4-7-1 訳者解説:ホットパーティクル仮説をめぐる論争

4-6でリッチモンド博士が述べた「ホットパーティクル仮説」をめぐる論争について、アメリカ・イギリスの原子力ムラを震撼とさせた論がNPO団体から出されました。現行の放射線許容量が高すぎるから低減せよという請願書でしたが、原子力ムラの慌て方は相当なもので、公聴会も次々と開かれていきました。

訳者解説:ホットパーティクル仮説をめぐる論争

・ 1974年2月:NPO団体の天然資源保護協議会(NRDC: Natural Resources Defense Council)が原子力委員会(AEC)と環境保護庁(EPA)に、プルトニウムの「ホットパーティクル」と他のアクチノイドに関する放射線防護基準を修正するよう請願書を提出。タンプリン・コックラン博士の「ホットパーティクル用の放射線基準—プルトニウムの不溶性粒子とその他のアルファ線放射体ホットパーティクルに内部被ばくした人間に関する現行放射線防護基準の不適切性についてのレポート」(注1)と題する論文が理論的根拠として添付されていた。プルトニウムの微粒子を吸入すると深部呼吸組織に沈着し、アルファ線によって周囲の肺組織が少なくとも年間1000レム(10000mSv)被ばくすることになり、この粒子は発がんリスクの原因で、2000人に1人相当のがんリスクをもたらす可能性があるという予測だった。したがって、プルトニウム粒子の肺への沈着を考慮して現行の放射線許容基準を下げるべきだという論である。

 NPO団体であるNRDCの請願書とタンプリン・コックラン博士のホットパーティクル論が原子力ムラを震撼とさせた様子が、リッチモンド博士の報告書「プルトニウムのホットパーティクル問題の現状」(注2)から窺える。以下に羅列したように、アメリカの原子力組織だけでなく、英国放射線防護委員会や英国医学研究委員会までもが一斉にタンプリン・コックラン論文批判のステートメントやレポートを出した。たった一つの市民団体に対して政府機関である原子力委員会や環境保護庁、米国科学アカデミーなどが反応し、多くの公聴会が開かれたようである。1976年のアメリカ議会セミナーも、その延長線上にあるようだ。タンプリン・コックラン論文に対する反論の要約は、リッチモンド博士の報告書による。

・ 1974年3月:原子力委員会はステートメントを発表し、ヒーリー博士の論文(注3)に基づいて、タンプリン・コックラン博士の論を却下した。

・ 1974年4月:NRDCは原子力委員会のステートメントに対する批判を提出。

・1974年7月:英国放射線防護委員会がホットパーティクル論批判のレポートを発表。「ホットパーティクルの周囲の細胞を破壊してがんを発症させるリスクが2000人に1人だという彼ら[タンプリン・コックラン]の推計は、我々の現在の知見では証明されない」という。このレポートの結論は[体内の放射線による]「ホットスポットががん発症のリスクを高めるという論の生物学的証拠は現在のところ存在しない。したがって、各臓器、組織に平均的線量を使う現在の基準システムを変更する必要はない。しかし、臓器ごとに不均一に分布する放射線量の生物学的影響の研究を続けることが賢明であろう」というものだった。やっぱり安全だとは証明されてないのだと確認できる結論である。

・ 1974年9月:原子力委員会は「吸入したプルトニウムによる放射線量の空間分布の放射線生物学的評価」(A Radiobiological Assessment of the Spatial Distribution of Radiation Dose from Inhaled Plutonium” WASH 1320)を発表した。NRDCによると、ヒーリー・レポートの焼き直し的なレポートで(リッチモンド博士が共著者)、プルトニウム粒子の危険性を訴えたタンプリン・コックラン論には触れられていない。
  一方、WASH 1320の共著者であるリッチモンド博士の報告書「プルトニウムのホットパーティクル問題の現状」には、言い訳のような文言が書かれている。「WASH 1320はNRDCのホットパーティクルに関する請願書の批判として書かれたものではない。WASH 1320の目的はこの問題の総合的な主要点を扱うことで、それは吸入されたプルトニウムの線量の空間分布の生物学的重要性という問題である」と、議会セミナーの討論と同じく、リッチモンド博士の英語は論理的に理解するのが難しい。

・ 1974年11月:タンプリン・コックラン博士は「ホットパーティクル問題—WASH 1320批判」と題する小論文を発表(注4)

・ 1974年11月:ロスアラモス国立研究所の報告書「不溶性アルファ放射体の限度に関する天然資源保護協議会の請願書のレビュー」を発表した。ヒーリーと並んで、リッチモンド博士も共著者である。結論は、現行の基準は適切であるが、不均一的な線量分布の影響に関する不確実性は存在するので、不確実性をせばめるための実験は続行しなければならないというものだった。

・ 1974年12月:生物物理学会(Biophysical Society)が公益科学センター(Center for Science in the Public Interest)の依頼を受けて、ホットパーティクル用の放射線基準についてのレポートをまとめた。「NRDCの請願書が提起した問題は妥当であり、重大な問題である」と始めながら、要求されている許容線量の減量は極端で、証拠がないと結論付けた。

・ 1974年12月/1975年1月:2回にわたる公聴会「プルトニウムとその他の超ウラン元素」がワシントンDCとコロラド州デンバーで行われた。プルトニウムとその他の超ウラン元素に関して、現行の放射線基準が妥当かどうかを、様々な見解を持つ専門家と市民とで話し合う環境保護庁主催の公聴会だった。意見表明したい者は市民でも専門家でも時間が与えられ、カール・モーガン博士を含むパネリストが評価する流れだった(注5)

