山形県:全国がん罹患モニタリング集計・院内がん登録・DPCデータの比較
山形県の甲状腺がん罹患数の推移はどうか、14 (1)であげたデータをもとにグラフにしてみた。それぞれ制約条件があるので、14 (1)を参照されたい。DPCデータに関しては2006〜2009年のデータは6か月分、2010年は9か月分、2011年から1年分のデータになっている。他の2データは1年間の罹患数である。各データの出典元も14 (1)に示した。
山形県人口:1,168,924人(平成22年国勢調査)
「院内がん登録」データでは、事故前の2010年と事故後の2011年は同じ件数、2012年は事故前より減り、2013年は事故前と同じになっている。DPCデータでは2014年に急増しているので、注視が必要だろう。
事故前と後の院内がん登録とDPCの比較から見えてくること
2012年はDPCの手術件数が106件に対し、「院内がん登録」件数は93である。登録病院との比較を見るため、2008年データを見よう。
2008年 院内がん登録病院とDPC登録病院の件数比較
院内がん登録 | DPC手術件数 | DPC手術なし | |
山形県立中央病院 | 30 | 13 | 0 |
山形大学医学部附属病院 | 20 | 12 | 15 |
山形市立病院済生館 | 28 | 16 | 0 |
公立置賜総合病院 | 12 | 0 | 0 |
酒田市病院機構 日本海総合病院 | 22 | 11 | 0 |
合計 | 計算上112だが、データ上は114 | 52 | 15 |
この比較から類推すると、DPCの6ヶ月分の手術有無合計の件数の倍が「院内がん登録」の年間件数に相当することがわかる。2011年の登録病院と件数を見てみよう。
2011年 院内がん登録病院とDPC登録病院の件数比較
院内がん登録 | DPC手術件数 | DPC手術なし | |
山形県立中央病院 | 登録病院 | 31 | 16 |
山形大学医学部附属病院 | 登録病院 | 14 | 38 |
山形市立病院済生館 | 登録病院 | 12 | 0 |
公立置賜総合病院 | 登録病院 | 0 | 0 |
酒田市病院機構 日本海総合病院 | 登録病院 | 18 | 0 |
山形県立新庄病院 | 登録病院 | 15 | 0 |
山形済生病院 | 非登録病院 | 10 | 0 |
合計 | 117 | 100 | 54 |
やはり、登録病院の少なさが数値の違いの原因なのだろうか。ただ、「全国がん罹患モニタリング集計」の山形県の解説によると、「高度医療を求め東京都と宮城県、交通事情から秋田県、新潟県、福島県の医療機関に受診する場合があり、県がん患者の10%以下が県外で治療していると推定される」とあるので、その数を含めた数であれば、DPCの病院ベースの件数との整合性がないようにも感じる。
50%の人は初診時に深刻な転移が見つかっている
「全国がん罹患モニタリング集計」の報告書には2010年版まで、全国的傾向として、甲状腺がんが見つかった患者の20%が「がん検診・健診・人間ドック」によって発見されたと記されている。残りの80%は何らかの症状が出てから受診して甲状腺がんと診断されたということだろう。そのうち、「初回診断時に既に領域(所属リンパ節転移、隣接臓器浸潤)以上の進行」が観察されたのは甲状腺で約49%とされている。半数は受診した段階で、深刻な転移が見つかっているということだ。
この報告から素人市民が理解できるのは、検診を受けない人は深刻な転移が起こった時点で受診し、手遅れになる例もあるということだ。「全国がん罹患モニタリング集計」は同じく2010年までは甲状腺がんによる死亡数も掲載している。甲状腺がんによる死亡数(男女合計)は以下である。罹患数と比べると、かなり死亡数が多い気がする。
甲状腺がんによる死亡者数(男女合計) | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 |
山形県 | 22 | 14 | 13 | 20 |
茨城県 | 29 | 28 | 32 | 30 |
栃木県 | 18 | 24 | 29 | 20 |
「全国がん罹患モニタリング集計」研究代表者は甲状腺がん検診不要論者
この「全国がん罹患モニタリング集計」研究代表者は2014年(2010年版報告書)まで、祖父江友孝氏(大阪大学大学院医学系研究科社会環境医学講座環境医学教室 教授)だった。祖父江氏は「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」(2014年6月26日開催)で、検診には不利益があり、検診を続ける必要はないと示唆するプレゼンをしている(注1)。さらに「がん検診の利益というのは、がんで亡くなることを防ぐということなんですけれども、超音波を使って甲状腺がんを検査する利益というのは、残念ながら認められていない。科学的根拠は全くないというのが現状だと思います。集団としての死亡率が下がるという証拠はありません」(注2)と、2014年11月26日開催の同専門家会議で発言している。
