モーガン:エレット博士、EPA(環境保護庁)はどうですか?
エレット(環境保護庁基準局、放射線プログラム部):私はこの数字ゲームが大嫌いです。放射線のある特定の線量でがんの可能性を見るべきだし、この線量を被ばくする人の可能性を見るべきなのです。アメリカの人口にストレートな掛け算をすると、環境保護庁の制限値は彼[訳者解説参照]が示した数字になることは本当です。しかし、制限値というのは人々が受ける線量ではありません。これ(制限値)は相当被ばくした人々に対する線量です。環境保護庁の調査で覚えているのは、アメリカ合衆国の誰もが原子力産業から受ける平均線量は年間半ミリレム[5μSv, 0.005mSv]ぐらいの数字です。ウラン核燃料サイクル(U.F.C.)の制限値の40分の1以下です。
エレット:これがわずかの健康影響しかもたらさないと言っているわけではありません。ただ、基準値というのは最も被ばくした人のために設けられるものだということを覚えておいてほしいのです。人口すべてが最も被ばくしたグループではないという意味なのです。
ただ一つの例外は職業被ばくで、確かに法的制限値ぎりぎりまで被ばくしている人たちかもしれません。でも、平均的放射線従事者がその人たちというわけでは決してないのです。環境保護庁は目下職業被ばくの基準を見直しているところです。現在入手可能なデータから平均的作業員が受ける線量がどのぐらいか見つけるのは非常に難しいのです。
年5レム[50mSv]という線量を生涯被ばくする職業被ばくグループには、BEIRのリスク測定を使うと、たとえば、絶対リスクモデル(absolute risk model)を使うと、がんによって短くなる彼らの寿命短縮年数は10分の3から半年程度、相対リスクモデル(relative risk model)を使うと、1.6倍大きくなるようです。ですから、職業人生を通して年間4〜5レム[40〜50mSv]被ばくする職業の危険性は寿命短縮の平均年数が1年となります。これがBEIR報告書で示されている推定に似た数値です。
そもそも、年間5レム[50mSv]のリスクが比較として公平なものかわかりません。核産業における職業被ばくの平均値として年間1レム[10mSv]は非常に高いように見えます。我々のデータによると、年間1ラド[10mSv]の10分の2ぐらいですが、そのデータでは多くゼロが平均としてあることも知っていますから、平均的職業被ばくはその5倍、たとえば、年間1レム[10mSv]程度だと思います。
申しましたように、年間5レム[50mSv]被ばくする作業員1人につき、寿命短縮はおよそ半年です。これを計測した疫学調査は、被ばくした全従業員のサイズに関係なく[少人数でもという意味か?]私が知る限りありません。年間5レム[50mSv]の放射線リスクと、各産業内での事故死のリスクを比べてみてください。我々[環境保護庁で]はこの比較をし、年に5レム[50mSv]被ばくする放射線従事者の割合は、すべてのアメリカの産業における平均的リスクの2倍から3倍です。
どの産業でも、リスクが高い仕事をする人とリスクが低い仕事をする人がいます。原子力作業員から最も高いリスクを取り出して、別の産業の平均と比較するのが完全にフェアかわかりません。原発作業員のリスクと農業従事者のリスクは匹敵するもののようです。農業は特に安全な職業というわけではありません。
バーテル博士(1976年当時、国立がん研究センターのロスウェル・パーク記念研究所研究助手):まず最初に、私は作業員に関する1974年報告書の数字を持っています。原発と燃料処理と製造業の被ばく量ですが、1ラド[10mSv]を超えた作業員が5,342人います。アメリカの原発職員の平均被ばく量は0.965ですから、1ラド[10mSv]ということです。ここで私たちが話しているのは、この被ばく量についてです。
早期老化について話したいのですが、エレット博士、あなたがおっしゃっていることを私なりにまとめると、寿命短縮と違います。あなたはずるいですよ。
エレット:私は早期老化について話したのではありません。がんによる早期寿命喪失(premature loss of life)について話しただけです。
