シンポジウムの内容と結論
「出荷制限値を厳守しつつ、地元民の目安としての摂取制限値の検討へ(大人1,000Bq/kg、子ども100Bq/kg)」と題するシンポジウムが日本サイエンスコミュニケーション協会主催、東京電力の資金援助により、2015年2月2日に福島県伊達市で開催された。
このシンポジウムの中心人物は登壇者の一人である浦島充佳氏(東京慈恵医大教授、分子疫学研究室室長、小児科専門医)と、司会進行役の半谷輝己氏(塾経営者、地域メディエーター)だ。この他、相馬中央病院内科診療科長の越智小枝氏、国連科学委員会(UNSCEAR)の委員だったポーランド国立原子研究センター教育・訓練部長ドブジンスキ氏も中心的役割を果たした。彼の渡航費等は東京電力の諮問委員会「原子力改革監視委員会」が出し、このシンポジウムが実現したそうだ(注1)。東電のこの委員会及び副委員長バーバラ・ジャッジ氏と、このシンポジウム・シリーズとは深い関係があるようだ。7—4—2を参照されたい。
開催のお知らせ(注2)には、「新たに『摂取制限値』(摂取の可否を判断する目安となる数値)を導入し、自主的な安全確保・管理に基づいた、自家消費による地産地消に門戸を開くことを国に提案すべき」というのが主旨とある。シンポジウム当日の結論としては、食品安全委員会に対して摂取制限の撤廃を求めることになった。含みとして、大人1,000Bq/kg、子ども100Bq/kgを目安に、自由に食べていいことにするというものである。この数値の根拠として、コーデックス(Codex)基準とEU(ヨーロッパ連合)などの制限値をあげ(注3)、まるで、欧州ではこの制限値が全食品に適用されているかの印象を与える。とんでもない曲解である。
更にこのシンポジウムでは「損失余命(Loss of Life Expectancy)」という考え方を岡敏弘氏(福井県立大学経済学部助教授)がビデオメッセージで説明した。岡氏の論によると、2400Bq/kgの肉を料理した場合、10gのごはんの損失余命は7秒なのだから、自動車事故による死亡の確率(損失余命21秒)と比べたら、放射線による被害がいかに少ないかという内容だった。
一方、浦島充佳氏の主張は、チェルノブイリで小児甲状腺がんの99.9%は悪くならないし、死者もなかった。セシウムで白血病や小児がんになることもない。震災後3年以上たつのだから、「線引きをした方がいい」[含みは線量制限を引き上げよ]と述べて、Codex基準の1,000Bq/kgの10分の1の100Bq/kgは子どもの将来に影響はないから、家族全員が同じものを食べて、夕食時には笑いが出るような生活をしてほしいと締めくくった。「家族全員同じものを食べる」というのは、100Bqか1,000Bqに統一するという意味だろうが、論理矛盾した提案である。
他の登壇者、越智小枝氏(相馬中央病院膠原病・リウマチ内科医師)は「低線量の放射線を避けすぎると、健康に悪い」と主張し、食品の摂取制限撤廃に賛成した。これらの議論を聞いた上で、ドブジンスキ氏は「事故後に20mSvに引き上げられたのだから、あなた方は数字を操作することができるわけで、同じ論法で1,000Bq/kgを20,000Bqに上げることは簡単にできるはずだ」と皮肉なのか真面目な提案なのかわからない表現をした上で、1,000Bq/kgを支持することも反対することもしないと、言質を取られない言い方をした。そして、繰り返し、低線量による被害は少ないと強調した。
このシンポジウムについて『女性自身』(2015年3月3日号)が「仰天! 福島“洗脳シンポジウム”ルポ——放射能は心配ない! 東電が支援・・・専門家が爆弾発言連発!『汚染きのこ食べるより車の運転の方が危険』——」という見出しで、詳細に伝えている。
(記事リンク http://jisin.jp/serial/社会スポーツ/social/11485)
越智小枝氏がシンポジウムで「放射能が怖くてきのこや山菜を食べなくなったという方がおられますが、野菜やきのこを食べない、これらは全部健康リスクにつながります」と発言したことについて、シンポジウム後にフリーライターの和田秀子氏が取材すると、「私の持論としては、まだ食文化の確立していない子供には、必ずしも山菜や(野生の)きのこ、イノシシを食べさせる必要はないと思う」と、シンポジウムでの発言を翻したという。
また、東電にシンポジウム開催の真意を尋ねると、「東電の原子力安全改革を監視する原子力改革監視委員会の副委員長バーバラ・ジャッジ氏の意向によるものだ」と回答したという。福島県民を愚弄し、子どもたちに内部被ばくを奨励する内容のシンポジウムを支援する東電の原子力改革監視委員会と、東電本社は関係がないと言えない筈だ。これも東電の事故処理の一環ではないか。
