4-6 ホットパーティクル仮説の重要性が見落とされている

このセミナーの7年前にコロラド州ロッキー・フラッツ核兵器施設で大規模火災があり、大量のプルトニウムが飛散して、土壌汚染測定をしたマーテル博士にはプルトニウムのホットパーティクル問題が深刻なことがわかっていました。


エドワード・マーテル博士:さきほどのボンド博士の発言、BEIRレポートが不十分だという発言についてコメントしたいと思います。BEIRレポート作成中は、内部放射線について全く考慮されていませんでした。特にアルファ線の内部被ばくについて、「ホットパーティクル」仮説について議論されたことはありません。この仮説はプルトニウムによるがんリスクなど、かなり深刻な意味があり、ようやく最近考慮されるようになったばかりです。ですからBEIRレポートでは触れられていません。この他にも問題があると指摘してきました。人間の軟部組織の中で放射線を発する不溶性アルファ線の粒子はがんリスクを引き起こしますが、この問題も全く議論されていません。

 アルファ線の内部被ばくによるがんリスクの問題は臓器への負荷を平均化することによって、全体が平均化されてしまいます。我々の軟部組織内でのアルファ線がどう分布するのか、その結果どうなるのか考えもせず、平均化してしまうのです。この点で、本当の問題は、複数の変異プロセスが体内のアルファ放射線による慢性的内部被ばくに適用されるべきか否かです。もしそう[適用される]なら、アルファ放射線による内部被ばくの健康への影響を過小評価してきたことになります。

 この影響を除外してきたことは、遺伝子への影響にも及びます。特にBEIRレポートでは内部被ばくはたった18%しか寄与しないとされているからです。遺伝子的に優位なバックグラウンド放射線量に均一的にたった18%とされているのは問題です。人間の臓器に内部放射能がどのように分布しているかを研究して来た者は、自然放射線と人為的放射線には広範囲のヴァリエーションがあることを知っています。過去数年間の研究論文で、生殖腺にプルトニウムが存在し、それが軟部組織にかなりの高濃度で分布し、精子により高線量の放射線をもたらすことがわかってきました。その上、喫煙者の精子にポロニウム210がより高濃度で濃縮することもわかっています。

 内部被ばくとそのマクロ分布、特に精子と卵子にアルファ線が濃縮することは深刻な問題でありながら、全く無視されてきたのです。BEIRレポートの6章を読むと、人間の遺伝子影響のわずか2,3%、あるいはそれ以下が放射線の影響で、それ以外は放射線以外の変異源だと言っているようです。しかし、アルファ線やその他の放射性同位体による内部被ばくがその他の遺伝的影響に大きな役割を果たしていると考えられるのです。

リッチモンド:マーテル博士のコメントに対して申し上げたいことがあります。2点ありますが、特にプルトニウムやアクチノイド元素が人体に不均一に分布していることについて、我々が無知だとか知識に欠けるとかの申し立てについてです。この件は、ホットパーティクル仮説として知られており、2年ほど前に複数の政府機関に出された嘆願書があります。職業被ばくの基準を100倍から1000倍低くしてほしいというものです。

 この問題を研究した論文が複数ありますので、読み上げますが、この仮説を支持することはできないという結論です。つまり、現行基準に深刻な欠陥があるという仮説を支持するような科学的根拠はないということです。これらの論文では、現在の放射線基準の計算方法を認めています。その研究機関には、イギリス放射線防護委員会やアメリカ生物物理学会が含まれています。その報告書は出版されていて、市民がアクセスできるのです。(中略)それに、1974年には米国環境保護庁の公聴会が開催されて、この問題も審議されました。

 英国医学研究審議会もこの問題を審議し、アメリカ国立放射線防護委員会も審議しました。原子力規制委員会も審議しました。アメリカ科学アカデミーは現在この問題を審議中です。この件のとてもいい要約が1976年4月12日発行のアメリカ連邦官報に掲載されています。これは原子力規制委員会がこの仮説を否定したという内容です。

