8-5-7 森の生き物たち:チェルノブイリ事故の影響と福島原発事故の比較

チェルノブイリ事故から30年近くたった2014年にヨーロッパの森林に生息する動物の放射能汚染度が急上昇しているという報道があるのに、日本では高線量のイノシシを食べる会が開催されるなど、驚くべき対応です。日本の森の生き物達にどんな影響が出ているかの研究も紹介します。

チェルノブイリ事故から30年近くたっても野生動植物の放射線量は下がらず

 8—5—5で紹介したように、チェルノブイリでは30年近くたった今、放射能の危険性は森に潜むとされている。また、8—5—1で紹介したコーデックスの警告でも、「森の野生の食物の汚染度は続くか、むしろ上昇する」とされている。これらの警告を実証する事例が報道された。

 2014年9月にノルウェーのトナカイの放射線量が急激に上がり、2012年にセシウム137が1,500Bq/kgだった地域のトナカイが2014年後半には8,200Bq/kgを記録したという報道が『タイム』の科学欄(注1)に掲載されている。理由は山のキノコだという。放射線を吸収しやすいタイプの「ジプシー・マッシュルーム」がチェルノブイリ事故から30年近くたった今も多い地域で、トナカイが食べた結果の放射線量急上昇だろうという。

 同じくドイツでも「チェルノブイリ原発事故から28年たった今でも、700マイル(1,120km)離れたドイツで放射性イノシシという形で影響が現れている」と、『テレグラフ』紙の記事(注2)が伝えている。ドイツのハンターたちが殺したイノシシは放射線計測を義務づけられており、600Bq/kgを超えると廃棄しなければならない。サクソニー地方では年間752頭測定され、297頭が制限値を超えた。販売目的のハンターがイノシシを廃棄処分にする場合、政府は賠償金を払わなければならず、経済問題に発展しているが、ハンターにとって賠償金は廃棄処分のコスト分しかないという。ドイツの放射性イノシシ問題は今後50年は続くと専門家は予想している。

高線量のイノシシを食べる会の人々

 ドイツで600Bq/kgのイノシシは廃棄処分と決められている一方、日本では800Bq/kgのイノシシを食べる会が催された。8—5—1で紹介した伊達市のシンポジウムのグループが集まったようだが、主催者は『ダイヤモンド・オンライン』で「原子力推進派」と紹介されている澤田哲生氏(東京工業大学助教授)である。参加者の一人、ジャーナリストの石井孝明氏が紹介する会の主旨(注3)は伊達市のシンポジウムと同じだ。参加者の半谷氏によると、800Bq/kgの肉が「お椀に2杯で80Bq、損失余命は20才の若者なら30秒、50才は5秒程度」など、伊達市シンポジウムで岡敏弘氏が発表した「損失余命」論を披瀝していたようだ。石井氏がどういう立ち位置の人物かは、Global Energy Policy Researchのサイトに掲載されている数々の記事でわかる。「福島で甲状腺がんは増えていない」、「早期の避難解除」、「無駄な除染を止め、無駄な社会コストの拡大を止めよ」、「補償は過剰」等々、事故の被害者をバッシングしているようなコメントが多い。

 これらの人々は「低線量では被害はない/少ない」と声高に訴え続けるが、2015年のアメリカ議会は「福島第一原子力発電所の事故を受けて、低線量放射線の研究を強化する」方向だと、『サイエンス』(注4)で報道されている。2015年1月7日に超党派による議案が下院で採択され、エネルギー省の「低線量放射線研究プログラム」を強化することになりそうだという。福島事故で低線量被ばくの影響について懸念が広がり、米国科学アカデミーによる研究を求める声が高まり、原子力産業界もこの動きを歓迎している。「我々も低線量被ばくの健康被害についてもっとよく知る必要がある」と、原子力産業の中心グループである原子力研究所が声明を発表したという。

 原発過酷事故の当事国である日本で逆の動きが加速化し、被ばくした子どもたちが置き去りにされているのは異常事態だ。この異常さを指して、伊達市シンポジウムでUNSCEARの元委員が「事故後に20mSvに引き上げられたのだから、あなた方は数字を操作することができるわけで、同じ論法で1000Bq/kgを20,000Bqに上げることは簡単にできるはずだ」という皮肉な侮蔑的なコメントをしたのだろう。それとも、真面目な提案であろうか。

IAEA会議における報告

 食物の放射能汚染に関連のあるIAEA(国際原子力機関)会議での報告を紹介する。2014年2月17日から21日にかけて行われたIAEA会議で伊達市の仁志田昇司市長が報告(注5)したが、その中で地域の名産品として「あんぽ柿」を紹介し、結びの言葉に、IAEAが健康管理の基準として年間5mSvを推奨していることに感謝すると述べている。一方、同じ会議で放射線医学総合研究所の田上恵子氏が柿のセシウム汚染について報告している(注6)。千葉で2011年4月から2013年10月までに採取された柿の葉や実を分析した結果、あんぽ柿や干し柿には乾燥の過程でセシウムの濃縮傾向が見られるという。

