8-2  ICRPの内部被ばく基準は2000倍〜10,000倍低くすべき

国立大気研究所のマーテル博士がNCRP(アメリカ放射線防護委員会)とICRP(国際放射線防護委員会)の被ばく基準がもとになっている研究が内部被ばく研究を無視していると指摘します。アルファ線を放出する粒子が体内に入った場合の危険度がICRPの基準の2000倍〜10,000倍以上あると警告します。


ジャブロン(アメリカ学術研究会議副会長、元ABCC疫学部長:
 お許しいただけるなら、二つの発言を結びつけたいと思います。お二人は私の心にとって身近で大事な問題に触れられました。実際のところ、この国における人口動態統計システムは、ある目的で始まったと思います。しかし、研究者にとっては驚くほど効果のない装置です。

 日本でわれわれは100,000人の、原爆の生存者ですが、長期フォローアップ研究を行うことができています。これが実現可能だったのは、ひとえに、この研究が日本の人口動態統計報告システムに基づいて行うことができたからです(注1)。この国[アメリカ]で、このような研究をすることは不可能だったでしょう。放射線被ばくをした人のモニタリングのためだけでなく、おっしゃったように、その他の職業に関わる被害、あらゆる種類の健康問題の研究のためにも、人口動態統計報告システムをどうにかして構築しなければなりません。そうすれば、必要な研究がコストもそれほどかけずに達成できると思います。

 この国では少なくとも10年間も国民死亡記録(National Death Index)のようなものに対する運動が続いていました。これがあれば、1000人のフォローアップ調査が必要な場合、簡単に、誰が生存していて、誰が、何で死んだかわかるのです。

 現時点で、全く何の進展もありません。他にもできることはたくさんありますが、人口動態統計報告システムを是正すれば、そして、プライバシー保護法を修正できれば、われわれが適切な予防規程のもとで、このファイルを使用することもでき、この分野の研究を進めることができます。

エレット(環境保護庁基準局、放射線プログラム部):
 まず最初に、放射線基準を作るためのデータベースが適切か否かについてですが、BEIRレポートは非常に適切な研究だということを申し上げたいと思います。ある場合にはリスクを過小評価し、別の点では過大評価しているかもしれませんが、私個人は非常に優れた研究だと思っています。放射線基準に関する政策や決定の基となるものとしては、現在入手可能な研究でベストなものだと思います。

 正直に言って、私の心配は、リスクを大きくしたり、小さくしたりするために、BEIRレポートを都合よくいじる人がいるかもしれない点です。環境保護庁は目下BEIRレポートをアップデートすべく[科学]アカデミーと討議中です。いくつか問題が出てきたのですが、BEIRレポートの数字[基準値]が今後も大幅に変更されることはないと信じています。

 放射線防護基準を考慮する際に、更なるデータが出るまで待つようにと、国民は酷いアドバイスをされています。もうすでにいいデータベースがあると私は思います。少なくとも、他の汚染物質よりずっと多くのデータがあります。

 2番目の課題、どの分野のデータ収集や研究が必要か、資金を与えるべき研究は何かという点ですが、放射線影響の統計学的研究をするには、連邦政府機関は非常に弱いと思います。子ども時代に被曝した人たちが成長するとどうなるかについて、私たちの知識は乏しいのです。また、胎児の時に被曝した人たちの最終的運命についてもわかっていません。胎内被曝した人たちが40歳、50歳になったら、どうなるかを追跡した調査を誰も実現できていません。

 だからといって、今日の午前中と午後に提示された「新しい」情報を私が受け入れるというわけではありません。あの中で、本当に新しい情報というのはほとんどありません。今朝、主張された新しい予期せぬ健康被害のほとんど全てに反対です。

マーテル(国立大気研究センター):
 現行の基準が依拠した研究が極端に劣っている分野が一つあると思います。それは内部被ばくにおける軟組織のアルファ線放出体がもたらす慢性被害に関する分野です。これは平均化してしまった問題です。NCRPもICRPも、アルファ線放出体の内部被ばく線量と負荷を平均化してしか述べていません。軟組織における自然放射線と汚染因子である放射線の物理的性質と化学的性質の間には、非常に大きな違いがあることについて述べられていません。

 天然アルファ線放射能、つまりラジウムとポロニウムは、人間の活動によって不溶性の粒子に変化しない限り、可溶性で、肺やその他の軟組織臓器に一様に分布します。プルトニウムとその他の超元素の場合、その酸化物はもともと不溶性の粒子状です。人体内の不溶性粒子の分布を研究する場合プルトニウムだけでなく、喫煙者の体内に存在するアルファ線放出体は、がんの原因ですが、この問題は除外されてきました。なぜなら、肺の中での強さは天然アルファ線の強さの2,3倍にしかすぎないからだとされているからです。しかし、実際のところ、喫煙者の腫瘍部位としての不溶性アルファ放出体は、天然アルファ線の強さの数千倍高いのです。後者は可溶性の形状で一様に分布します。不溶性の放射線核種は高い割合で気管支に集まります。

 ここでの残留時間は6ヶ月程度ということがわかってきました。肺の別のところでは、もっと長い間留まることを示すデータが、まだ未発表ですが、あります。こちらは2年かそれ以上です。