コーデックス・ガイドライン・レベル(Codex Guideline Levels)について
ドブジンスキ氏が1,000Bq/kgを支持もしないし、反対もしないと言った意味は、福島第一原子力発電所事故後に発行されたコーデックスの説明書(注4)にある。1986年のチェルノブイリ原発事故前には、原発事故による食品汚染にどう対応するかの国際的ガイドラインがなかったため、FAO(Food and Agriculture Organization of the UN:国連食料農業機関)とWHO(世界保健機関)が作成したテキストをもとに策定された。
「核・放射能緊急事態[原発事故やテロ]後の汚染食品の貿易に使用すべき放射線核種ガイドライン・レベル」(Guideline Levels for Radionuclides in Foods Contaminated Following a Nuclear or Radiological Emergency for Use in International Trade)
代表的核種 | レベル(Bq/kg) | |
乳幼児用食品 | プルトニウム238, 239, 240、アメリシウム241 | 1 |
乳幼児用食品 | ストロンチウム90, ヨウ素129, 131, ウラン235他 | 100 |
乳幼児用食品 | ストロンチウム89, セシウム134, 137他 | 1000 |
乳幼児食品以外 | プルトニウム238, 239, 240、アメリシウム241 | 10 |
乳幼児食品以外 | ストロンチウム90, ヨウ素129, 131, ウラン235他 | 100 |
乳幼児食品以外 | ストロンチウム89, セシウム134, 137他 | 1000 |
表の題名からもわかるように、事故後の1年間に、汚染地域からの輸入食品に適用されるべきものであった。その後、IAEA(国際原子力機関)の要望で、長期間汚染が続く核種を含む食品と木材を含んだガイドラインに2006年に改定され、2011年現在使用されている。主要点は以下の点である。
- 事故で放出される20種類の核種ごとの制限値。
- 自然放射線は除外されている。
- 前提として、飲食物の10%が輸入食品で、そのすべてが放射能汚染されているとみなす。
- このレベルを計算する際に、成人の年間消費食料を550kg、子どもの場合を200kgとして、改訂版は乳幼児と成人と分けたレベルとした。
- このレベルは原発事故の時にのみ、食品と飼料の輸出入に適用され、通常のモニタリングの目的には適用されない。
- ・ 事故から1年後には、国内の出荷制限、農業の汚染防護策、他の食品に変えるなどして、汚染食品が市場に出回ることは少なくなるだろう。しかし、森の野生の食物の汚染度は続くか、むしろ上昇することが経験からわかっている。したがって、汚染食品による個人の被ばくレベルが無視できるレベルにまで下がるのは何年もかかると予想しておかなければならない。
主要点の下線部分が特に重要で、欧州では食料自給率と輸入食品とのバランスを考え、消費食料の10%に適用される制限値だとしている。農林水産省の食料自給率(カロリーベース)によると、日本の食料自給率は39%で、フランスは129%、ドイツは92%、イギリスは72%となっている(注5)。つまり、フランスもドイツも輸入食品に頼る割合が少なく、Codexレベルが適用されるのは消費食料の10%か、それ以下ということである。日本では消費食品の60%は輸入に頼るわけだから、Codexレベルを国内流通の全食品に適用したら、全国的に被ばく度が増加するだろう。しかも、Codexレベルは事故後4年経過した日本に適用してはいけない筈だ。
わたしたちが留意しなければいけないもう1点は、チェルノブイリ事故によって汚染された輸入食品の放射線レベルである。暫定規制値から新基準値設定の過程を調べていて、厚生労働省食品安全基準審査課長・森口氏(2011年当時)の説明から知ったことは、新基準値が施行された2012年4月までは、「食品衛生法では放射性物質の規制値として、チェルノブイリ原発事故を受け、輸入食品については放射性セシウム370Bq/kgとして、欧州等から輸入される汚染食品を規制して」(注6)いたという。幸いなことに、新基準値導入と同時に、日本への輸入食品も同じ基準(100Bq/kg)で規制されることになった(注7)。後に紹介するように、2014年時点でノルウェーやドイツの野生動植物のセシウム量が、それまでより2倍近く上昇しているという報道があるので、60%を占める輸入食品の放射性物質検査が新基準値で行われるのは、一定の安心につながるのではないだろうか。