 もう1点の問題提起は、これもプルトニウムやアクチノイドが生殖腺組織に存在することについて、我々が情報を持っていないという申し立てですが、これについても我々は論文として発表しています。ここに最近の論文がありますが、人間の生殖腺組織に存在するプルトニウムやアクチノイド元素の濃縮についてです。健康物理学ジャーナルに発表されましたから、議長は長年このジャーナルに係っていらしたので、ご存知だと思います。この論文が証明したのは、人間の生殖線組織にプルトニウムの濃縮はないということです。もちろん、放射線の影響は知っていますし、生殖腺組織における高い放射線ということも理解しています。

訳者注:リッチモンド博士の述べていることは、4-7-1「ホットパーティクル仮説論争」で詳しく説明します。

カルディコット:どうやって基準を決めたらいいのかわかりません。私たちがこのまま増殖炉を続けて、莫大な量の核分裂生成物を作り続けたら、現行の基準が意味することは何か、将来起こることは何かわかりません。(中略)2年前にハンフォードで高濃度の放射性廃棄物、115,000ガロン(435,309リットル)が土壌に洩れたことはわかっています。それがどこかもわかっていますが、止めることができません。コロンビア川に近づいているのです。

 核分裂生成物が食物連鎖に濃縮していることもわかっています。ミルクに特に濃縮し、赤ちゃんはミルクを飲むのです。また、プルトニウム3μキューリー(11万Bq)が肺に蓄積し、それは量としては小さいのですが、1年たつと肺全体で2,000レム(2万mSv)の放射線をつくり出すことになるのです。これは低線量ではありませんが、わずかな量のプルトニウムです。

 最近の論文によると、プルトニウムは肺よりも生殖腺に濃縮し、腸ではなく、肺から吸収されて、2倍の濃度で生殖腺に濃縮するそうです。ですから、未来の世代のためにといって、増殖炉に進んでいく時に、今の基準で規制したり、モニターしたりできるのか全く理解できません。

リッチモンド:多くの点をあげられましたが、最後の点について述べます。肺と比較して、生殖腺にプルトニウムの濃縮が認められる証拠があるとおっしゃいました。その論文は私が書いたもので、結論はあなたがおっしゃるようなものではありません。その結論を導き出すことはできますが、問題の結論は、プルトニウムが生殖腺組織に選択的に濃縮されるわけではないというものです。そのデータが示すことは、軟部組織に濃縮メカニズムはないという点で、興味深いことです。リンパ組織に濃縮する可能性はあります。なぜなら、プルトニウムが肺から近くのリンパ節に移行する経路のせいです。しかし、軟部組織にはっきりと濃縮されるわけではありません。

 この状況の統計を見て、たとえば、何人かの研究者はこのデータを見て、間違った結論を得たのです。立ち止まって考えれば、吸引されたすべての物質が肺にしばらくとどまり、その後しばらく別のどこかにとどまるわけですから、肺の放射線レベルは下がり、他の組織の放射線レベルは上がるわけです。私はこの点について強く反論したいと思います。以上です。

訳者注:リッチモンド博士の最後の段落は論理破綻しているようですが、原文を参照して下さい。
If you look at statistics of the situation, for example, some people have looked at that particular set of data and made, I think, wrong conclusions—if you stop to think about it, all the material, if inhaled, is in the lung at some time and at some later time it is somewhere else. So the level in the lung decreases while it is increasing in other tissue. I would argue that point very seriously. That is all. (p.29)
訳者解説:

エドワード・マーテル博士(Edward Martell: 1920?—1995)

 議事録には「現在、コロラド州アメリカ大気研究センター、その前は空軍戦略司令部の高度フォールアウトのアドバイザー」と肩書きが示されている。1962年から国立大気研究センター(National Center for Atmospheric Research, NCAR)の放射化学の研究者だった。マーテル博士が放射能の危険性を意識し始めたのは、マーシャル諸島における核実験に参加してからだという。そして、放射線の影響を追求する研究者として、反核の活動家としての道を選んだ。このセミナーの6年前、1969年5月11日にコロラド州デンバー近くのロッキー・フラッツ核兵器製造施設で、アメリカ史上最大の産業火災と言われる火事があった。

