5-5 訳者解説:日本のプルトニウム・エコノミー問題

1977年にカーター大統領は日本を含めた世界に向かって核燃料サイクルの中止を訴えました。それに激しく抵抗した原子力先進国のほとんどは、その後、経済的技術的困難さから中止に向かいましたが、日本だけが高速増殖炉もんじゅを続けています。開始以来、事故・トラブル続きの「もんじゅ」、準備停止命令を受けた「もんじゅ」の2014年度維持費に199億円の税金が使われています。

訳者解説:日本のプルトニウム・エコノミー問題

「原子力の問題と選択」:

 5−4で引用したキーニーJr.は1970年代に「原子力エネルギー研究グループ」(Nuclear Energy Policy Study Group)の議長を務め、1977年にその報告書「原子力の問題と選択」(Nuclear Power Issues and Choices)を発表した。就任直後のカーター大統領にブリーフィングをすると、大統領は感銘を受けて、「日本の首相にこの報告書を一部提供して、もし、このテーマで本を書くとしたら、これがその内容だと言った」(注1)と述べている。この日本の首相とは、77年3月21〜22日にワシントンでカーター大統領と会談した福田赳夫総理大臣(当時)だった。

プルトニウム再処理をめぐる日米の正面衝突:

「原子力の問題と選択」の結論は「プルトニウム・エコノミーに付随する危険性、特に、核兵器の拡散が再処理について最も楽観的な予測に基づいた経済的便益よりはるかに重大だから、プルトニウムをこの時期に導入する、または、今世紀中に導入を予定するやむを得ない理由はない。商業利用のプルトニウム再処理は無期限に延期するというはっきりした決定を勧める/求める」というものだった。この内容をカーター大統領は訪米中の福田総理大臣に要求したが、福田氏は核燃料サイクルは日本が国策としてきたから止めるわけにはいかないと反論した(注2)

プルトニウム燃料サイクル放棄の提案:

カーター大統領は77年10月に「国際核燃料サイクル評価会議」(International Nuclear Fuel Cycle Evaluation Conference, INFCE)で36カ国を相手に訴えた。「私個人は平和利用目的の原子力の必要性は誇張されすぎたと感じています。私が望むことは、ここにお集りの各国が、原子力を選ぶのは経済的理由以外にはないというのなら、代替案を検討していただきたいのです」(注3)

しかし、「フランス・ドイツ・日本・イギリスはプルトニウム燃料サイクルを放棄する案を激しく拒絶した。これらの国はプルトニウム再処理と増殖炉の開発プルグラムを積極的に追及していった」(注1)

日本がプルトニウムに固執する理由:

その後、アメリカ・ドイツは完全撤退、フランスも商業用プルトニウム増殖炉は経済的にも技術的にも失敗に終わり、研究用以外は廃止、ロシアも経済的理由と、重なる爆発事故で1基以外は廃止という中で、日本だけがプルトニウムの再処理、増殖炉に固執し続けている。その理由をキーニー氏が1997年時点で次のように推測している。「燃料不足の日本では、孤立主義の過去と第二次世界大戦中の封鎖の経験に深く根付いたエネルギーの自給自足に対する欲求に支配されていたが、プルトニウム・エコノミーと増殖炉に基づいたプログラムは技術的経済的に深刻な問題を抱えていた。その上、最近の事故の後は、深刻な政治問題も抱えている」(注1)

「もんじゅ」の事故・トラブル続出:

この事故とは、1995年に起こった増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故である。その5ヶ月前に初送電されたばかりの上、事故の通報漏れ、虚偽報告・情報隠しが発覚した。2010年に試運転再開したが、3ヶ月後に炉内装置の落下トラブル、2012年11月に1万点を超える機器の点検漏れと続いた。

「もんじゅ」の維持費年間199億円:

プルトニウム・エコノミー先進国のアメリカなどが増殖炉を経済的・技術的困難さから廃止したのに、日本は「高速増殖炉の研究開発を中断させることなく行ってきた数少ない国」と日本原子力研究開発機構のホームページ「もんじゅについてお答えします」(注4)で誇っている。2014年度の維持費は前年度比25億円増の199億円(注5)というから、単純計算で1日5500万円も私たちの血税が「もんじゅ」の維持に使われていることになる。この額があれば、福島第一原発事故の被災者救済、特に未来を担う子どもの避難・健康被害へのケアなどに有効利用でき、事故収束と放射能被害者への安心材料になるだろうにと思ってしまう。

2013年9月「もんじゅ研究計画」:

2013年9月に「もんじゅ研究計画」(案)が審議された。所管は文部科学省で、いずこの委員会も同じだが、所管官庁が用意したシナリオを委員が議論する形式で、文部科学省が当日提出した「もんじゅ研究計画」(案)を9人の委員が審議する形だった。委員全員がもんじゅを維持し進めることに異議なしだったが、原子力業界と委員との利害関係はわからない。1977年のアメリカの「原子力エネルギー研究グループ」の委員たちは原子力業界との利益相反のない中立的な専門家が選ばれたという(注1)