オーストラリア政府の対応
オーストラリア放射線防護・原子力安全庁(ARPANSA)発行の「概況報告書—オーストラリアにおける食品モニタリング—」(注8)に、福島原発事故後に日本からの輸入食品をモニタリングするプログラムが設置され、2014年1月までの3年近く、何が検査され、どんな結果で、なぜ2014年にプログラムが廃止されたかが述べられている。この中でも、Codexガイドライン・レベルは事故後1年間に適用されるものだと明記されている。
オーストラリアでの検査を2014年1月に廃止する理由として、日本における食品検査が効果的であることがオーストラリアの検査の結果から証明されたこと、日本からの輸入食品はオーストラリアの全食品の1%にしか過ぎないことなどをあげている。興味深い記述は、シイタケ4点にセシウムが検出されたが、その種類が福島原子力発電所由来のセシウムではないと報告されている点だ。
注1:「家族のリスクマネジメント勉強会」サイトにシンポジウムの録画が掲載されており、司会進行役の半谷輝己氏が述べている。
http://k-rm.net/注2:「地域シンポジウム第2回 福島県伊達市霊山町から」
http://dr-urashima.jp/fukushima/index2.html注3:シンポジウムで半谷氏が示したスライドは消費者庁ホームページ掲載の「食品と放射能Q&A」(平成26年11月13日第9版)からの抜粋で、この19ページ目にコーデックス、EU、日本の現行基準値が比較されている。「放射性物質を含む食品の割合」をコーデックス、EU 共に「10%」とし、日本は「50%」としているのはいいとして、コーデックスが事故後1年間適用される性格のものだと記していないのは、ミスリーディングだろう。
食品と放射能Q&A」(平成26年11月13日第9版)PDF
http://www.caa.go.jp/jisin/pdf/141113_food_qa.pdf注4:”Fact Sheet on Codex Guideline Levels for Radionuclides in Foods Contaminated Following a Nuclear or Radiological Emergency—prepared by Codex Secretariat (2 May 2011)”
http://www.fao.org/crisis/27242-0bfef658358a6ed53980a5eb5c80685ef.pdf注5:農林水産省HP「食料自給率とは」
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html注6:2011年12月27日開催の放射線審議会(第121回)議事録による。
http://www.nsr.go.jp/archive/mext/b_menu/shingi/housha/gijiroku/1315028.htm注7:食安輸発0329第1号「旧ソ連原子力発電所事故に係る輸入食品の監視指導について」(平成24年3月29日付け)に「新基準値(一般食品:100Bq/kg)が適用される本年4月1日から、下記により全ての輸入届出に対し自主検査を実施するよう輸入者に指導することとする」とある。
http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2011/dl/120329-01.pdf注8:Australian Government, Australian Radiation Protection and Nuclear Safety Agency, “Overview of food monitoring in Australia: Over 1000 imported food samples from Japan were tested by ARPANSA between March 2011 and January 2014. All of these foods were found to be safe for sale in Australia”(オーストラリアにおける食品モニタリングの概要:2011年3月〜2014年1月に日本からの輸入食品1000サンプルをARPANSAが測定した。すべてがオーストラリア内で販売に適した安全度だと判明), April 2014:
http://www.arpansa.gov.au/pubs/factsheets/jpn_food.pdf