8-5-2 食品の放射能汚染に関するEUの対応

福島第一原発事故後にEUが日本産輸入食品中の放射能汚染最大許容レベルを既存のレベルと異なる高いレベルに変え、市民の間に不安が広がりました。

食品の放射能汚染に関するEUの対応

 福島第一原発事故前のEUの「食品中の放射能汚染最大許容レベル」は放射性セシウムに関して、乳幼児用370Bq/kg、成人用に600Bq/kgだった。しかし、事故後、日本からの輸入食品に関して、欧州委員会はこの規制値を採用せずに、1987年(チェルノブイリ事故の翌年)の高い、つまり、ゆるい規制値を適用し、その後、日本の暫定規制値を採用することにした。市民の間には、福島原発事故前後の「食品中の放射能汚染最大許容レベル」についての情報が不足しており、「ヨーロッパ・オンブズマン」に多くの苦情が届いた。オンブズマンは欧州委員会に対して、2011年5月19日に説明を求め、欧州委員会から7月28日に詳細な説明を受けて、「ヨーロッパ・オンブズマン」のホームページに経緯説明を掲載した(注1)。貴重な情報なので、抄訳紹介する。

2011年3月15日:欧州委員会は日本政府から日本産食品のあるものは、日本の暫定規制値を超えているものがあると知らせを受け、EU各国に対して、「食品中の放射能汚染最大許容レベル」(1987年規則)(注2)を適用するよう通知した。これはチェルノブイリ事故の翌年に制定された規制値で、以下のレベルである。

食品中の放射能汚染最大許容レベル(Maximum Permitted Levels for Foodstuffs, Bq/kg 注2)

  乳製品 その他の食品
ストロンチウム90 125 750
放射性ヨウ素131 500 2,000
アルファ線アイソトープ
主にプルトニウム239, アメリシウム241
20 80
その他の放射性核種、主にセシウム134, セシウム137 1,000 1,250
 2011年3月以前まで輸入食品に適用されていた「食品中の放射能汚染最大許容レベル」(2008年規則:乳製品と乳幼児用370Bq/kg、その他の食品600Bq/kg 注3)を適用しないと決めた。この許容レベルがセシウムに限られていたからである。福島原発事故後の日本産食品には高濃度のヨウ素が検出されていたから、適切な基準値ではなかった。

 もう一つの理由として欧州委員会が説明したのは、事故直後に日本がヨウ素、セシウム、ウラン、プルトニウムの暫定規制値を施行し、この規制値を超える食品は市場に出回らず、したがって輸出もされないからだった。

 日本の暫定規制値は1つを除いて[ストロンチウムが設定されていないことを指していると思われる]、EUの1987年「食品中の放射能汚染最大許容レベル」より低いものだった。この理由は、EUの基準が全食品中、放射能汚染の割合は10%として設定されているのに対し、日本の日常摂取食品における汚染割合はずっと高いからである。

 2011年3月22日〜23日:EU加盟国から、日本産輸入食品のEU規制値を調和のとれたもの[英語でharmonizedとなっており、日本の規制値にあわせるようにという意味にとれる]にするよう緊急要望が出され、複数の緊急会議でもくりかえし要望があった。
 2011年3月25日:欧州委員会は日本からの輸入食品に関する「欧州委員会施行規則」(297/2011, 注4)を設定/施行した。「食品中の放射能汚染最大許容レベル」はチェルノブイリ事故直後に設定されたものである[上記注2の表]。また、日本に全ての輸出食品のチェックを求め、EUに入った時点でも抜き打ち検査を行うこととした。この規則は3月27日から施行された。
 2011年4月11日:3月施行の「食品中の放射能汚染最大許容レベル」について、EU各国から、健康を守るには高すぎて適切ではない、日本の暫定規制値よりも高い、2008年施行のセシウム用規制値[乳製品と乳幼児用370Bq/kg、その他の食品600Bq/kg]よりも高いと議論が巻き起こった。

 日本で行われる検査と、EUに入国してから行う検査との整合性を保つために、3月の規則を改定して、「欧州委員会施行規則」No351/2011」(2011年4月11日)(注5)では、日本の暫定規制値を適用することにした。ただし、日本の暫定規制値にストロンチウムの制限値がないので、1987年制定の欧州委員会規則の許容レベルを加えた。しかし、この時点では日本産食品の汚染はヨウ素とセシウムに限られているとして、ストロンチウムなどの計測は各国の任意計測に任され、ストロンチウムの規制値はその参考としてほしいと書かれている。

 「ヨーロッパ・オンブズマン」に対する欧州委員会からの回答(2011年7月28日)以降のEUの動きは、日本の新基準値導入に合わせて改定し、食品の汚染度の動きも日本政府から詳細な報告を受けて、「欧州委員会施行規則」には、どの県のどの品目が「サンプリングと分析が必要なくなった」か、あるいは依然として必要かが細かく記されている。

