6-1 行政の責任:アメリカ食品医薬品局(FDA)放射線医学局

第6章は連邦政府と州政府の放射線規制・モニタリング・点検に関する行政の責任担当内容と、それが適正に行われているかについてです。最初にアメリカ食品医薬品局FDAの放射線医学局の担当者が放射線の影響に関する研究プロジェクトについて説明しています。驚くのは、低線量被ばくの危険性を証明する研究を支援していることです。3.11後の日本と大きく違う対応です。

6−1 第6章:連邦政府と州政府の規制・モニタリング・点検に関する責任と現行のモニタリング・プログラムの適切性

課題5:市民と様々なサブ・グループを放射線の危険な量から守る上での、連邦政府と州政府の責任は何か? 低線量放射体のモニタリングと点検は誰が責任を持つのか? このモニタリングは適切か?

モーガン:次の課題に行きましょう。課題5です。市民と様々なサブ・グループを放射線の危険な量から守る上での、連邦政府と州政府の責任は何か? 低線量放射源のモニタリングと点検は誰が責任を持つのか? このモニタリングは適切か?

訳者注:

シーレイン博士(Dr Bernard Shleien)

 アメリカ食品医薬品局(FDA Food and Drug Administration)の放射線医学局医務局(Office of Medical Affairs of the Bureau of Radiological Health)、その前の16年間、公衆衛生局(Public Health Services)の放射線プログラム所属だった。

シーレイン:放射線を出す電子工学製品のモニタリングと規制は、アメリカ食品医薬品局の放射線医学局医務局の責任です。この責任は公法(Public Law)90-602が定義しています。放射線医学局はいろいろな種類の放射線に関する責任部局ですが、このセミナーでは電離放射線に限って申し上げます。

 放射線医学局が発行している各種基準
・ 性能基準:診断用X線システムおよびその構成部分用
・ テレビ受信機の基準
・ 気体放電陰極線管の基準
・ X線手荷物検査を含むX線照射キャビネット・システムの性能基準

情報収集・モニター業務・調査研究
・ 医療用放射線量:現在入手可能な医療放射線量に関する情報のほとんどは放射線医学局から。
・ アメリカ全人口に対するX線被ばくの調査研究
・ X線発光分光(XES X-ray emission spectrometry)の研究
・ NEXT (National Exposure to X-ray Trends)全国X線被ばく傾向の研究(X線手順におけるX線量の極端な量と方法のモニター)

 加えて、私たちは放射線生体効果の研究を含めた大規模な研究プログラムを持っています。このプログラムの元で、私たちが支援しているプロジェクトには、たとえば、アリス・スチュアートの胎児被ばく研究があります。また、コロラド州で行われている最大規模の研究があります。ビーグル犬に長期間被ばくさせる研究です。頭部白癬研究(章末文献2)(訳者解説)、特に目下、イスラエルで行われている頭部白癬研究は対象人口が大きくて、線量反応の曲線を低線量レベルにまで延ばそうという試みです。この研究に関連して、動物実験も行われていますが、これは放射性ヨウ素対外部被ばくの発がん性の相関関係を測定する目的です。

 最後に申し述べたいのは、放射線業務の向上に関するプログラムです。この件はマークにお任せします。

訳者解説:

頭部白癬研究

 「白癬」は英文ではtinea capitisとなっているが、原因菌はいくつかあり、英国の症例のほとんどはトリコフィトン・トンズランス(Trichophyton tonsurans)で、アフリカ経由だろうという(http://www.patient.co.uk/doctor/tinea-capitis)。日本でも最近、外国から持ち込まれ広まっているという(日本臨床皮膚科医会 http://www.jocd.org/disease/disease_14.html)。

章末文献2にあげられている調査研究と同じ研究者の追跡調査結果が2000年に『アメリカ疫学ジャーナル』(American Journal of Epidemiology)に発表されている(「良性骨髄腫の医源性[治療が原因]蔓延病」)ので、概要を紹介する。

 「過去には認められていた白癬の治療法であった頭部への放射線照射が、現在では骨髄腫の因子だと認められている。この治療法は1950年代に北アフリカや中近東からイスラエルに移民してきた人々に対して集団的に施された。

 骨髄腫の発達で証明されている唯一の医源性(治療が原因)リスク要因は頭への放射線照射である。公式統計によると、1948年〜1960年の間に約20,000人のイスラエル人、特に子どもが、頭皮の菌類病である白癬治療のために脳に放射線治療を受けた。この人々の大半は北アフリカから移民してきた人々で、中近東からの移民も少し含まれている。最も多い年齢層は男女ともに6〜8歳である。最近、わかったことは、被ばくした人数がもっと多いということである。イスラエルへの移民の資格条件として出発前に北アフリカで被ばくさせられていた人数が相当いることがわかった。

