8-5-8 作業員の被ばく限度250mSvへ引上げ

福島第一原子力発電所事故から4年後の2015年4月17日に、厚生労働省の有識者会議で、緊急時の作業員の被ばく許容量を250mSvに引き上げる案をまとめました。この線量が何を意味するのか、チェルノブイリ事故から4年後の対応と比較してみます。

チェルノブイリ原発事故から4年後の対応

1990年春(事故からちょうど4年後)旧ソ連の3共和国(ベラルーシ・ロシア・ウクライナ)の専門家たちが集まって、事故の健康影響に関する国際調査プログラムの基本原則を検討し、その後WHOが関わり、「チェルノブイリ事故の健康影響に関する国際プログラム」(IPHECA)となった。IPHECAのマネジメント委員会報告書(1994 注1)から抄訳する。調査対象は汚染地帯の市民と原発作業員の健康で、最初のパイロット・プロジェクトは以下である。

  • 白血病と血液疾患の発見と治療
  • 甲状腺障害
  • 胎内被ばくによる脳損傷
  • チェルノブイリ登録制度
  • 口腔衛生(ベラルーシのみ)

このプログラムには日本が中心となって財政支援(訳者による強調)をし、その他、チェコ共和国・フィンランド・スロバキア共和国・スイスが援助した。委員会は3国の保健省、WHO、そしてこのプログラムのためにWHOに寄付した国々の代表から構成された。被ばくの影響が大きい3国の保健省が以下の点を強調した。

  • 事故後の2年間に国民の健康状態が悪化した。
  • 3国とも、子どもの甲状腺がんが[事故発生年の]1986年から急速に増加していることが最も心配だ。大人の甲状腺がんも増えており、調査が必要だ。
  • 甲状腺がんが被ばくによって引き起こされているという研究結果が出ている。
  • ロシアでは白血病と血液疾患の調査を広範囲に行ってきた。
  • 汚染度が555kBq/㎡以上の地域の住民全員に白血病と血液疾患検診を行っている。
  • 急性白血病にはスクリーニングが役に立たないので、自己申告で登録するようにしている。
  • 30km圏内から避難した母親と、厳重管理区域に住み続けている母親に、事故後1年以内に生まれた全ての子どもの知的障害、認知障害、身体測定、神経・内分泌査定、脳機能マッピングを行う計画がある。
  • ベラルーシの厳重管理区域(555kBq〜1480kBq/㎡)における事故から8年間の平均被ばく線量は50〜60mSvで、555kBq/㎡以下の地域では20〜40mSv。
  • ウクライナの1992年の平均的年間実効線量は0〜3.2mSvの範囲で、セシウム134, 137の汚染度は1480〜19,400kBq/㎡の範囲

この会議でロシアが提案し、ベラルーシ、ウクライナも賛同したのは、作業員の健康状態を調査する追加プログラムだった。8年間で80万人(ロシアだけで35万人)の作業員が被ばくしており、1986年の作業員の3分の1は20cGy(200mSv)被ばくしており、彼らの疾病率はすでに増加している。作業員の治療とリハビリテーション、心理的影響についても検討が必要。ロシア保健省が予算を拠出するが、特別予算が必要。

チェルノブイリ事故処理にあたった人々はliquidator(リクビダートル)と呼ばれるが、上記WHO文書や論文ではclean-up workerという語を使用している。福島原発事故処理にあたる人々との統一を考えて、チェルノブイリ事故の場合も「作業員」という語を使用する。

IPHECA血液学パイロット・プロジェクト

チェルノブイリ事故による被ばくからどんな病気が想定され、事故後6〜7年でどんな疾病が現れているのかが概観できる報告書「IPHECA血液学パイロット・プロジェクト」(1994 注2)から抄訳する。