 マーテル博士は火災によって飛散するプルトニウムを心配して、ロッキー・フラッツに施設近辺の土壌サンプルを検査するよう依頼したが、断られたため、同僚と一緒にサンプル収集し検査した。その結果、バックグラウンド放射能(それまでの核実験で蓄積した放射能)の400倍のプルトニウムを検出した。1970年2月に、マーテル博士たちはロッキー・フラッツとコロラド州保健省の担当者に伝えたが、核施設の担当者は火災由来のものではないと主張した。今回検出されたのは、1954年から1968年の間にドラム缶から漏れ出たものか、1957年の火災由来のものだと言ったので、初めて1969年以前のプルトニウム放出が知られることになった。この会議に同席していた商務省の官僚は、マーテル博士の同僚が商務省関係者であることと、NCARはアメリカ国立科学財団が資金提供している団体だと知り、「個人的には国の1組織が別の国の組織を批判するのは許せない」と述べたという。これがマーテル博士のキャリアに影響してくる。

 マーテル博士の活動によって、重大な放射能汚染問題が明らかにされ、それ以降、市民運動が盛んになる。1972年のアメリカ議会選挙のさなか、ロッキー・フラッツ東部の住民たちは庭土を集めて、選挙運動中の候補者に突きつけ、放射能検査をして、ロッキー・フラッツをどうするのか説明せよと迫った。この運動がメディアの注目を引いて、政治家にとって無視できない問題になった。そして1975年には施設を閉鎖するよう要求する市民運動につながっていった。実際に核兵器製造から閉鎖除染へと変換したのは1992年だった。

 コロラド州政府はロッキー・フラッツの汚染状況を受けて、1973年にプルトニウムの基準を厳しくしたが、2ヶ月後には10倍にゆるめた。マーテル博士は1975年に州政府の基準が20倍ゆるすぎて、市民の健康を守ることはできないと批判したが、この基準は現在まで変わらない。一方、原子力委員会はマーテル博士を攻撃/批判するために、独自の専門家にマーテル博士の土壌汚染測定結果を検証させた。その専門家、クレイ(P. W. Krey)はマーテル博士の「測定結果が正確で、採集技術、科学の知識など、マーテル博士は非常に優秀な科学者だ」と判定した。

 しかし、マーテル博士が「内部告発者」として迫害されたことは、彼が国立大気研究センターを退官するまで昇格されなかったことだと、同僚が証言している。英語のwhistleblowerを「内部告発者」と訳すが、英語は笛を吹く人という意味で、周囲に危険を知らせる人というプラス・イメージ強い。警官が違法者に対して警告することからきているという説もあるが、「笛を吹く人」を幅広く捉えれば、勇気ある正義の人のイメージが強い。だからこそ、マーテル博士の同僚がわざわざ、内部告発者の資格はあったんだという含みで、senior scientist(上級科学者/研究者)に昇格されなかったと述べたと思われる。

出典:
(1) Leroy Moore, “Democracy and Public Health at Rocky Flats: the Examples of Edward A. Martell and Carl J. Johnson” in Dianne Quigley et al. (eds) Tortured Science: Health Studies, Ethics and Nuclear Weapons, Amityville, NY, Baywood Publishing Company Inc., 2011(L. モーア「ロッキー・フラッツにおける民主主義と公衆衛生—エドワード・マーテルとカール・ジョンソンの例—」、D.クィッグリー他(編)『ねじ曲げられた科学—健康学・倫理・核兵器』所収、ベイウッド出版、2011)

(2) Harvey Wasserman et al., Killing Our Own: The Disaster of America’s Experience with Atomic Radiation, A Delta Book, 1982 (原題は「我々の仲間を殺している」と訳せるし、含みとしては「自国民を殺す政府・原子力ムラ」とも「自分たちの子どもを殺す政府・原子力ムラ」とも、あるいは何もしないことによって、国民自身が仲間を子ども達を殺していると読める。邦訳:ハーヴィ・ワッサーマン、茂木正子訳『被爆国アメリカー放射線被害の恐るべき実態』早川書房、1983)原書は著作権を持つ原著者の許可のもとにネット掲載されている。
当該箇所は8章:http://www.ratical.org/radiation/KillingOurOwn/KOO8.html

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