 我々の研究チームは1965年に、白癬治療のために被ばくした10,834人のコホート(疫学調査に使う集団)を作った。全員、1949〜1960年の間に北アフリカや中近東からイスラエルに移民した人か、この期間にこれらの移民の間に生まれた人である。

 1972年に証明されたのは、この被ばくにより、頭部と首の腫瘍例が少なくとも2倍に増加し、特に脳腫瘍と甲状腺の腫瘍が多い。1981年、1986年、1991年にも同じ結果が得られた」。

出典:Siegal Sadetzki, et al., “An Iatrogenic Epidemic of Benign Meningioma”, American Journal of Epidemiology, Vol.151, No.3, 2000
http://aje.oxfordjournals.org/content/151/3/266.full.pdf

 イスラエルの新聞によると、1994年にイスラエル政府は放射線治療の被害とその責任を認め、「イスラエル白癬賠償法」を制定して、子ども時代に放射線被ばくを受けたと証明できた者は、その症状によって賠償を得ることができるようにしたという。しかし、賠償を得るためには厳しい尋問があり、2006年時点で34,500人が賠償を求めたが、47%は却下されたという。被害者の主な症状は、脱毛、若くして歯の脱落、良性・悪性腫瘍などである。現在の白癬治療は抗菌クリームや抗生物質を使っている。

出典:「傷に加えて侮辱」Adding insult to injury, Israel News Haaretz, Nov. 14, 2006
http://www.haaretz.com/print-edition/features/adding-insult-to-injury-1.205174

日本国内の記述に以下がある。
「頭部白癬に対し放射線治療を受けた者には、副甲状腺機能亢進症の発生が多い」
出典:「放射線被ばく者の長期観察の方法」(平成20年度文部科学省委託事業「緊急時対策総合技術調査」の緊急被ばく医療「地域フォーラム」テキスト)財団法人原子力安全研究協会
https://www.remnet.jp/lecture/forum/sh02_01.html
(2016年6月28日現在 上記サイトは閉鎖されアクセス不能となっている)

訳者コメント:

 読者のみなさんには先入観なしに事実を読んで/知っていただいて、ご自分で判断していただくスタンスから、訳者の主観的コメントは控えていますが、アメリカ食品医薬品局・放射線医学局医務局がやっていることの報告を読んで、心底驚いたので、コメントしたいと思います。

 主催あるいは支援している研究プログラムにアリス・スチュアート博士の研究や、頭部白癬の治療用放射線の被害の研究など、明らかに低線量放射線の被害があると証明する研究に国が支援し、税金を投入していることは、3.11後の日本と正反対なのです。特にスチュアート博士の研究に資金援助していたというのは嬉しい驚きです。低線量被ばくの被害を最初に明らかにした先駆的研究として知られている研究ですから。

 日本も3.11前はまともだったのかもしれません。文部科学省委託調査「原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査」が1990年から2009年まで行われ、公表されています。その結果を分析した内科医の松崎道幸先生は「日本の原発労働者データ———10mSvでがん死リスク3%増加(原爆被ばく者データの10倍)」を発表しています(松崎道幸「がんリスクは10ミリシーベルトでも有意に増加」日本科学者会議(編)『国際原子力ムラ』所収、合同出版2014)。文科省がこの貴重な調査研究を3.11後も続けていることを願うばかりです。

 福島第一原子力発電所事故直後から、環境への影響や人体への影響を調査しようと、複数の研究者が福島に入ったそうです。研究者なら当然のことですし、特に私たちの税金が投入されている独立法人国立大学には率先して影響研究をしてもらいたいですよね。

 ところが、2011年5月に、とても奇妙な文書を文科省と厚労省が全国の大学と学会など研究機関に出したために、研究者や大学が放射能の影響を調査研究することができなくなった、自粛したようです。文書は「許可なく詳細な調査をすることがないように」という内容で、「国は許さない」と受け取られる文書のようです

(フリーランス・ジャーナリストのおしどりマコさんがフランクフルトでの講演2014/3/6で文書を示しています。「みんな楽しくHappy♡がいい♪」ブログから文字起こしと映像が見られます:http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3624.html)。