  • 調査対象はセシウム汚染度が555kBq/㎡以上の元「厳重管理区域」に住む27,000人の住民。
  • 医師がスクリーニングに際し、次の症状に注意するよう指導された。長引く発熱・汗の増加・皮膚出血・鼻血の増加・口内出血・消化管や尿生殖路の出血・アフタ性口内炎や壊死性アンギナ(歯肉炎)の突然の発症・リンパ節、肝臓、脾臓の腫れ・6か月間に体重が10%以上減るなど体格の衰え・骨の痛み、関節痛、特発性骨折(外因ではなく自発的骨折)など。

バルト三国におけるチェルノブイリ作業員とその子どもたちの健康リスクの共同研究

IPHECAプログラムとは別に、WHOが関わったプログラムがある。1993年に刊行された報告書(注3)から抄訳する。

チェルノブイリ原発敷地内と汚染地域のクリーンアップに駆り出された旧ソ連の国々の人々の多くはソ連軍の徴集兵だったため、作業終了後に多くの国や地域に散らばって行った。バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)の保健省が、バルト三国に住む元作業員を追跡する援助をWHOに正式に依頼した。その背景には、健康被害のモニターを求める市民の声があがり、エストニアでは1991年に「エストニアのチェルノブイリ放射線登録」が組織され、エストニアに避難した被災者および原発作業員全員を対象とした健康モニタリングが始まったことがある。調査内容は以下である。

  • 1991年にエストニアの調査官は被ばくした作業員の白血病調査のための登録制度設立を他の国々に呼びかけ、フィンランドがん登録、フィンランド放射線安全センター、アメリカ国立がん研究所の疫学部門と共に共同調査研究を行うことになった。資金提供と研究の実施はアメリカ国立がん研究所が担う。
  • 事故から2年後の1988年にエストニア政府に対する圧力団体(pressure group)として「エストニアのチェルノブイリ委員会」が設立された。構成員は地域グループで、賠償を求める元作業員のリストを持っている。エストニア厚生省も元作業員とその家族に給付手当を支給するための登録制度を設立した。事故から6年後の時点で、毎年、1月分給与額の支給とサナトリア(療養所)への無料アクセスである。登録への参加呼びかけは新聞広告で地域の厚生省事務所に連絡するよう呼びかけている。
  • [1992年当時の]エストニアの登録者(2,710人)のほとんどは、作業員として働いていた年齢が25〜39歳。大多数の被ばく線量は250mSv(作業員の被ばく限度量)以下とされているが、旧ソ連軍のパスポートに記されている被ばく量の妥当性について疑問がある。また、予想以上の作業員の被ばく線量が100〜200mSvと登録されている。
  • 大多数の元作業員は1986年4月〜5月に雇用され、ほとんどの実働期間は4〜6か月だった。実働1か月以下は4%、2か月以下は12.4%、3か月以下は14.4%。エストニアの新聞報道によると、リトアニアとラトビア出身の作業員の実働期間が1〜2か月だったのに対し、エストニア出身者はチェルノブイリ周辺にもっと長くいたという。
  • ラトビアの審査官の心配は、ラトビア出身の作業員6,475人の健康問題だけでなく、その子どもたちへの事故の影響と、チェルノブイリ地域から避難してきた市民、そして全人口への影響であった。ラトビア保健省によると、元作業員の60%が病気で、そのうち12%は骨格・筋肉・呼吸器・神経系・消化器系・免疫系疾患で身障者となっていると報告された。
  • 1986〜1987年に雇用されたラトビア出身元作業員の雇用時の年齢は20〜39歳、平均作業期間は1〜3か月だった。その後雇用された人々は4〜6か月の作業期間で、主にチェルノブイリ原発近辺の町の建物に寝泊まりし、原発敷地内の作業はしなかった。したがって被ばく線量は初期の作業員より低い。
  • チェルノブイリ作業員の二代目研究:低線量被ばくの影響を調べるために、作業員の二代目(子どもたち)のがんリスク研究に関して、王立スウェーデン科学アカデミー、旧ソ連科学アカデミーとの間で1991年に協定が結ばれた。低線量の定義は、3mGy(3mSv)以下(平均して細胞核につき1ヒットもたらす線量レベル)とされた。
  • 事故の1年目は医師たちが作業員に子どもを作らないよう、遅らせるよう指導したため、元作業員の夫婦に生まれた子どもの数が少ないという事例証拠がある。その上、エストニアでは特に1987年以降、子どもが2人以上いる既婚者を作業員として送った。

