15-2でクリス・バズビー博士が述べている1998年のヨーロッパ議会では、ロザリー・バーテル博士も発表していた。その論文が「核の責任のためのカナダ連合」(Canadian Coalition for Nuclear Responsibility)のサイトに掲載されているので、抄訳する。長い論文だが、福島事故後の健康被害について考えるときに参考になる事実ばかりなので、比較しながら紹介していく。バーテル博士が本サイトの「1976年米国議会セミナー」で、低線量被ばくは早い老化を引き起こすと警告した時、彼女は47歳だったが、1998年のヨーロッパ議会発表時は69歳である。証拠を積み上げて、ICRP(国際放射線防護委員会)が設定する「被ばく許容レベル」がいかに危険なものかを説得する情熱は、子ども、世界市民、環境を守りたいという思いのほとばしりと読み取れる。そのバーテル博士も2012年に逝ってしまった。
「作業員と一般市民を電離放射線から守るICRP勧告の限界」と題し、1998年2月5日にブリュッセルで開かれたヨーロッパ議会ワークショップでのプレゼンテーションとされている(注1)。以下に項目別に箇条書きで紹介する。
ICRP(国際放射線防護委員会)の限界
- ICRPは作業員と一般市民の健康を損なわないための被ばく限度の勧告をするのではなく、原子力産業の利益のために、個人と社会にがまんさせる被ばくレベルはどの程度までかを決め、リスクの「受容性」についての自分たちの価値判断による「リスク便益得失評価」を提示しているだけである。
- ICRPの決定者である主委員会の13人の委員は、電離放射線産業の被雇用者か、政府の規制当局の人間かで、特に核武装プログラムを持つ国からの委員が主である。彼らの既得権益は明らかである。
- 1952年に物理学者が加わって形成されたICRPは公衆衛生のために、市民の立場に立ったことがない。大気圏核兵器実験に抗議したことも、兵士たちを意図的に被ばくさせることに抗議したことも、ウラン鉱内の換気装置不足に抗議したことも、医療X線の不必要な使用に反対したこともない。
- ICRPは非常に非民主的で、その構成は職業倫理に反している。自己任命制で、無限に継続可能になっている。
- ICRPのような放射線の使用者団体が許容被ばく基準を決めるのは、まるでタバコ産業にタバコ規制を決めさせるようなものだ!
- ICRPの定款では、放射線使用者[原子力・核産業界]と政府規制当局(たいてい使用者のランクによる。筆者注:原子力/核関連企業・研究機関や規制当局のランク順か)だけから構成されることになっている。
- ICRPの勧告に従った国で起こる結果の責任をICRPは取らない。ICRPは単に勧告するだけで、規制を決め、採用するのは各国の規制当局だと、ICRPは強調する。しかし、国のレベルでは、政府は放射線規制を決めるための研究調査をする予算はないから、ICRPの勧告に従うのだという。現実世界でこれが意味することは、放射線によって起こる死や障害に対して、誰も責任を取らないということである。
ICRP主委員会の日本人委員
20年近く前にバーテル博士が指摘し、鋭く批判したICRPが福島原発事故に際して行ったことが、そっくり当てはまる。事故直後に日本政府に対して、「20〜100ミリシーベルトをそのまま変更することなしに用いることを勧告します」と命令した。主権国家のはずの日本政府に命令できる団体とはどんな団体なのか調べてみた。
ICRPは慈善団体としてイギリス政府の「チャリティー委員会」に登録され、財務報告書も「チャリティー委員会」に提出している組織である。ICRPに直接寄付している日本企業や団体、省庁がある。それらを高額順に見ると、2012年はJANUS(日本エヌ・ユー・エス株式会社)、環境省、独立法人日本原子力研究開発機構となっている。財務諸表には「日本原子力研究所」の名称になっているが、2005年に「核燃料サイクル開発機構」と統合して「独立行政法人日本原子力研究開発機構」に名称変更したので、ICRPに対して名称変更を届けていないのか、ICRP側の事務処理の問題だろうか。2011年はJANUS、日本原子力研究開発機構、一般社団法人研究産業・産業技術振興協会、公益社団法人日本アイソトープ協会の順になっている(注2)。JANUSは、日揮株式会社が80%、東電が10%、関西電力と中部電力がそれぞれ5%の株主(2013年9月時点のホームページ情報)となっている会社である。