 「2変異仮説」(注2)をもとにすると、天然[アルファ線]より1000倍から1万倍強いアルファ線の局部的線量をもとにすると、これらの不溶性アルファ放出体が喫煙者のがんの主原因候補だと示すいい証拠です。そしてこれは喫煙者の肺の腫瘍部位にある1ピコキュリー(0.037Bq/kg)以下のわずかな放射線なのです。プルトニウムの最大許容肺負荷量(MPLB Maximum Permissible Lung Burden 注3)である16,000ピコキュリー(592Bq/kg)じゃないですよ。これは臓器の負荷量が1万以上も食い違うという矛盾がある分野だということです。

 2変異仮説は喫煙者と非喫煙者グループにおけるがんの年齢分布とも一致しています。腫瘍部位の放射能濃度は、アルファ放射線量を考察する意味で、この可能性を強めています。NCRP、ICRP、その他の放射線基準に責任を持つ機関はこの仮説を無視しています。この仮説は実験可能ですから、やってみるべきです。1ピコキュリー(0.037Bq/kg)以下のわずかな放射線が人間の軟組織の臓器に入っただけで著しく受け入れがたい腫瘍リスクを増すとしたら、なぜ大量のプルトニウムやその他のアルファ放射体のアルファ放射能汚染を激増しようと話し合っているのですか。このような会議に何か目的があるべきだというなら、この問題こそ私たち自身が問いかけなければいけない非常に深刻な問題だと思います。

注1:この会議のパネリストの一人、ジャブロン氏が共著者である論文「原子爆弾被曝生存者の寿命調査:第1報 医学調査サブサンプルにおける死亡率と研究方法の概略、1950年10月—1958年6月」によると、「被曝者は昭和25国勢調査の付帯調査から抽出」とされている。
出典:放射線影響研究所
http://www.rerf.or.jp/library/scidata/lssrepor/tr05-61.htm

 なお、当時のABCC、後の放射線影響研究所事務局総務課長だった宮川寅二氏によると、「初期の死亡率調査では1945年までさかのぼって調査」し、方法は「市役所から借りた死亡診断書の内容を写し取」ったという。
出典:放射線影響研究所「第2回歴史懇話会」(2013年12月13日)
http://www.rerf.or.jp/history/pdf/historyforum02j.pdf

注2:2変異仮説(Two-mutation hypothesis)
 1971年にクヌードソン(クヌッドソンとも表記されるAlfred G. Knudson, Jr.: 1922-)がアメリカ国立科学アカデミーに発表した論文”Mutation and Cancer”(変異とがん)で、当時は「2変異仮説」、後に「2ヒット・セオリー」(Two-Hit Theory)と呼ばれる理論。がんには遺伝性と非遺伝性があり、遺伝性の場合は最初のヒット(DNAに対する打撃)が生殖細胞で起こり、2回目のヒットは体細胞で起こること、非遺伝性の場合は、2つのヒットがともに体細胞で起こることを発見した。

2ヒット・セオリーについてクヌードソン博士との対談に詳しい。「対談 癌化遺伝子研究の現在 “2ヒット・セオリー”と”Cancer Genetics”をめぐって」『週間医学界新聞』(第2257号1997年9月22日):
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1997dir/n2257dir/n2257_01.htm#00

 1971年の論文はオープンアクセス:
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC389051/
尚、クヌードソン博士は「ヒト発癌機構における癌抑制遺伝子理論を確立した先駆的業績」に対して2004年に京都賞を受賞した。
出典:http://www.inamori-f.or.jp/laureates/k20_b_alfred/prf.html
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http://www.kyotoprize.org/laureates/alfred_george_knudson_jr/
京都賞のサイトに紹介が掲示されている

注3:最大許容肺負荷量(MPLB Maximum Permissible Lung Burden)
 この値が高すぎるから低くすべきという論は、高速増殖炉を開発すべきではないという論とセットで、放射能被ばくを危険とみなす専門家の間の共通の認識だったようである。マーテル博士の発言の最後の部分「大量のプルトニウムやその他のアルファ放射体のアルファ放射能汚染を激増しようと話し合っているのか」という部分は、この時期に高速増殖炉を開発する議論が起こっていたことを指すと思われる。

 この会議の半年ほど前、1975年11月にオランダで行われた「高速増殖炉の根本問題シンポジウム」(Symposium on key questions about the fast breeder reactor)で「プルトニウム吸入のリスク」(Risks of plutonium inhalation)という発表があった。国際原子力機関(IAEA)のアーカイブに要旨が掲載されているので、翻訳引用する。

「プルトニウムのMPLBに対する批判とともに、プルトニウムのエアロゾル吸入のリスクの検証が行われた。エアロゾルが肺上皮にホットスポットを作り、放射線による損傷と肺がんを引き起こす可能性(ホット・パーティクル仮説)を、現行のリスクモデルは無視して、均一分布を仮定している。結論は、もしこの仮説が正しければ、MPLBは少なくとも2000倍少なくすべきである。そして、プルトニウムをベースとする増殖型原子炉の建設は時期尚早であり、この件に関する知見が得られるまでは建設すべきではない。最後に、例としてホット・パーティクル仮説を述べたが、これらの件が議論される時、分析は理不尽な方法でなされる。もっと適切な議論がされるよう要望が出された」。
出典:http://inis.iaea.org/search/search.aspx?orig_q=RN:7262898

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