IPHECAプログラムの問題点

以上、WHOのIPHECAプログラムを紹介したが、原子力推進機関IAEAに対して従属関係にあるWHOでさえ、被ばく影響について考慮せずにはいられなかったという含みがある。しかし、その結果は信頼できるものではないようだ。IPHECAプログラムの専門家アドバイザーだったベーヴァーストック博士は、子どもたちの甲状腺がん増加について欧米で初めて論文(Nature, 1992)として発表した専門家である。博士は2006年の論文「チェルノブイリ事故から20年:健康被害の評価と国際的対応」(注4)の中で、IPHECA発足と国際協力に伴って起こった主導権争いの結果、調査研究が進まなかったことを述べている。IPHECAの財源2000万ドルの大半は日本からの資金で始まったが、やがて国連人道問題調整事務所(OCHA)、UNESCO、欧州委員会(EC)、赤十字、笹川財団、アメリカ、オランダ、ドイツなどが人道的、研究面での支援を申し出た。やがてアメリカ・WHO・OCHAが被災3国との独占協定を主張し、その結果、プログラムに混乱が生じ、多くの国際機関がWHOに協力することに躊躇するようになった。

一方、IAEAは旧ソ連の事故対応の評価をするために、1990年に調査団を被災国に送り、その報告書を1991年に発表した。ベラルーシとウクライナの子どもたちに起こっていた甲状腺がん問題も視察団には報告されたが、放射性ヨウ素にがんリスクはない、潜伏期間が短すぎるとして、「将来的には増加がありえるかもしれない」という言及に留めるだけだった。

欧州委員会はヨーロッパ諸国のチェルノブイリ事故影響を心配して、甲状腺がんやその他の研究を支援した。アメリカと緊密な連携のもとに人道的支援も行ったが、1992年のWHOとの合同会議以降、WHOとは調査研究の協力はしないと強く主張した。

この論文を発表したベーヴァーストック博士はフクシマ問題でも警鐘を鳴らし続けている。岩波書店の『科学』掲載記事がフリーアクセスになっている(注5)。なお、WHOとIAEAがチェルノブイリ事故を過小評価する中で、ロシア・ベラルーシ・スイス・イギリスなどの良心的独立系科学者たちが、WHO/IAEA主催の国際会議(2001)で激論を戦わせる様子と、健康被害に苦しむ子どもたちの様子を撮影したドキュメンタリー映画「真実はどこに」(注6)がインターネットで視聴可能なので、是非ご覧になっていただきたい。

1976年に放射能の影響は「早期老化」という形で顕在化すると警告したバーテル博士の言葉通りに、多くの小学生たちが脳梗塞や心臓病で入院していることがわかる。この映画の冒頭でインタビューされていた女の子は撮影の翌年に亡くなったと、映画に登場するミシェル・フェルネックス教授が2012年に来日された時に、おっしゃった。このドキュメンタリー映画のチェルトコフ監督がチェルノブイリの取材をもとに書かれた本が邦訳されて出版されたばかりで、克明な記録として参考になる(注7)。チェルトコフ監督は原発事故処理にあたった作業員たちを追ったドキュメンタリー映画「サクリファイス」(犠牲 2003)も製作している。この映画の書き起こしをブログ「みんな楽しくHappy♡がいい!」(注8)で読むことができる。

ウクライナ政府報告書(2006)『チェルノブイリ事故から20年』

WHO、IAEA、そしてUNSCEAR(アンスケア:原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の報告が信頼できないのなら、チェルノブイリの健康影響について、誰/どこの調査研究を信頼すればいいのだろう。当然のことながら、原子力産業や原子力推進機関と利害関係にない科学者や医師の調査研究だろう。最も被害の大きいベラルーシ・ウクライナ・ロシア政府の報告書も参考になるだろうが、日本のように、政府・行政・自治体・専門家による過小評価はないのだろうか。