EUの規制値に市民から激しい抗議

 福島原発事故直後から4月11日までEUで日本産食品に適用された1987年策定の「食品中の放射能汚染最大許容レベル」について、市民とメディアから非難の声があがった。

 2011年3月31日付けのドイツ・メディアDeutsche Welleの記事は「日本食品の放射線制限値に非難砲火」(注6)と題して、EUが日本の汚染地域から入る食品を、これまでより厳しくチェックすることにしたと報道した上で、EUの規制値そのものが健康を守る役割を果たしておらず、この規制値は許されないと抗議する、ドイツ放射線防護協会会長のセバスチャン・プフルークバイル博士にインタビューしている。年1mSvは安心して消費できるが、この量は1日の平均摂取量では4〜6Bq/kgに相当し、EUの規制値よりずっと低い。農家にとって、このような低い放射線レベルの食品を生産するのは難しいと認めた上で、規制値が消費者に安全なレベルではなく、生産者にとって商業的に実行可能なレベルを基に設定されていると憤る。

 一方、EUの「健康・消費政策」の広報担当官は「レベルは安全だし、EUは日本からほとんど食品を輸入していないし、今までのところ、日本からの食品はEUの規制値を超えたものはない」と述べた。この記事に掲載されている寿司の写真のキャプションは「ほとんどの寿司の魚は日本からの輸入ではない」である。

EU圏内の基準値とダブル・スタンダード

 ドイツに本部があるNPO団体「フードウォッチ」(foodwatch食品監視)が「EUの放射線規制値」と題した記事(2012年10月22日、注7)に以下の表を掲載している。

  乳幼児と牛乳製品 その他の食品
EU以外の国からの輸入食品に対する
EU規制値
370Bq/kg 600Bq/kg
日本からの輸入食品に対する
EUの規制値
50Bq/kg 100Bq/kg
日本の規制値 50Bq/kg 100Bq/kg
飲料水10Bq/kg
フードウォッチとIPPNWが
要求する規制値
8Bq/kg 16Bq/kg

 チェルノブイリ事故によるEU以外の汚染地域からの輸入食品には、乳幼児用370Bq/kg、成人用に600Bq/kgとされているが、セシウムの半減期が30年ということで、この規制値は2020年3月31日まで適用されることになった(2009年10月改定EU規則、注8)。また、この規制値はEU内の流通食品にも適用されている(注7)。

 EU圏内で複数の規制値が存在し、ダブル・スタンダードだと、市民団体は懸念を表明している。フードウォッチが「EUは放射線防護に関して矛盾を増している」(2012年3月30日)(注9)と題する記事で、EUに異なる基準値が併存している矛盾点を指摘している。チェルノブイリ事故の被害を受けているベラルーシやウクライナでは食品基準が厳しいのに、EUの基準はゆるいため、ベラルーシとウクライナで市場に出せない高レベル汚染度の食品が、EUでは法的に認められ、売ることができるという。その上、日本の基準(100Bq/kg)が日本産食品にだけ適用され、その他の汚染国からの輸入食品にはEUの基準値(600Bq/kg)が適用されると、「日本で市場に流通させられない汚染食品も他国を経由させればEUの市場で売れる」という。

 フードウォッチは欧州委員会に対して、平常時と緊急時に同じ基準値を導入するよう、生産地の違いに関係なく同じ基準値にするよう要求した。そして、少なくとも2012年4月から日本で導入される基準値と同じレベルに下げるよう要求し、「原子力事故の際に、ヨーロッパ市民が日本市民より守られないことに、どんな正当性があるのか?」と述べている。現在のヨーロッパの基準値は日本の新基準値より、乳幼児用には7.4倍高く、成人用には6倍高いとくり返して、「原発事故が起きると、欧州委員会規則は400Bqから1250Bqと、更にゆるくなりそうだ」と警告している。

 最後の数値「1250Bq/kg」というのは、目下EU議会で審議中という「原子力発電所事故やその他放射線緊急事態後の食品・飼料の放射能汚染の最高許容レベルを規定する提案書」(注10)の数値である。2014年11月に欧州連合理事会がEU各国代表宛に出していて、そこに同じ数値が提案されているのだ。提案書の説明には、1998年のEC(欧州委員会)発行「放射線防護105—事故後に適用すべきEU食料制限基準—」(注11)に最高許容レベルが挙げられているとある。2014年の提言書では、最高許容レベルを適用する前提条件は、年間食料消費量の10%が汚染されていること、1歳以下の乳幼児は別枠であると明記されている。