「もんじゅ」の初歩的ミスをめぐって:

この研究計画(案)(注6)とそれをめぐる委員たちの議論(注7)を読むと、問題点が率直に語られている。「ナトリウム漏洩事故」と「落下事故」の原因は「設計等に起因する初歩的なミス」(注6, p.6)だという箇所を、複数の委員が「そこだけ書くのは疑問だ」(注7, p.12)と指摘し、文部科学省の西條核燃料サイクル室長が「福島第一原発事故の最も重要な教訓の一つは、故障やトラブルフリーは安全確保を意味しないという観点からも、そういったものをしっかりマネジメントするような形で積み重ねていくことが重要だという御指摘を頂いております」と述べている。

「初歩的ミス」という文言を入れることに複数の委員が違和感を表明したが、山名元主査(京都大学原子炉実験所教授)は「実際、設計上の弱さといった初歩的なミスに見えるもので起こっています」と文言を正確に入れるべきだと主張する。それに異論を唱える委員が続き、文言は主査預けとなった。このように議事録そのものは率直な議論が書かれているが、正式文書に「設計ミス、初歩的ミス」という事実を書きたくないという委員が多いこと自体に、この「計画」の問題点が見える。

今後もトラブルは必然的に起こる:

しかも、「研究開発段階にある原型炉であるという性質上、商業用軽水炉で想定され得る以上に、トラブル・不具合が発生するリスクを内在している」(注7:西條室長説明, p.32)、「研究炉では必然的に想定されるトラブル」(注7:笠原直人・東京大学対学院工学系研究科教授, p.24)など、今後も必然的にトラブルが発生するとされている。血税を提供している市民にとって、事故を予想しておかなければいけない「もんじゅ」にどんなメリットがあるというのか。

「もんじゅ」の意義はプルトニウム・エコノミー:

村上朋子委員(財団法人に本エネルギー経済研究所戦略研究ユニット原子力グループマネージャー)が「もんじゅ」の意義の再定義として「コスト競争力のある大容量電源の将来性、安定供給」(注7, p.14)も是非盛り込んでほしいと主張したという。山名主査も同意した。プルトニウム・エコノミー先進国のアメリカが70年代に経済的でないこと、技術的問題が大きく、危険だということで撤退し、他の国も撤退しているのに、日本の専門家は40年前の非現実的で危険な夢を福島第一原発事故を経た3年後にも主張している。毎年巨額の税金を投入するのは、他に理由があるからだろうか。

日本は安全確保の世界的リーダーシップを執るべき:

また、この研究の貢献として「海外炉の安全確保については、研究開発並びに規制研究に一日の長がある日本がリーダーシップを執る必要がある」(注7:西条室長,p.25)と述べている。事故・問題を起こし続け、規制委員会から2013年5月には「使用前検査に向けた準備停止命令を含む措置命令を受けた」(注8)というのに、なぜ安全に関する世界のリーダーになれるというのだろうか。1995年からトラブル続きの「もんじゅ」の「研究計画」を原子力委員会は妥当だとした(注8)

注1:PBSテレビ FRONTLINE, Sprugeon M. Keeny, Jr, “Plutonium Reprocessing Twenty Years Experience (1977- 1997), スパージョン・キーニーJr「プルトニウム再処理の20年間の経験(1977〜1997)」:
http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/reaction/readings/keeny.html

注2:太田昌克「日米原子力同盟史II—再処理めぐり正面衝突—」(特別連載 47NEWS)
http://www.47news.jp/hondana/nuclear/article/article019.html

注3:http://www.presidency.ucsb.edu/ws/?pid=6809

注4:独立行政法人 日本原子力研究開発機構「もんじゅについてお答えします」
https://www.jaea.go.jp/04/turuga/anncer/menu.html
注5:「26年度政府予算案 もんじゅ維持費、増額199億円 福井」『産経ニュース』、2013年12月25日:http://sankei.jp.msn.com/region/news/131225/fki13122502070002-n1.htm

注6:原子力科学技術委員会もんじゅ研究計画作業部会(第12回)平成25年9月25日開催
配布資料1「もんじゅ研究計画(案)」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/061/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/09/26/1339409_1.pdf
以下の文部科学省ホームページよりアクセス可
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/061/shiryo/1339409.htm

注7:原子力科学技術委員会もんじゅ研究計画作業部会(第12回)平成25年9月25日開催
議事録 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/061/gijiroku/1344601.htm

注8:内閣府原子力委員会 2013年<声明・見解> 平成25年12月24日「もんじゅ研究計画について(見解)」http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/131224.pdf
内閣府原子力委員会ホームページ http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/seimei.htm

印刷ページへ(別ウィンドウが開きます)