がNRC(原子力規制委員会)の規制値、500ミリレム[5mSv]、5レム[50mSv]、170ミリレム[1.7mSv]などの数値で表されているわけですが、連邦政府の基準はコスト・ベネフィット分析に基づいていません。今日我々が定義するコスト・ベネフィット分析ではありません。

 何に基づいて決められているかというと、ある程度、比較リスクの概念に基づいています。モーガン博士や他の方々が代償(trade off)についてお話になりました。たとえば、5レム[50mSv]の制限値で働く作業員の安全と、その他の職種の労働者の危険性を比較する方法です。

 ビル・エレットは環境保護庁が行ったリスク分析について話しました。これはリスク・ベネフィット分析ではありません。この質問がどこから起こったか知りませんが、30秒ほど時間を下されば、辿り着きたい地点に行けると思います。

 原子力委員会(Atomic Energy Commission)が1971-72年頃に、軽水炉から出る放射性物質の放出の客観的量の計画を決める規則制定公聴会を始めました。それは合理的に可能な限り低い、あるいは現実的に可能な限り低い値を実施するにあたって、複数の基準勧告機関のうち、最高勧告機関である原子力委員会が主導したということです。これは国家環境政策法(National Environmental Policy Act 1969年 )の頃のことです。[原子力委員会は]規制を発行するにあたって、この法律の「環境影響に関する報告書」(Environmental Impact Statement)にしたがって、コスト・ベネフィット分析を行いました。

 それが実際にどんなものだったかは、費用対効果(cost-effectiveness)の研究です。個人と人口全体に対する線量計算を下げるための規制機器の追加費用を検討しました。この情報が正当に任命された権力による決定の基礎となっています。この決定が下され、今日我々が言うところの、正当化された放射線基準です。

 環境保護庁が提案しているウラン燃料サイクル用のコスト分析、便益の分析については、ビル・エレットが話すでしょうが、その前に、基準を決める際に、もっと広い視点から考慮しなければならないことがあるので、説明させてください。多くの人が今日その問題について触れたことです。

 議長、あなたもお話しになりましたね。コストと便益の技術相互間の比較です。リスクについても今日話し合いました。コストには「リスク」という言葉も私は含めます。私たちはコスト-リスク-便益の分析について話しました。規制技術や規制機器に対して支払うドル、セント、リスクというのは個人や人口全体に対する線量で、便益というのは消費者のための電力その他の便益ということです。

 燃料サイクルの基準に関する環境保護庁の公聴会で我々はある立場をとっています。これがこの質問の原点だと思いますが、誤解されている点があるように思います。しかし、私たちの説明はかなりはっきりしていると思います。つまり、今日存在する個人用の放射線基準は全員の同意はないかもしれませんが、科学界からは幅広く支持されています。それは今日お話ししたように、人口集団につき、年間500ミリレム[5mSv]、年間170ミリレム[1.7mSv]というものです。もしこの制限値が、この制限値より合理的に可能な限り低くあるべきという勧告を含んでいるなら、それは基本的に現在我々が持っている規制システムということです。これはいいシステムだと思います。うまく機能していますし、線量をこの規制値よりずっと低く保っているからです。それに2000年にはアメリカ合衆国の人々の平均線量を年間1ミリレム[0.01mSv]以下にするという意味でBEIR委員会に同意しますし、その努力をしています。今朝使った数値は年間平均0.03, 0.04ミリレム[0.0003mSv=0.3μSv〜0.0004mSv=0.4μSv]だったと思います。

 もし、この規制システムを変えるなら、変える理由が必要になります。健康の便益をさらによくすることが可能とか、リスクを軽減できるとかの理由を知らなければなりません。環境保護庁の公聴会で私たちの取った立場は、燃料サイクル基準が提案されている時に、ホールボディへの線量を170ミリレム[1.7mSv]と500ミリレム[5mSv]から25ミリレム[0.25mSv]に代える場合、現在達成していることを基本的に達成するだろうが、この新システムを達成するためには相当の費用がかかるというものです。コストと便益をもとにした議論を我々はし、[新システムは]人間にさらなる便益をもたらすとは思えなかったのです。健康影響の数値は計測できないと我々は考えています。環境保護庁が提案していることには相当のコストがかかると見ています。

 我々はその基準の公布を推奨しませんでしたが、現在の基準を上げろとは言いませんでしたし、現行の線量を上げろとも言いませんでした。我々が言ったのは、提案されていることは、現行の規制値と同じことを達成するということです。もし基準が下げられたら、下げることで受け入れられない健康被害を避けられることを示さなければなりません。コスト便益について私が言うべきことはこのぐらいです。

モーガン:あなたのスタッフが1レムのコストとして、高い数字を使ったので嬉しかったです。聞くところによると、彼らは何回か1レムにつき1,000ドルという数字を使ったそうです。1レム10ドルという数字が使われることもあると聞いています。原子力委員会のこの保守性(conservatism)は称讃されるべきだと思います。これを維持していただきたいと思います。ロジャーか誰か、この点でもっと詳しく話してもらえませんか。

 計算目的と計画設定目的では、この放射性ガスを除染するためと、職業被ばくを下げるため、そして放射性ヨウ素を環境中に放出する量を下げるために、投資をする価値があるか決めなければなりません。これらの改善策を決定手順の中に入れるためのコスト計算はできますか? これらの改善策が1,000ドル以上かかり、1人レムまで下げるのに1,000ドル以上かかるなら、投資する価値があるか立ち止まって考えますか? もし1レムにつき1,000ドル以下なら、被ばくを下げ、人レムを下げるための投資をする価値があると真剣に考えますか?

 人レムというのは、人口のうち何人かとって、その人口が受ける平均的被ばく線量にかけて出てくる数字です。数学者にとっては、それぞれの被ばくグループの人数の合計にその人口の各グループが受ける線量をかけることです。

マットソン:議長、その通りです。まず最初に、認識していただくことが重要ですが、我々の規制システムでは、原子力発電所の周辺に住む一般公衆の一人一人の防護に関して、特別な基準があるということです。数字は経路によって異なります。たとえば、放射線が人間に到達する経路です。液体経路の場合、年間3ミリレム[0.03mSv]です。ガス状の場合、年間5ミリレム[0.05mSv]です。

 原子力発電所を稼働する許可申請が出された後、申請書に事業者が周辺住民の防護をこのレベルで達成できると示されていると、われわれ[規制庁]は追加防護を検討します。それは原発から50マイル[80km]圏内の住民を事業者が守れるかを見るのです。そのために、その地域に分布している被ばく線量を見ます。この線量は数学的に合計されます。その分析の中で、排水規制用に最新機具を追加します。その機具が増加加算され、人口被ばくの削減コストが1人—レム1,000ドル以上になった場合、その機具は施設に追加する必要がありません。コストが1人—レムにつき1,000ドル以下なら、機具は追加されなければなりません。

 お気づきのように、人口の被ばく削減に1人—レムにつき1,000ドルという値段は、一般的に保守的な数字だと考えられていますし、資料はそのことを述べています。

注:解説は環境省「諸外国の環境影響評価制度調査報告書」(平成16年3月)pp.1-1〜1.2.
https://www.env.go.jp/policy/assess/4-1report/file/8.pdf

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