外国のチャリティー団体に政府省庁や独立行政法人が寄付をすることが許されるのか専門家にご教示いただきたいところだ。その主委員会委員を2009年から務めていた京都大学名誉教授の丹羽太貫氏がICRPの会議に出席するための旅費を電気事業連合会から受け取っていたことが2012年に報道された。丹羽氏は2013年2月28日発表のWHO報告書『2011年東日本大震災後の原子力事故による健康リスク・アセスメント』の専門家グループの委員である。WHOが選んだ専門家であり、利益相反がないことを報告書の中で宣誓している(注3, p.7)。
その後、2016年に丹羽氏は公益財団法人放射線影響研究所の理事長に就任しているが、これは利益相反ではないか。本サイトでも度々、丹羽氏の発言は紹介してきたが、乳幼児も子どもにも被ばくを許容せよというスタンスを貫き通している(4-7-2, 8-6-6参照)。
電気事業連合会から資金提供されている専門家たち
丹羽氏が電気事業連合会から旅費を受け取っていたというAP通信のスクープ記事(2012年12月6日, 注4)の概要は以下の通りである。
- 日本の放射線被ばくの基準値を決めるアドバイスをしてきた科学者たちが長年、放射線防護の会議に出席するための海外出張費を電力業界から受け取っていたことが、『国会事故調 報告書』で明らかになった。
- この科学者達の中には、被ばくリスクに関して楽観的な評価を続けている者が複数いる。中心的な科学者・丹羽太貫はICRPの会議に出席する飛行機代とホテル代を電力業界から受け取っていたことを認めた。また、海外のICRP委員の旅費も日本の電気事業連合会が払っている。
- 丹羽はこの資金提供が自分の研究に影響を及ぼすようなことはなく、福島の放射線を心配することは大袈裟すぎるという考えに変わりはないと言う。APのインタビューに丹羽は「避難した人たちは自分たちの行動を正当化するために、放射線の危険を信じたがっているだけだ」と言った。
- ICRPの日本人委員8人の何人かは、ICRPの公式見解(放射線の健康リスクは被ばくゼロで初めてリスクゼロになる)を支持せず、低線量は無害だと主張する。
- 日本のICRP委員たちは首相官邸や文部科学省の重要な委員会の委員である。
- 先月[2012年11月]、原発の安全基準を決定する委員会の他の委員も研究費その他を電力業界から得ていたことを認めた。この資金授受は日本では違法ではない。
- ICRPの主委員会のただ一人の日本人委員である丹羽は、電事連からの旅費用資金提供を他の放射線関連組織を通して受け取っていたと主張し、ICRPのプロジェクトと福島の除染のために個人的に数十万円(数千ドル)出費していると言う。ICRPの委員は、アルゼンチン——日本間のような長距離以外は、皆エコノミークラスを使っていると丹羽は言う。(筆者注:アルゼンチンの委員はアベル・ゴンザレスであろう)
- ICRPは被ばくを年間1mSvに抑えるよう推奨しているが、チェルノブイリの教訓から、緊急時の短期間は20mSvまで許容するとしている。「年間20mSvの被ばくによる健康リスクや汚染地からの避難発令のレベルは、他の発がん要因と比べたら非常に小さい」とICRPは言う。福島への助言のために日本をたびたび訪れているICRPのフランス人委員ジャック・ロシャールによると、20mSvでがんになるリスクは、従来のリスク25%に0.1%足すだけという。それほど低いリスクだが、ゼロではないので、被ばくを抑える努力はすべきだと言う。
- もう一人のICRP日本人委員、酒井一夫は一般に受け入れられている見方が誤りだと証明したいという。「しきい値なし直線モデル」として知られている、ICRPが支持する立場は、放射線は低線量でも危険で、それ以下なら被ばくが安全だというしきい値はないとされている。酒井はこのモデルが単なる「ツール」であって、科学的には根拠があるものではないだろうと言う。福島の惨事以来、酒井のサンショウウオや他の生き物の研究では、遺伝子損傷を含めて、何の異変も示していないので、人間の場合、はるかに低い線量の被ばくだから、安全だと言う。「一般人には深刻な健康被害は全くない」と酒井は言う。酒井は放射線医学総合研究所に異動する前は、電力中央研究所で低線量被ばくの影響を研究しており、その研究費を電事連から受け取っていたという。電力中央研究所も電力会社の資金で運営されていた。しかし、酒井は自分の研究が不適切な影響を受けていないと述べた(筆者注:酒井氏は2013年3月15日の外国人プレス対象の記者会見でも追及されて、中立的な科学者であることを強調した。現在この記者会見映像はフォーリンプレス・センターのサイトから削除されている)。