バーテル:それなら結構。
エレット:私の話し方が明確でなかったら、申し訳ありません。
モーガン:もし、話したくてしょうがないことがあるというのでなければ…。
ブロス博士(ロスウェル・パーク記念研究所生物統計学部長):数字ゲームだという話が出ました。BEIR報告書を作った人の目的ではなかったかもしれませんが、BEIR報告書はこのような数字ゲームに恰好の生材料を提供しています。我々の「3州調査」の結果についてお話ししたい。妊娠前と妊娠中に放射線に被ばくした女性の子どもで白血病を発症した全件数の3分の1は、放射線が原因でした。本当に正確に特定できるのです。
数字、特に大きな数字や統計が嫌いな人が多いことも知っていますから、もう1点だけ言いたいのです。
核燃料サービスの作業員の被ばくについて書いた1974年10月の手紙のコピーがここにあります。ご存知のように、緊急時のピーク被ばく許容量は年間12レム[120mSv]で、~歳までの長期被ばくは年数に5レム[50mSv]を掛けます。この被曝量は大きすぎるわけではありません。ホールボディ被ばくは1レム[10mSv]以下、0.8レム[8mSv]です。それで何が起こったかというと、この若者はくるぶしに[放射性物質を]こぼしてしまった結果、2ヶ月しか働きませんでした。その結果、彼は規定数値を超えてしまい、2ヶ月という短い期間が彼の働いていた全期間です。しかし、その後子どもが二人生まれました。二人ともホルダー症(Holder’s Syndrome)という非常に珍しい病気の犠牲者です。これは遺伝性疾患で、ある酵素が不足しているという現れ方をする劣性遺伝子がかかわっています。この場合、放射線が何らかの形で寄与因子となっているということは、たった一つの症例では確証、100%確証は持てません。一つの症例ではできません。だからこそ、大規模な調査研究が必要なのです。でも、その調査から得られるのは、数字ゲームの全体的な数字などで、それは非常に抽象的なのです。一方、たまたまこのような被ばくをした人にとっては、本当に現実問題なのです。この若者が言うように、時給3.75ドルでも、割りの悪い仕事だったのです。
リッチモンド博士(オークリッジ国立研究所生体医学環境部副部長):数字ゲームについて、いくつかコメントが出されました。確かに科学分野の人にとっては問題になることもあります。リスク推定を出す方法に含まれていることの実際は、可換性(commutativity)の原則です。つまり10億人(1 billion people)に10〜3、または1ミリレム[0.01mSv]与えるのと、100レム[1000mSv]を10,000人に与えるのと、理論的には同じがん数になるということです。もちろん、これは事実と違います。
スターングラス:どちらも間違いでしょう。
リッチモンド:それが言いたかったことです。放射線が平均より高い線量になる場合、がんの状況を過小評価することになります。このアプローチにつきまとう問題だと思います。その古典的な例が物事の連鎖を変えることはできないからです。可換性の原則の最もいい例が、ソックスを靴の上からはくのと、靴をソックスの上からはくのと同じではないということです。数字ゲームの例は、深刻だというつもりはありませんが、どんな問題が生じるかのヒントになります。
アメリカでは現在、アスピリンの摂取量が一日約40トンで、アメリカ全土ですが、平均1グラムの摂取によって、消化管出血で1人1ミリリットルの血液を失うことになります。アスピリンを摂取するのは、リスク便益があり、体によいからです。同じ原則を使って、人—レム線形仮説で簡単な算術によって出てくるのは、人間が4リットルの血液を失うと致死的ですから、この1日40トンというのは1日に10,000人の死者を生み出すということになります。
さきほど申し上げた資料に賢明なガイダンスがあると思います。米国放射線防護委員会(NCRP)publication 43ですが、人—レムの概念を誤って使うと危険だということについて書かれています。
資料:「アメリカにおける電離放射線量の推定」環境保護庁、放射線プログラム、1972年8月