プロメテウスの罠 チョウを追う 1

オリジナル記事のページが失われたため、同内容を下記に記録しておきます。

(プロメテウスの罠)
チョウを追う:1 批判から始まった
朝日新聞 2015年7月9日
 ◇No.1327
 1センチほどの羽をたたむと柔らかなグレーに黒の斑点が浮かぶ。
 ヤマトシジミ。北海道を除く各地に広く生息する小さなチョウだ。
 2012年8月10日、堀川大樹(ほりかわだいき)(37)は、そのヤマトシジミに関してネットに流れた通信社のニュースに目を留めた。
 「東京電力福島第一原発事故の影響により、ヤマトシジミの羽や目に異常が生じているとの報告を、琉球大の研究チームがまとめ、英科学誌に発表した……」
 堀川は疑問に感じた。
 「昆虫は通常、放射線にめっぽう強い」
 堀川は慶応大湘南藤沢キャンパス研究所の上席所員。
 顕微鏡でやっとわかるほど小さい生物クマムシを研究している。放射線を照射したこともある。クマムシは昆虫ではないし、単純に比較できないが、けげんに思った。
 オンラインで英国の科学誌を検索。8月9日付の「サイエンティフィック・リポーツ」に載った琉球大チームの報告を読んだ。
 それによると原発事故後の11年5月と9月、福島や茨城、宮城、東京など10地域でヤマトシジミを採集。福島原発に近いほど、羽の模様や触角などの形に変化があったとある。
 持ち帰って飼育し、放射能で汚染されたエサの雑草を幼虫に与えたり、放射線を照射させたりして被曝(ひばく)させても同じように変化が出たという。
 信じられなかった。ネットにはほかにも疑問視する声が流れていた。
 堀川はそれらを紹介したうえで、自分のブログ「むしブロ~クマムシ博士のドライ日記」に、「ヤマトシジミの奇形は原発の影響によるものなのか」と指摘した。
 「北方に棲(す)むヤマトシジミには奇形が多いことが分かっていた」
 「エサのカタバミの特定の構成成分量が異なり、栄養状態に影響を及ぼしたことも考えられる」
 「多くの問題点や不明瞭な部分が見られる。この論文での結果や主張を鵜呑(うの)みにしない方が良いだろう」
 この「むしブロ」へのアクセスは1週間で約3万件を数えた。
 ヤマトシジミの研究報告は批判を浴びるところから始まった。(中山由美)
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 原発事故後、沖縄から福島に飛ぶことを思い立ち、手探りでヤマトシジミを追い続けてきた人や、取りまく人たちの姿を追います。
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