ウクライナ政府は事故から20年後の2006年(注9)と、25年後の2011年に被害に関する報告書を出している。2011年の報告書は日本語訳されている(注10)が、2006年の報告書は管見では翻訳されていないので、作業員の健康被害について抄訳する。注目は事故による放射線被ばくが様々な症状を引き起こすことや、政府の取組の失敗点も明記している点である。

  • 作業員の被ばく限度は事故の年1986年は250mSvだったが、その後、100mSvと50mSvに下げられた。限度量に達した例はまれだった。
  • 事故当時(1986年4月)は作業員の線量測定は守られなかったが、5月下旬以降は作業員の線量モニタリングが守られるようになった。しかし、健康影響評価に必要な被ばく線量の確認が難しいため、確実な方法として歯のエナメルから線量測定する方法が取られた。治療のために抜歯する作業員の歯を2005年までに7,544本集めた。その他の方法は作業員へのインタビューによって、作業中にどこにいて、何をしていたかの記録と、その場所の線量の記録との照合から、作業員一人一人の作業中の被ばく量を割り出した。
  • 放射線被ばくはがん(甲状腺・白血病・固形がん)、遺伝子異常などをひき起こす。
  • 健康モニタリング・プログラムの鍵となったのは、チェルノブイリ原発事故で被害を受けた人々のための、ウクライナ登録制度である。2006年初頭の登録者数は、作業員—229,884人、30km圏内からの避難者—49,887人、汚染地域の住民—1,554,269人、この3グループの親から生まれた子どもたちー428,045人。しかし、資金不足・スタッフ・ハードウェア不足などから、これらの数は不完全で、住民への支援供給には失敗している。
  • 甲状腺がん:事故の2年間(1986〜1987)に事故処理・除染にあたった作業員の甲状腺がん増加は、男性作業員で1990〜1997年(事故後4〜11年)に全国レベルの4倍、1998〜2004年(事故後12〜18年)に9倍だった。女性作業員では、同時期にそれぞれ9.7倍、13倍だった。甲状腺がんの発生率と放射線降下物との相関関係が子どもだけでなく、青少年や成人にも見られることが初めて証明された。甲状腺がんの増加は今後も予想される。
  • 白血病:作業員のうち被ばく量が多かった者に、事故後15年間で白血病の発生率が高まった。ウクライナの作業員110,645人を対象にした疫学調査(アメリカとの共同研究)で、1986〜2000年の間に101件確認された。そのうち、15人は慢性骨髄白血病、18人は急性白血病、4人は大顆粒リンパ球性白血病だった。
  • その他の悪性腫瘍疾病率:18年間の分析の結果、がんの発生率に上昇が明確に見られたのは作業員のみだが、将来死亡率や疾病率に上昇がないとは断言できない。1990〜2004年間の作業員の全がん発生数は4,922。1986〜1987年に作業した女性作業員の1990〜2004年間の乳がん発生数は279人で、発生率は全国レベルの1.9倍となり、不安を引き起こした。
  • 放射線白内障:165人が放射線白内障(注11)と登録された。高線量で引き起こされるだけでなく、1Gy[1Sv]よりずっと低い線量でも放射線白内障になることが発見された。14,731人の作業員のフォローアップ調査から、放射線白内障は放射線の「確率的影響」(stochastic effect)と認めるべきである。
  • 免疫影響:作業員の23.2%が複合型免疫欠損の徴候を示し続けていることが確認された。線量の異なる被ばくをした者の間に、サイトメガロウイルス感染症とC型B型肝炎ウイルス感染症が顕著に広がっていることが確認された。200〜350mSvレベルの被爆後、15〜18年経てから、放射線によって引き起こされる免疫異常の発症や継続が確認された。免疫システムと神経系の相互作用が免疫異常を高める。
  • 腫瘍以外の病気:疫学調査からわかったことは、1986〜1987年に作業員だった健常者数が1988〜2003年間に67.6%から7.2%に減少したことである。慢性疾患を抱えた者は1988年の12.8%から81.4%(2003年)に増加した。腫瘍以外の病気は、心循環系・消化器系・神経系疾患である。作業員における非腫瘍の種々の疾患の始まりは、0.1-1.0Gy [100mSv-1000mSv]の外部被ばくレベルがリスク要因である。250mSv以上被ばくした作業員の間の発生率が高くなっている。
  • 障害者数:1986〜1987年に作業員だった者が障害者になった率が爆発的に増加し、1988年の2.7%から2003年の208.3%になった。登録によると、外部被ばくが0.25Gy [250mSv]で年配者の作業員(診察時に40〜59歳)に高い率で障害者となる現象が起こっている。
  • 神経精神疾患:外部被ばく量0.3Sv [300mSv]以上で、被ばく量によって悪化する神経精神障害、神経生理障害・神経心理障害・神経視覚障害が作業員の間で確認された。
  • 気管支肺システム:ウクライナ保健省の2004年データによると、チェルノブイリ原発事故の成人・青少年被害者の間に、慢性気管支炎と非特異性気管支炎、気腫の発生率が増加し、1990年(事故の4年後)に1万人あたり316.4人だったのが、2004年には528.47人だった。外部被ばくと核分裂生成物である放射線核種を吸入すると、気管支肺システムが最初に標的になる組織で、それは後に慢性的閉塞性肺疾患に発展する。これは1987年から2005年にかけて、被ばくした慢性的閉塞性肺疾患患者2,736人と、被ばくしていない患者309人の臨床形態学的比較検査から明らかである。ウクライナの臨床疫学登録のデータ(16,133人)によると、慢性的閉塞性肺疾患の発生率は上昇している。

