6-14-3 訳者解説:放射線被害事実調査委員会ヒヤリング

調査委員会で数人の証言者がいましたが、最初の証言者はスターングラス博士でした。目下日本で盛んに言われている「100ミリシーベルト以下はだいじょうぶ」という主張と正反対の結果が実験でも統計でも出ているため、広島・長崎の被ばく研究をもとにした考え方は改めるべきと訴えました。

証言1: スターングラス博士の報告

 スターングラス博士はヒヤリングに非常に期待した。ついに、放射線問題に真面目に取り組む立派な科学者グループと公衆衛生の役人が、知らされてこなかった放出量と死亡率の異常な上昇の証拠を公平に評価してくれると思ったからだ。最初にスターングラス博士が報告した。すでに知事に提出していた2つの報告書と未提出の発見を、スライドで示した。

  • シッピングポート原発から5マイル(8km)下流の東リバプール(Liverpool)では、心臓病による死亡率が100%増加。1954〜56年に10万人に370人だったのが、1971年には730人に増加。
  • オハイオ州全体は同じ時期に370〜390人という数字を保っていた。
  • アリクイッパでは乳児死亡率、がん、慢性疾患による死亡率が急激に上がったこと、原発が運転開始してからであること、周辺の川沿いの町も同様であることから、放射性降下物が健康全体に影響している可能性を指摘した。

日本のがん死亡率増加と同じ

 これらのデータのいくつかは、東北大学の公衆衛生の専門家である瀬木博士[4—4参照]が集め、日本の対がん協会が補助金を出した。

 放射線由来とみられる様々なタイプのがんが日本中で急激に増え、原爆投下から5,6年後から始まっていて、影響が広島・長崎だけでないことを示すデータだった。膵臓がんは1945年以前は増加しておらず、1965年になると、1200%に増加し、核実験が終わってから、増加がゆるやかになってきた。膵臓は糖尿病にも関係しているが、糖尿病は日本だけでなく、アメリカ、特にビーバー群でも急増していた。

 瀬木博士のデータからわかるのは、前立腺がんと肺がんも同じようなパターンを示し、1945年前の率から900%の増加、その後、750%に下がっていた。シッピングポート周辺も同じで、肺がんが1957-58年には10万人に22人だったのが、1970年には132人に増え、500%の増加だ。同じ時期にペンシルベニア州全体では、10万人につき22人だったのが38人に増え、増加率はわずか70%だった。

がん死亡率増加は喫煙が原因ではない

 これらのパターンは喫煙だけが原因とは言えない。ウラン鉱山の鉱夫たちで喫煙者は非喫煙者の5〜10倍も肺がん死亡率が高いことは知られていた。したがって、鉱山労働者で喫煙者は、鉱山労働でラドン・ガスに被ばくしていない非喫煙者に比べ、肺がんで死ぬ確率が25〜100倍高いことになる。結果として、ミッドランドのすでに[様々な物質で]汚染されている空気中に放射性ガスを放出することは、同じような相乗効果を生み、それはシッピングポートから1マイル(1.6km)離れた町の市民が、突然ウラン鉱山で働き始めたかのような相乗効果をもたらすということだ。

 したがって、空気中、水、ミルク、そして食事全体に含まれる放射能レベルを、1950年代のシベリアと太平洋の核実験の放射性降下物が日本に飛来した頃のがん死亡率の変化と比較したこのデータは、最近ニュークリア・サービス社(N.U.S.)の科学者たちが集めたデータの事実をはっきり確認するものだった。また、シッピング原発の過去の放出量が報告されたよりもずっと高かったという事実も確認する明確な証拠だった。

低線量被ばくの影響は簡単に見つけられる

 もう一つの証拠は、原発から放出される比較的低線量の放射線が人間の健康に影響することが簡単に見つけられることだった。

 スターングラス博士はビーバー郡とその他のオハイオ川沿いの地域で乳児死亡率が1960年と1961年に増加したという概要を示した。これは1960年4月にマッキースポート市(McKeesportペンシルベニア州)の上流20マイル(32km)地点のウォルツ・ミルズ(Waltz Mills)原発で燃料要素メルトダウン(fuel-element melt-down)の間に放射性同位体が偶発的に放出された後に増加したものである。この、ほとんど知られなかった事故から1年以内に、マッキースポート市の乳児死亡率は2倍になり、その後その他の地域と同じ程度までに徐々に減少した。

低線量がなぜ高い死亡率をもたらすのか

 質疑応答の時間に、スターングラス博士に投げかけられた疑問は、通常のバックグラウンド放射線に比べて比較的低い線量がなぜそんなに高い死亡率をもたらすのかというものだった。その答えとしてスターングラス博士があげたのが、前年の1972年3月に『保健物理』(Health Physics)誌に掲載された、カナダのマニトバ州ピナワにあるカナダ原子力研究所のエイブラム・ペトカウ(Abram Petkau)博士[4—2参照]の研究だった。

 ペトカウ博士は化学物質が細胞膜に放散される過程を実験していた。その中で、水分に囲まれた細胞膜を強力なX線の機械に被ばくさせることがあり、3500ラド(35,000mSv)という比較的高い線量を吸収すると、たいてい細胞膜が破壊されることを発見した。この線量は通常のバックグラウンド放射線の35,000年分に相当する。