 被ばく問題について真実を追究する姿勢を見せている朝日テレビ「報道ステーション」でも、裏づけるインタビューを2014年3月11日に報道しています。こちらも書き起こしを「みんな楽しくHappy♡がいい♪」プログで読めます。このブログの制作者に頭が下がるのは、被ばく関係の各種委員会やインタビュー、講演などの書き起こしで、貴重な記録になっています。

 簡単に紹介すると、弘前大学被ばく医療総合研究所の床次(とこなみ)眞司教授が福島に入って、住民の初期被ばく調査を始めたところ、福島県からストップがかかったそうです。そして、研究者の世界が奇妙な静寂に包まれ、「普通だったら甲状腺検査をやらなければいけないのは分かっているはずなんですけど、誰も何も言わなかった」と床次教授は述べています。半減期が8日の放射性ヨウ素を特に子どもたちがどのくらい被ばくしたのか、研究者が大勢入って調べるよう指示するのが文科省や厚労省の役割なのに、福島県民の健康と命を守る立場の県も、逆に阻止し、全国の研究機関や研究者が立ち上がってくれなかったことは、子どもたちにとって悲劇です。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3609.html

 もちろん、少数の良心的研究者が苦労しながら調査研究を続けていることも私たちは知って、応援しなければいけないと思います。たとえば、生態系への影響を事故直後から研究し続けているグループ、琉球大学大瀧研究室チームの存在があります。4−9で紹介しましたが、福島県内の高線量地域からヤマトシジミとその食料であるカタバミを定期的に採取し、実験を重ねて、外部被ばくや内部被ばくの影響をNatureのScientific Reportsなどに発表し続けている貴重な研究者たちです(http://w3.u-ryukyu.ac.jp/bcphunit/papers.html)。

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 蝶の遺伝子解析には特殊な機器が必要で、他機関に解析を依頼する場合、多額の費用がかかります。その費用を捻出するために、この研究グループは忙しい研究時間をさいて、寄付金を民間から募るしかなかったのです。私たちの税金はこのような放射能影響を探る研究にこそ使われるべきなのに、政府行政、大学の研究機関はなぜこのような貴重な研究を援助しないのでしょうか。納税者としては納得しがたいことです。ゴフマン博士が言ったように、低線量は安全だという人たちが、安全だという証拠を示さなければならない筈です。そのためには、このような研究に資金を提供して証明してもらうべきではないでしょうか。安全だと証明できないから、研究させない、あるいは、税金を投入しないという本末転倒の行為を政府行政、研究機関がしているということでしょうか。

 この研究については世界が大きく報道しました。本国の日本では完全無視に近い扱いでしたから、一般市民は知らされていません。フランスのルモンド紙の扱いは特に大きかったようです。

 2012年8月15日の記事の日本語訳が「フランスねこのNews Watching」に掲載されています。http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/816-fb7e.html
ルモンド紙:http://www.lemonde.fr/planete/article/2012/08/15/des-papillons-mutants-autour-de-fukushima_1746252_3244.html

 その他、ドイツのシュピーゲル誌、イギリスのBBC、アメリカのABC, CNN, FOX TVなど、欧米各国は公平に扱っていたことが、以下のブログ「薔薇、または陽だまりの猫」でも紹介されています。この紹介は研究チームの寄付の呼びかけです。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/26c75293c1629f960f07122b523a87c2

 日本では共同通信が小さく報道しました。
http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2012/08/post-6443.html
(現在記事が閲覧不可能なため内容のみ表示)
 
この研究が発表されるや、ネット上に誹謗中傷に近い批判/たたきコメントが主要国立大学の理系教授から出されましたが、素人が読んでも、「おかしいな、正当な批判ならなぜ科学論文として発表して科学論争しないのだろう」と思わせるものでした。〜大学の〜先生の批判だからと受け入れてしまう市民もいるかもしれませんが、科学的根拠のない発言をする「専門家」が多いことを、この3年半で私たちは学んだ筈です。

 どちらが科学的で正当な研究者としての対応かは、ヤマトシジミ研究グループが批判や疑問に答える論文を翌年の2013年に世界的なジャーナルBMC Evolutionary Biology(進化生物学)に出したことで明らかです。これも上記の琉球大学大瀧研究室ホームページからアクセスできます。その中で述べられているのは、Nature Scientific Reports掲載の2012年8月の論文へのアクセスが2013年1月時点で276,139回もあったそうです。そしてコメントには励まし的なものもあったけれど、「感情的で政治的」なコメントも多かったそうです。ちなみに、この回答論文を掲載しているEvolutionary Biology誌ホームページには、この回答論文が”Highly accessed”(高いアクセス度)と赤く表示されています。

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