・ 1975年初め:発表の月は明記されていないが、75年初めに英国医学研究審議会が「プルトニウムの毒性」と題したレポートで、「現時点で、プルトニウム粒子による肺への被ばくが、均一に分布した場合よりも発がんリスクがきわだって高いという証拠はない」と結論付けた。

・ 1975年8月:1976年アメリカ議会セミナーの議長であるモーガン博士が米国工業衛生協会のジャーナルに「プルトニウムと他の超ウラン元素の被ばく許容量削減の提案」と題した論文を発表した。ホットパーティクルによる発がんリスクが高いか否かの両論とも、証拠がないので、「パーティクル問題に対して明確な答が得られるまで、肺が決定的な臓器だということから、プルトニウム239の体内吸収量の最高許容量を納得いくように決めることはできない」と結論付けた。

・ この論争について、『日本原子力学会誌』(Vol.17, No.4, 1975)で紹介している(注6)

注1:Arthur R. Tamplin, Thomas B. Cochran, “Radiation Standards for Hot Particles: A Report on the Inadequacy of Existing Radiation Protection Standards Related to Internal Exposure of Man to Insoluble Particles of Plutonium and Other Alpha-Emitting Hot Particles”, Natural Resources Defense Council, Feb. 14, 1974: NRDCのホームページからアクセス可 http://docs.nrdc.org/nuclear/files/nuc_74021401a_0.pdf

注2:C.R. Richmond, “Current Status of the Plutonium Hot Particle Problem”: この文書は米国エネルギー省サイトからアクセス可能。http://www.osti.gov/scitech/biblio/4147691

 発表年月日はないが、注によると、1975年6月開催のアメリカ上下両院合同原子力委員会の高速増殖炉検討特別小委員会の公聴会で、一部を発表したと記されているので、1975年6月以降と推測される。尚、この特別小委員会の報告書によると、「ホットパーティクル仮説」の項目に、NRDCの請願の内容も委員会に報告され、ホットパーティクル仮説が国内外で注目を集めたこと、委員会で証言したリッチモンド博士がイギリス医学研究委員会の結論その他を紹介して、ホットパーティクルによる肺がんリスクの証拠はないと述べたことが記されている。委員会の結論は、委員会に提出された多くの専門家からのデータすべてがホットパーティクル仮説を否定している上、公聴会で「もう十分研究されたから、これ以上研究する必要ない」と提案されたことも記されている。

 核実験とがんの増加の相関関係をスターングラス博士から聞いた市民は、アメリカ議会高速増殖炉検討特別小委員会の報告書の結論にどう反応しただろうか。結論3「プルトニウム239は大気圏内核実験によって主に北半球の大気中に約5トン投入され、そのうち4トンが地上に降った。北半球のすべての人が体内にこのプルトニウムをかなりの量、抱えて生きている。これらの大気圏内核実験は10年以上も前に起こったことだが、このプルトニウムの降下量が不都合な健康被害をひきおこしたという徴候は全くない」。

 続いて結論4「プルトニウムは肺における『ホットパーティクル』という形で並外れて危険だという理論の根拠は、イギリスとアメリカの有能な独立系[無所属]の科学機関によって徹底的に調査分析され、この理論には科学的事実を証明する内容が全くないことが判明した」。結論4で「有能な独立系(independent)科学機関」と記述しているが、上記の機関はみな政府系の原子力/核推進のための機関のようである。この小委員会の報告書を読むと、1976年の議会セミナーがいかに貴重なものかわかる。この報告書は2013年にデジタル化され、インターネット・アーカイブからアクセス可。当該ページはp.88。Review of National Breeder Reactor Program: Report by the Ad Hoc Subcommittee to Review the Liquid Metal Fast Breeder Reactor Program of the Joint Committee on Atomic Energy Congress of the United States, January 1976;
https://archive.org/details/national00unit

注3: Healy, J.W., “Contamination Limits for Real and Personal Property,” Los Alamos Scientific Laboratory, Los Alamos, New Mexico, LA-5482-PR, January 1974

注4:Arthur R. Tamplin and Thomas B. Cochran (November 1974), “The Hot Particle Issue: A Critique of WASH 1320 as it Relates to the Hot Particle Hypothesis”, 下記のVol.3所収。

注5:アメリカ環境保護庁(EPA)のネット・アーカイブから2つの公聴会の議事録にアクセス可 Proceedings of Public Hearing: Plutonium and the Other Transuranium Elements: Volume 1 Proceedings of Hearings in Washington, D.C. December 10-11, 1974; Proceedings of Public Hearing: Plutonium and the Other Transuranium Elements: Volume 2 Proceedings of Hearings in Denver, Colorado January 10, 1975; Proceedings of Public Hearing: Plutonium and the Other Transuranium Elements: Volume 3 Additional materials Received [両公聴会に提出された発表原稿、書簡等の資料]
 http://www.epa.gov/nscep/

注6: 松岡理(1975)「Pu許容量低減に関する生物学的論—Tamplinらのホットパーティクル提案とU.S.AEC側研究者の2つの反論」『日本原子力学会誌』Vol. 17, No. 4
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesj1959/17/4/17_4_154/_pdf

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