 環境に存在する自然放射線や人為的放射線はずっと少量だから、細胞の大部分に与える影響という点では、この発見は確かに大きな安心材料だった。しかし、その後、ペトカウ博士はそれまで誰も試したことがないことを試した。水に少量の放射性ナトリウム塩(radioactive sodium salt)を混ぜ、低線量長時間の放射線がどう影響するか調べるために、細胞膜が破壊されるまでの全吸収線量を計測した。

 驚いたことに、細胞膜破壊に必要な線量は、3500ラド(35,000mSv)ではなく、1ラド(10mSv)の4分の3の吸収線量しか必要としなかったのだ。広島と長崎で起こったような、短時間で高強度の爆発で破壊されるよりずっと少ない量である。

 ペトカウ博士はこの実験を何度もくり返し、この憂慮すべき発見を確かめた。そのたびに、最初の発見を確認することになった。被ばく時間が長ければ長い程、細胞膜を破壊する線量は低くなる。放射線被ばくが1秒か、1日か、1ヶ月か、1年かで遺伝的損傷に違いはないという通常の場合と完全に矛盾していた。

広島.長崎の研究による仮説が覆された

 更なる実験を続けて、ペトカウ博士は何が起こっているのかを理解し始めた。細胞膜損傷の場合は、明らかに生物学的メカニズムか関わっていたのだ。それは細胞の中心のDNA分子に粒子が直撃する通常の場合と全く違うのだ。

 わかったことは、細胞液に普通に存在する普通の酸素が被ばくの過程で、毒性の強い不安定な形をつくり出し、このいわゆる「フリー・ラディカル」(free radical)と呼ばれるものが細胞膜に引き寄せられ、そこで連鎖反応(chain reaction)を引き起こし、徐々に酸化して、細胞膜を構成する分子を弱めていくのだ。そして、細胞液の中の「フリー・ラディカル」の数が、いかなる瞬間でも、少なければ少ない程、破壊のプロセス全体がより効率的に進むということだ。

 このように、一夜にして、それまでの仮説全体が覆された。広島の短時間の被ばくや、X線のような低線量で短時間の医療被ばくと比べて、非常に低く、長く続く被ばくは影響が少ないという仮説は、ある一定の条件下では、全く反対という可能性であった。低レベル、低率の被ばくは、酸素を含む生物細胞には、高率または、非常に短時間の同じ被ばくよりも害が大きいということがわかったのである。

 もはや、比較的短時間に高線量を被ばくした細胞や動物の研究をもとにして、非常に低い長時間の環境被ばくを推測することはできなくなった。放射線量とその影響について、直線的関係はもうあり得なかった。なぜなら、この仮説は、吸収された放射線が1秒か1年かに関わらず、線量とともにリスクが上がるという暗黙の想定によっているからである。もしペトカウ博士の発見が将来他の実験で確認されたら、現在のわれわれの低線量被ばく影響の理解は修正されなければならないだろう。少量の被ばくが生きた細胞にとって、われわれが認識していたよりもずっと深刻な害を及ぼすことになるからだ。

 そこで、スターングラス博士が委員会に懇願したのは、広島の高レベル高率被ばくをもとにした従来の推定に合わないという理由で、予想を上回る乳児死亡率の証拠を却下すべきではないということだった。一見無害の低線量の環境放射線による慢性的被ばくが重要な細胞や臓器に与える影響に関して、われわれの予想を大幅に修正する必要があるとスターングラス博士は訴えた。

抄訳出典:Secret Fallout: Low-Level Radiation from Hiroshima to Three Mile Island, 1981の15章「シッピングポートの放射性降下物」
http://www.ratical.org/radiation/SecretFallout/

訳者注:ペトカウ博士の発見について、スターングラス博士は1976年アメリカ議会セミナーでも説明していますが(4—2)、こちらの説明の方が素人にはわかりやすいので、抄訳しました。

 バックグラウンド放射線からも被ばく被害があるという最近の研究は4−1の「訳者解説」でも紹介しましたが、日本でも甲状腺がんの増加をめぐる専門家たちの議論の中で、いくつかの重要な研究(自然ガンマ線による白血病とがん影響、CTスキャンと白血病など)が証拠として紹介されていますから、以下を参照してください。

  • 「放射線の健康影響に関する専門家意見交換会〜第3回“甲状腺”を考える 傍聴レポート」
    (2013年12月21日 福島県白河市にて環境省・福島県主催)
    『ママレボ』2014年1月31日:
    http://momsrevo.blogspot.jp/2014/01/3.html
  • 映像:「『100ミリ以下はがん増えない』誤り〜専門家会議で一致」
    2013/12/21 OurPlanet-TV
    http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1706

 原発周辺で健康被害が広がっている報告はヨーロッパでも発表されています。

 ドイツは環境省がこのような警告を発しているのに、日本政府省庁は、これらの先行研究を無視して「100ミリシーベルト未満で、健康上の影響が出ることは科学的に確かめられていません」と公言しています。