- 現在、福島県立医科大学の教授である丹羽は、福島の住民は可能な限り福島に残るべき;理由の一つは、放射線と遺伝子異常について根拠のない不安からくる差別を、県外では結婚などの時に経験するからだと言う。
- 国会事故調は、電力会社からの資金が2007年から出ていて、ICRPの日本人委員が放射線規制を緩めるために働きかけるよう圧力をかけ続けたことを検証した。国会事故調委員会が入手した電事連の内部文書から、自分たちの見解がICRPの日本声明に反映されたと大喜びだったことが示されている。
- 不安が引き起こされるのは福島の子どもたちの甲状腺検査で、まだがん性ではないが、正常ではない結節が見つかっていることだ。これが何を意味するか誰にもわからないが、放射線医学総合研究所理事長の米倉義晴はその心配を一蹴して、そのような異常は普通だという。彼の考えでは、リスクは全く心配するものではなく、「低線量はむしろ体にいいんですよ」と笑いながら言った。
子どもたちの甲状腺がんが184人以上に急増
この記事でインタビューされた丹羽・酒井・米倉氏は事故後6年間で184人もの福島の子どもたちが甲状腺がんを発症していることを、「深刻な健康被害ではない」「大袈裟な心配」「体にいい」と笑っているのだろうか。2017年2月20日に開催された「福島県民健康調査検討委員会」で公表されたのは、悪性・悪性疑いが総計184人だった(注5)。悪性疑いというのは手術待ちということだ。
さらに悪いことは、福島県立医大による県民健康調査の甲状腺検査の後で、「事故当時4歳の子どもが甲状腺がんと診断されたのに、専門家の委員会に報告されていなかった問題」である。民間基金「3・11甲状腺がん子ども基金」が記者会見で明らかにし、「報告されていないケースがもっとある可能性がある」と指摘した(注6)。
4歳の子どもの甲状腺がんを報告しなかったのは、甲状腺がんの増加が福島原発事故の影響ではないと言い続けている福島県立医大と原子力産業につながっている専門家たちのつじつま合わせのためとしか思えない。彼らはチェルノブイリでは4歳以下に多発したが、福島では5歳以下はいないから事故の影響ではないと強弁を続けている。それに対し、2015年3月に103人の子どもたちの甲状腺がん確定の時点で、東神戸診療所の郷地秀夫所長が反論して、「チェルノブイリ事故で4歳以下の甲状腺がんが多発したのは5年目以降」だから、事故との関係はないという彼らの主張の根拠はないという論考を公表した(注7)。しかし、その1年後に甲状腺がん及び悪性疑いが172人に増えた時点でも、山下俊一・高村昇氏ほか福島県立医大の8名の教授らが、チェルノブイリに比べて5歳以下が少ないから被ばくの影響ではないという論文を発表している(13(7)参照)。
こんな爆発的な甲状腺がんの増加は、事故当初の避難に際し、SPEEDIを適切に使用せず、市民・子どもに大量被ばくさせた上、安定ヨウ素剤を服用させなかった山下俊一氏らや福島県の対応にも原因があるだろう(8-5-3〜8-5-5参照)。山下俊一氏を筆頭に、「低線量ではがんは起こらない」(8-5-9参照)と言い続ける専門家たちは、多くの子ども・市民の健康と命を危険にさらしている。
さらに恐ろしいことは、県民健康調査の甲状腺検査2巡目で問題なしとされた事故当時中学生だった男子が、東京の病院で検査した結果、リンパ節にまで転移していることが判明したという。福島県立医大で異常なしと言われて半年後にリンパ節にまで転移していたことがわかったというのは深刻だ(注8)。もし半年間で腫瘍ゼロから転移にまで急速に発達したのなら、13(7)で紹介した2016年の論文で、「甲状腺がんは一般的に進展が遅い」と強調した福島県立医大教授8人の見解は誤りではないだろうか?