 同会議で注目すべき報告として、「福島原子力発言書事故の初期段階に放出されたセシウムを含む球状粒子の性質」(注7)があった。セシウムにもパーティクルがあるという発見で、気象庁気象研究所の研究グループの論文が『Nature Scientific Reports』(2013年8月30日 注8)に発表された。この日本語抄訳が「放射線防護に関する市民科学者国際会議」サイト(注9)に掲載されている。論文で指摘されているように、健康への影響を考える上では重要な発見だという。

福島原発事故による放射線の影響

 福島原発事故の影響が動物や昆虫に現れている研究論文が出ている。

・オオタカの繁殖率減少:

 2015年3月24日に『Nature Scientific Reports』に掲載された「福島第一原発事故がオオタカの繁殖に及ぼした影響」(注10)という論文で、福島原発から100 km以上離れた関東地方に生息するオオタカの繁殖生態を事故前の19年間と事故後の3年間を観察比較した結果である。要約が朝日医療サイト『アピタル』(注11)に掲載されている。

 2011年は事故前とそれほど違いは見られなかったが、2012年と13年には明らかに繁殖が減り、ふ化や巣立ちしなかった率と空間線量との相関関係が見られるという。原子力推進派の常套句である「経済的心理的ストレス」による疾病率死亡率上昇というのは、オオタカの場合当てはまらないので、明らかに福島原発事故による影響、特に内部被曝の影響があるという結論だ。

・ニホンザルのセシウム蓄積量:

 ニホンザルの筋肉に蓄積したセシウムの量を調査した研究論文も発表された。「福島第一原子力発電所事故後の15ヶ月に野生のニホンザルに蓄積された放射性セシウム」(2013 注12)では、2011年4月〜2012年6月まで福島県が有害駆除として殺した福島市の森林に生息するニホンザル155頭を調査対象とした。

 その結果、土壌汚染が10万〜30万Bq/㎡の地区で4月に捕獲されたサルの筋肉中セシウム量は6,000〜25,000Bq/kg、5〜6月には急速に減り、6月以降は1,000Bq/kgを維持したが、2011年12月〜2012年3月には2,000〜3,000Bq/kgに増え、2012年4月には1,000Bq/kgに戻るというパターンだった。冬期にセシウム量が増える理由は、2011年11月〜2012年3月の毎月の放射性降下物が20,000Bq/㎡以上あったことから、サルが放射性核種を摂取したからだと予想される。この期間に福島原発から新たな大量放出も、空間線量の上昇や雪による放射性物質の増加も観測されていないため、地上の降下物が風に巻き上げられて、この期間の降下線量の上昇になったのかもしれないと、この論文では結論付けている。

・ニホンザルの血球数減少:

 上記の研究グループが放射能によるニホンザルの健康影響を調査した。「福島第一原子力発電所の惨事後の野生ニホンザルの血球数減少」(2014 注13)で明らかになったのは、比較対照とした青森県下北半島生息のニホンザルの筋肉中セシウム量が下限値以下で、血球数の減少も見られなかったのに対し、福島県生息のニホンザルの血球数(白血球、赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリット)の減少は、その地域のセシウム量の多さと比例している。特に子どものサルの白血球数はセシウム量と比例して顕著な減少が見られる。

 論文では、チェルノブイリの事例からも、被ばくによる血液の影響は年齢で異なることを示しているとし、骨髄中の造血機能の低下によって起こったのだろうと結論付けている。この結果、免疫機能に影響があり、感染症にかかりやすくなるだろうという。ちなみに、血球数の減少に対して、このサルたちが既に感染症にかかっていたか、栄養失調だったかという点も調査し、この研究グループは2008年から福島市で捕獲されたニホンザル1000頭以上を調査していて、この地域で血球数を減少させる感染症や栄養失調はなかったので、事故後のサルの血球数減少は放射能の影響だろうという。

・事故後3年間の蝶の死亡・異常率:

 本サイト6—1「訳者解説」4—9「訳者解説」で紹介した琉球大学理学部生物系大瀧研究室グループの蝶(ヤマトシジミ)の研究の最新論文(2015年 注14)では、福島県(福島市・本宮市・広野町・いわき市)、茨城県(高萩市・水戸市・つくば市)の成虫の異常率が急速に増加し、2011年秋(5世代目)にはピークに達したという。「1世代の期間が約1か月」のヤマトシジミの「異常率の空間的・経時的な変化」を調べる研究は貴重だ。また、野外採取した個体の子世代を沖縄で飼育し、幼虫からさなぎ期までの死亡と成虫期における形態異常を含めた異常率を調べた結果、2011年秋(5世代目)〜2012年春(7世代目)でピークに達した。「飼育個体の異常率レベルが野外個体よりも高かったことから、野外個体群では実際にはさらに多くの死亡と異常が出現していたことを示している」という。