    1986〜1987年の作業員7,665人中、吸収線量が250mSv、またはそれ以上の者は慢性的閉塞性肺疾患の有意なリスクがあることが明らかにされた。慢性気管支炎と被ばくの関係は被ばく量による。

    1986年の作業員における、放射性ほこり/ちりの吸入やその他の障害因子に伴う慢性的閉塞性肺疾患の病理形態の特徴は、初期には臨床的症状が少なく、その後急激に肺と気管支の粘膜の繊維性変化に進展する。そして変形が進んで、換気障害の悪化となる。

  • 消化器系疾患:事故から10 年間に作業員と汚染地域の住民に、消化性潰瘍の増加がウクライナ人口の指標に比べて、有意に見られた。この増加率と臨床的深刻さはチェルノブイリ事故に関連する要因によって引き起こされた。
  • 造血系の状態:事故後1,2年に、作業員の25%に末梢白血球の徴候が見られ、9.5%に赤血球数とヘモグロビン・レベルの上昇、12%に白血球数の増加、9%に血小板減少症、事故から相当たった後でも、このような不安定な数値が記録された。24%が白血球増加症、19.7%が白血球減少症、7.6%が血小板減少症、2.4%が血小板増加、15%はこれらの症状の複合が見られた。
  • 死亡率:1987〜2004年の間に34,499人の作業員が亡くなった。作業員の死亡率は1995年に8.5%(ウクライナ全体の死亡率6.6)、2004年は16.6%(ウクライナ全体6)に増加した。1992〜2000年の間にがんで亡くなった作業員は3,823人。作業員の問題は、作業中の被ばくに加えて、終了後に汚染地域に住み続けた場合、慢性被ばくによる死亡リスクが高まる。
    死亡した成人と青少年全体の死因で、血液循環系疾患が過去5年間[2000〜2005年か?]に65.5%から67.9%に、呼吸器系疾患も上昇した。死因としてのがん、内分泌系と消化器系疾患は減少した。
  • 健康被害に関する結論と課題:チェルノブイリ事故とその影響が人々の健康に否定的インパクトをもたらしたことを認める十分な証拠をデータが示した。環境汚染と被ばく量は20年間で減少しているにもかかわらず、被害が消えたわけではない。被ばくの確率的影響は、子どもと大人の甲状腺がんの増加、その他のがんの増加、作業員の白血病の増加、被ばくした人々とその子どもたちのゲノムの不安定性の増加、広範囲の非がん性疾患、心身症などである。将来何十年にもわたる医療支援、医療サニタリー、社会保障を続ける必要がある。 長期にわたる特別な健康モニタリングが必要なのは以下のがん:乳がん、食道、肺、胃、結腸、卵巣、腎臓、膀胱、白血病。次の10年間(事故から30年後)に眼の疾患、白内障、血管疾患が増加すると予想される。白内障手術は4-5倍に増える(作業員1000人につき25.6〜14.3人)。人工水晶体の需要が増え、眼疾患用の薬品の需要も増えると予想される。特にあらゆるタイプの血管拡張剤、抗酸化剤、複合ビタミン剤。
  • 急性放射線症候群の人々には、間接的確率的影響を最小限にするために、生涯、すべての治療、薬などのサービスを受けられるべきである。
  • メンタル・ヘルス・ケア・システムが不十分な現状では、被ばく者の神経精神障害が医学的社会的な最優先課題として残ったままである。器質性脳損傷、慢性疲労症候群、統合失調症、自殺や自傷行為を含めた神経精神障害について研究する必要がある。