チェルノブイリ事故による小児甲状腺がん(乳頭がん)の進行の速さと転移の多さは早くから指摘され、最近ではアメリカの専門家が福島への警告として、「放射性ヨウ素に被ばくすると甲状腺がんの中でも非常にアグレッシブな[攻撃的、進行が速い]タイプを引き起こす」ことだと述べている(8-5-9参照)。これらの科学的知見を無視する姿勢が福島県立医大全体のものなら、県民の不信感が高まるばかりだろう。
甲状腺がん増加が過剰診断/診療のせいだと主張し続けた「甲状腺検査評価部会」委員の渋谷健司氏(東京大学大学院国際保健政策教授、6-4参照)らは、半年間で転移してしまったケースも過剰診断だ、手術する必要はないと言い張るのだろうか。山下氏が2016年発表の論文で、過剰診断の原因である超音波検査をやめるという含みを述べ、それに呼応するかのように、福島県が検査を縮小する動きを始めた(13(7)参照)。
福島県立医大で異常なしとされた半年後に別の病院で既に転移していることが発見された上記の事例は氷山の一角ではないだろうか。しかも、甲状腺がんの増加は福島県だけではないはずだ。14(1)のグラフで示したように、関東地方と福島県以外の東北地方に降った放射性ヨウ素の量を見ても、仮にフォールアウトを吸い込んだり、汚染食物や水を摂取していれば、危険性は高まるだろう。2011年3〜4月にかけて、どこに放射性ヨウ素131が降ったかの動画があるので確認して、甲状腺検査を定期的に受けることも必要かもしれない。日本原子力開発機構による「東日本におけるI-131の広域拡散と大気降下量(2D-動画)2011/3/12〜4/30」(注9)である。
注1:Rosalie Bertell “Limitations of the ICRP Recommendations for Worker and Public Protection from Ionizing Radiation”, For Presentation at the STOA Workshop, European Parliament, Brussels, 5 February 1998.
http://www.ccnr.org/radiation_standards.html注2:ICRPのホームページから「財務諸表はチャリティー委員会(UK Charity Commission)へ」とリンクされているので、”Report of the Trustees and Financial Statements for the Year ended 31 December 2012 for the International Commission on Radiological Protection”等にアクセス可。http://www.icrp.org/page.asp?id=172
注3:原題:Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan earthquake and tsunami, based on a preliminary dose estimation.
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/78218/1/9789241505130_eng.pdf注4:Yuri Kageyama “The Big Story AP Exclusive: Japan scientists took utility money”, Dec. 6, 2012:URLが消去されてしまったが、対訳をつけて掲載している以下のブログと、魚拓でオリジナル記事が残されている。
http://bluedolphine.blog107.fc2.com/blog-entry-972.html
http://megalodon.jp/2013-0205-0726-36/bigstory.ap.org/article/ap-exclusive-japan-scientists-took-utility-money注5:「2巡目検討へ評価部会を開催へ〜福島・甲状腺がん」OurPlanet-TV
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2102注6:「甲状腺がんの未報告問題 報告対象の見直しを要請」NHK NEWS WEB, 2017年3月31日 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170331/k10010932221000.html
(元のニュース記事は削除されているため、サイトキャッシュ-ネット上に残っている残存情報 から復元したものをリンクさせています)注7:木村信行「福島原発事故『がん無関係』に反論 神戸の医師が論考発表」『神戸新聞NEXT』
2015/7/25
https://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/201507/0008241533.shtml「経過観察後の『がん』含まれず 原発事故後の甲状腺検査診断」『福島民友』2017年03月31日
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170331-160697.php注8:「福島の青年の甲状腺がんの手術のご報告です」『河野美代子のいろいろダイアリー』2017年3月
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-e998.html注9:日本原子力開発機構「東日本におけるI-131の広域拡散と大気降下量(2D-動画)2011/3/12〜4/30」 http://nsec.jaea.go.jp/ers/environment/envs/fukushima/animation2-1.htm
東日本におけるCx-137の広域拡散と大気降下量(2D-動画)2011/3/12〜4/30
http://nsec.jaea.go.jp/ers/environment/envs/fukushima/animation2.htm