 人間に置き換えて考えてみると、1世代25年サイクルとして、7世代目=175年目までは死亡と形態異常率の上昇が続くということだろう。チェルノブイリの場合も、30年近くたった現在も放射能汚染が続き、上昇さえしているのは見てきた通りだ。

注1:Nolan Feeney “Reindeer Radiation Levels Unusually High This Year” (トナカイの放射線量が今年は異常に高い) 2014年10月6日
http://time.com/3476496/reindeer-radiation-levels-unusually-high-this-year/

注2:Justine Huggler, “Radioactive wild boar roaming the forests of Germany”, (ドイツの森を放射性イノシシが歩き回る) 2014年9月1日:
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/germany/11068298/Radioactive-wild-boar-roaming-the-forests-of-Germany.html

注3:石井孝明「放射線量の高い福島県産イノシシ肉を食べてみた」Global Energy Policy Research, 2014年12月22日 
http://www.gepr.org/ja/contents/20141222-01/

注4:Emily Conover “U.S. lawmakers looking to intensify DOE’s low-dose radiation research”(アメリカ議員たちがエネルギー省の低線量放射線研究を強化する方向), 12 January 2015:
http://news.sciencemag.org/health/2015/01/u-s-lawmakers-looking-intensify-doe-s-low-dose-radiation-research

注5:この会議の全体プログラムと報告のpdfはIAEAホームページからアクセス可。
http://www-pub.iaea.org/iaeameetings/cn224Presentations.aspx
Shoji Nishida “The Impact of the Fukushima Accident in Date City”, 20 Feb. 2014
http://www-pub.iaea.org/iaeameetings/cn224p/Session14/Nishida.pdf

注6:Keiko Tagami and Shigeo Uchida “Radiocesium concentration change in persimmon fruits with time: do we need remedial action for the fruits trees from now?”(柿の放射性セシウム濃縮の経年変化—果樹に対する回復作業が今後必要か?), 17 Feb. 2014
http://www-pub.iaea.org/iaeameetings/cn224p/Session5/Tagami.pdf

注7:Yasuhito Igarashi “Characteristics of Spherical Cs-Bearing Particles Collected during the Early Stage of FDNPP Accident”, 17 Feb. 2014
http://www-pub.iaea.org/iaeameetings/cn224p/Session3/Igarashi.pdf

注8:Kouji Adachi et.al “Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident”, Scientific Reports 3, 2554, doi: 10.1038/srep02554
http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/full/srep02554.html

注9:「福島原子力発電所事故の初期段階に放出されたセシウムを含む球状粒子」『放射線防護に関する市民科学者国際会議』
http://csrp.jp/posts/1020

注10:Kaori Murase et al. “Effects of the Fukushima Daiichi nuclear accident on goshawk reproduction”(福島第一原発事故がオオタカの繁殖に及ぼした影響), Scientific Reports (24 March 2015) 5:9405 DOI: 10.1038/srep09405
http://www.nature.com/srep/2015/150324/srep09405/full/srep09405.html#t4

注11:「原発事故後に繁殖率が低下 名市大、オオタカ調査」『アピタル』2015年3月26日
http://apital.asahi.com/article/news/2015032600028.html

注12:Shin-ichi Hayama et al. “Concentration of Radiocesium in the Wild Japanese Monkey (Macaca fuscata) over the First 15 Months after the Fukushima Daiichi Nuclear Disaster”(福島第一原子力発電所事故後の15ヶ月に野生のニホンザルに蓄積された放射性セシウム), PLOS ONE, July 2013, Vol. 8, Issue 7
http://www.plosone.org/article/fetchObject.action?uri=info:doi/10.1371/journal.pone.0068530&representation=PDF

注13:Kazuhiko Ochiai et al. “Low blood cell counts in wild Japanese monkeys after the Fukushima Daiichi nuclear disaster”( 福島第一核惨事後の野生ニホンザルの血球数減少), Scientific Reports, 24 July 2014, 4:5793, DOI: 10.1038, srep05793
http://www.nature.com/srep/2014/140724/srep05793/full/srep05793.html

注14:日本語抄訳が琉球大学理学部生物系大瀧研究室の「フクシマプロジェクト」ページに掲載されている。
http://w3.u-ryukyu.ac.jp/bcphunit/fukushimaproj.html

論文:Atsuki Hiyama et al. “Spatiotemporal abnormality dynamics of the pale grass butterfly: three years of monitoring (2011-2013) after the Fukushima nuclear accident”(ヤマトシジミにおける異常率の時空間的な動態:フクシマ原発事故後3年間(2011-2013)のモニタリング調査),BMC Evolutionary Biology, (2015/1/27), doi:10.1186/s12862-015-0297-1
http://www.biomedcentral.com/content/pdf/s12862-015-0297-1.pdf

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