14 (1)で紹介した、福島県の子どもたちの甲状腺がん検査を縮小せよという動きが2016年8月に突然出てきた背景には、この祖父江氏らの「甲状腺がん検査不利益論」が反映しているように思える。
唯一の救いは、2016年9月14日開催の第24回福島県「県民健康調査」検討委員回(注3)で、5年後から甲状腺がんが増加することが予想されるので、検査をしっかり継続すべき、受診率の向上を求めるべきという意見が、甲状腺専門医の清水一雄氏・清水修二副座長・春日文子氏から出されたことだ。2016年10月21日の『北海道新聞』(注4)によると、甲状腺の内視鏡手術の第一人者である清水一雄氏は福島県民健康調査の「甲状腺検査評価部会」長として、自分の意見が言えないことから辞表を出し、今後は一委員として意見を表明していくという。子どもたちの間の甲状腺がん「多発は事実であり、これまでの臨床経験から考えると不自然な点もある。『放射線の影響とは考えにくい』とは言い切れない」と述べている。委員として「事実」を表明していただくことを期待したい。
国立がん研究センターの100mSv以下リスクなしの見解
国立がん研究センターは事故直後の2011年3月28日に緊急記者会見を開き、「外部被曝による甲状腺癌リスクについて15歳以上の大人ではほとんどリスクが増加せず、15歳以下の小児においても100mSv以下であれば有意なリスク上昇は認められない」と述べている。この記者会見を報道した『日経メディカル』によると、当時、がん対策情報センターがん情報・統計部長だった「祖父江友孝氏は、『100〜200mSv以下の低線量域では、広島・長崎の原爆被爆者においても明らかな発がんリスクの増加は確認されていない』と強調した」(注5)。
この記者会見内容と連動しているのか、国立がん研究センターが甲状腺がんに関するデータを事故後に非可視化する動きを始めたのかと疑わせる事実がある。「全国がん罹患モニタリング集計」の2011年版から、がんの進行度を示すパーセンテージが甲状腺がんだけ消えているのである。上記のように、2010年版までは進行度(転移率)を明記していたのに、2011年度版から削除している。同時に甲状腺がんによる死亡数も、2011年版から消えている。まるで、甲状腺がんだけ福島第一原発事故後に、進行度が50%から0%になり、甲状腺がんによる死者もいなくなったとでもいうようだ。
2011年版(2015年発行)と2012年版(2016年発行)の研究代表者は、それまで祖父江氏の下でデータの分析、報告書の編集に携わってきた国立がん研究センター・がん対策情報センター・がん統計研究部の松田智大氏である。松田氏は2015年3月に2011年の罹患数(全部位のがん)について報告した資料(注6)の中で、がんの増加は「がん登録精度の向上の影響が大。リスクの急増ではないだろう」と注意書きしている。福島の子どもたちの甲状腺がん増加を知った上での発言である。
注1:「検診の利益と不利益」祖父江友孝(大阪大学教授)6/26第7回 健康管理のあり方に関する専門家会議(文字起こし)<広く被曝による子どもの検診をしない理由>」『みんな楽しくHappy♡がいい♪』2014年6月26日会議
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3802.html注2:「<完全に常軌を逸する行動>福島県立医科大学丹羽太貫「うるさいから黙れよ、お前!」環境省専門家会議11/26 OPTV(文字起こし)」2014年11月26日会議
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3982.html注3:「福島調査・甲状腺がん疑い2巡目だけで59人〜計174人」OurPlanet-TV, 2016年9月12日
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2059注4:「『放射線の影響は考えにくい』に疑問 福島の甲状腺検査 評価部会長が辞表」『北海道新聞』2016年10月21日
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/science/science/1-0329162.html注5:「国立がん研究センターが放射線影響について緊急記者会見 100mSv未満の線量なら発がんリスクなし」『日経メディカル』2011年3月29日
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/hotnews/int/201103/519126.html注6:松田智大「全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ)2011年罹患数・率報告」
http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/press_release_20150326_shiryo_01.pdf