作業員の白血病リスクに関する最新の研究

2013年1月に発表された論文「チェルノブイリ作業員の慢性リンパ性白血病とその他の白血病のリスクと放射能」(注12)は、上記ウクライナ政府報告書で述べられていた作業員の調査研究の延長線上にある調査研究のようである。「チェルノブイリ事故の処理にあたった作業員の低線量被ばくが白血病の有意な上昇に関連している。分析によって、慢性リンパ性白血病とそれ以外の白血病が共に放射線感受性[が原因]であると結論付けた」とある。ウクライナの作業員の被ばく線量は100mSv未満(積算)がほとんどで、低線量でも被ばくによって白血病が引き起こされることを証明した。概要は新聞報道に掲載されている(注13)

日本の作業員は1000mSvまで被ばくさせられる?

福島原発事故から4年たった日本では、チェルノブイリと逆に、作業員の被ばく限度を250mSvに引き上げるばかりでなく、生涯線量を1000mSvとして、18歳から68歳までの就労期間内に1000mSv被ばくしてよいという報告書案を、厚生労働省「東電福島第一原発作業員の長期健康管理等に関する検討会」(2015年4月17日)で合意した。事故直後に250mSvに引上げた経緯は6—6で詳しく紹介したが、チェルノブイリでは250mSvの限度値は1か月間だけとされ、100mSvから50mSvへと引き下げていったのに対し、日本では9か月間250mSvとし、一部の作業員には13か月間適用されたのである。

事故直後から放射線審議会が主張した250mSvを原子力規制委員長が事故から3年以上経過した時点で主張し、厚生労働省の有識者会議で明文化したわけである。報道では250mSvしか言及されていないが(注14)、上記検討会に提出され審議された報告書(第2次案の第4、第5 注15)には、「「仮に緊急作業を実施する事態となった場合」「事業者は、生涯線量(1シーベルト)から累積線量(緊急線量と通常線量の合算)を減じた残余の線量を全就労期間(18歳から50年間)から年齢を減じた残余の期間で除することで、5年当たりの線量限度を労働者ごとに個別に設定する」と書かれている。