 更に重要な条件は、この最高許容レベルが施行される期間は「できるだけ短い期間」で「事故後3ヶ月を越えてはならない」(原文第3条)と明記されている。『フランスの2012年原子力安全と放射線防護』(注12)でも、チェルノブイリ事故を受けて策定された「原子力発電所事故やその他放射線緊急事態後の食品・飼料の放射能汚染の最高許容レベル」の「自動的な適用は3ヶ月を超えてはならない」(第3章, p.99)と解説されている。ただし、3ヶ月以降は事態に応じて別のレベルに変えられるとされ、福島原発事故後のEUの対応に見られるように、平常レベルに戻す気はないようだ。イギリス政府の食品基準庁の2015年1月のブルティン(注13)によると、欧州議会で審議中のこの提案書は2015年末か春までに承認されることになるだろうという。

 一方、原子力規制委員会の田中委員長が2014年3月5日の「原子力規制委員会記者会見」で「食品の摂取基準も私などは非常に疑問に思っています。ヨーロッパの10分の1以下ですね。何で10分の1に日本だけはしなければいけないのか」(注14)と発言しているが、3重の意味で「原子力規制」委員長としての見識が疑われる発言ではないだろうか。ヨーロッパの現在の食品規制レベルは1000Bq/kgでも、1250Bq/kgでもないこと、原発事故後に自動的に適用されるレベルは「提案」の段階であること、承認されても、原則的には原発事故直後の3ヶ月だけに適用される「最高許容レベル」である。あるいは、この事実を知った上で、事故後3年たった(発言当時)日本で「最高許容レベル」を適用すべきだというのなら、現状が安倍政権が主張し続けている「アンダー・コントロール」ではなく、制御されない緊急事態が継続中だという認識の表れだろうか。

注1:”Decision of the European Ombudsman closing his own-initiative inquiry OI/5/2011/ BEH concerning the European Commission”, 19 May 2011-06 Sep 2011, European Ombudsman URL:
http://www.ombudsman.europa.eu/en/cases/decision.faces/en/10827/html.bookmark

注2:”Council Regulation (EURATOM) No 3954/87 of 22 December 1987 laying down maximum permitted levels of radioactive contamination of foodstuffs and of feedingstuffs following a nuclear accident or any other case of radiological emergency”:
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=OJ:L:1987:371:FULL&from=EN
PDFファイル(83ページ)

注3:”Council Regulation (EC) No 733/2008 of 15 July 2008 on the conditions governing imports of agricultural products originating in third countries following the accident at the Chernobyl nuclear power station”
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32008R0733&qid=1425359523383&from=EN

注4:”Commission Regulation (EU) No 297/2011 of 25 March 2011 imposing special conditions governing the import of feed and food originating in or consigned from Japan following the accident at the Fukushima nuclear power station”
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2011:080:0005:0008:EN:PDF

注5:”Commission Implementing Regulation (EU) No 351/2011 of 11 April 2011: amending Regulation (EU) No 297/2011 imposing special conditions governing the import of feed and feed originating or consigned from Japan following the accident at the Fukushima nuclear power station”
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32011R0351&from=EN

注6:Natalia Dannenberg (AFP, Reuters, dpa) “Radiation limits on Japanese food under fire”, 31.03.2011:
http://www.dw.de/radiation-limits-on-japanese-food-under-fire/a-14956785

注7:” EU radiation limits”(EUの放射線規制値, 2012年10月22日)
http://www.foodwatch.org/en/what-we-do/topics/radiation/more-information/eu-radiation-limits/

注8:COUNCIL REGULATION (EC) No 1048/2009 of 23 October 2009: amending Regulation (EC) No 733/2008 on the conditions governing imports of agricultural products originating in third countries following the accident at the Chernobyl nuclear power station,
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:290:0004:0004:EN:PDF

注9:”EU increases discrepancies in radiation protection”, foodwatach, 30-03-2012
http://www.foodwatch.org/en/what-we-do/topics/radiation/news/eu-increases-discrepancies-in-radiation-protection/

注10:Proposal for a Council Regulation laying down maximum permitted levels of radioactive contamination of food and feed following a nuclear accident or any other case of radiological emergency”, 21 November 2014
http://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-15882-2014-INIT/en/pdf

注11:European Commission (1998) Radiation protection 105: EU Food Restriction Criteria for Application after an Accident
http://ec.europa.eu/energy/sites/ener/files/documents/105.pdf

注12:Nuclear Safety Authority(ASN フランス原子力安全機関)(2012)Nuclear safety and radiation protection in France in 2012: ASNのサイトからアクセス可
http://www.french-nuclear-safety.fr/Information/Publications/ASN-s-annual-reports/Nuclear-safety-and-radiation-protection-in-France-in-2012

注13:Food Standards Agency, “Food Safety Policy Update: January 20152,
https://www.food.gov.uk/sites/default/files/food-policy-update-jan15.pdf

注14:「原子力規制委員会記者会見録」(平成26年3月5日)
http://www.nsr.go.jp/data/000068738.pdf

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