この文言によると、250mSvないし1000mSvを適用するのは将来起こるであろう事故だけでなく、現在進行中の福島第一原発事故作業とも読める。生涯線量と緊急線量との関係について、計算例(p.16)が2例あげられており、それによって想定すると、45歳の作業員の場合、緊急線量を200mSv被ばくした上、通常線量5年間100mSvを被ばくした者は、残りの700mSvを、定年(68歳と想定されている)までの就労年数23年で割り、年30.4mSv被ばくしてよいという計算になっている。この計算の前提は、福島第一原発で既に200mSv被ばくした作業員が事故から5年間に通常被ばく100mSv被ばくし、合計300mSv被ばくした上で、6年目以降も作業を続けられるようにするために、年30.4mSvまではよろしいという発想である。この場合、5年間の通常線量が152mSvになるが、これも認めると読める。つまり、生涯1000mSvを達成するためには、それまでの「5年100mSv」という枠を外してもよいという案であろう。

注1:WHO (1994) International Programme on the Health Effects of the Chernobyl Accident (IPHECA): Report of the Management Committee Meeting Geneva 16-17 March 1994
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/61797/1/WHO_EOS_94.24.pdf
IPHECAプログラムに関する一連の報告書はWHOアーカイブスからアクセス可能。

注2:WHO (1994) The International Programme on the Health Effects of the Chernobyl Accident (IPHECA): Protocol for the Pilot Project “Haematology”
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/62665/1/PEP_93.10.pdf

注3:WHO (1992) Coordination of Studies of Health Risks in the Chernobyl Clean-up Workers and their Offsprings in the Baltic Countries: Report on a WHO Consultation
(バルト三国におけるチェルノブイリ作業員とその子どもたちの健康リスクの共同研究—WHOコンサルテーションに関する報告—):この報告書はWHOのアーカイブスに見当たらないが、ヨーロッパの専門家が日本で役立ててほしいと送って下さった。

注4:Keith Baverstock & Dillwyn Williams (2006), “the Chernobyl Accident 20 Years On: an Assessment of the Health Consequences and the International Response”, Environmental Health Perspectives, 2006 Sep; 114 (9): 1312-1317.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1570049/

注5:Keith Baverstock (2014) “2013 UNSCEAR Report on Fukushima: a critical appraisal”, 『科学(電子版)』第84巻第10号, e0001頁, 2014年 
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/

注6:ウラディーミル・チェルトコフ(2004)「真実はどこに?—WHOとIAEA 放射能汚染を巡って」
http://ringono.com/2012/05/24/nuclearcontroversiesvideo/

注7:ウラディーミル・チェルトコフ、中尾和美他(訳)(2015)『チェルノブイリの犯罪(上巻)—核の収容所』緑風出版。内容は
http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-1505-0n.html

注8:「『チェルノブイリの犠牲者』原発作業員の証言と現実 2003年」
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2319.html

注9:ウクライナ緊急事態省(2006)『ウクライナ政府報告—チェルノブイリから20年—未来への展望』Ministry of Ukraine of Emergencies and Affairs of population protection from the consequences of Chornobyl Catastrophe (2006), 20 years after Chornobyl Catastrophe: Future Outlook,
http://chernobyl.undp.org/russian/docs/ukr_report_2006.pdf

注10:ウクライナ政府(緊急事態省)(2011)、「チェルノブイリ被害調査・救援」女性ネットワーク(訳)『チェルノブイリ事故から25年”Safety for the Future”』
http://archives.shiminkagaku.org/archives/csijnewsletter_010_ukuraine_01.pdf

注11:「放射線白内障」の解説は放射線影響研究所のホームページに掲載されている。
http://www.rerf.or.jp/radefx/early/cataract.html

注12:Lydia B. Zablotska et al. (2013) “Radiation and the Risk of Chronic Lymphocytic and Other Leukemias among Chornobyl Cleanup Workers”, Environmental Health Perspectives, Vol. 121, No.1
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3553431/

注13:「チェルノブイリ除染で被曝、低線量でも白血病リスク」(共同)『日本経済新聞』2012/11/8
http://www.nikkei.com/news/

注14:「原発作業員の緊急被ばく限度引き上げを」NHKニュース、2015年4月17日
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150417/k10010051971000.html

注15:「東電福島第一原発作用員の長期健康管理等に関する検討会 報告書(第2次案)」、2015年4月17日開催の検討会資料4。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000083062.pdf

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